夜露死苦

「あ、宿題忘れた」


「またかよ」


 学生カバンの中を見ながら高崎朔たかさきさくに呆れる小野坂渉おのさかわたる


「いやでもエルニーニョ現象がな~」


「待て。お前の宿題とペルー沖の海水温上どう関係があんだ」


「ラニーニャ現象がな~」


「たとえラニーニャ現象でも関係ねえだろ」


「こういうのって忘れた頃に気づくもんだろ? だから気づいたときには忘れてるって寸法だな」


「よく分かんねえこと言ってるけど、要は忘れたってことだな」


「こういうこともいつかは忘れてしまうんだろうなあ」


「おい、なに遠い目して言ってんだ」


「人間は忘れる生き物なんだなあ」


「ポエマーっぽく言ってんじゃねえ」


「いやこれは確かエビの家っぽい人が言ってた気がするんだよなあ」


「は? 誰だそれ?」


「・・・忘れた」


「はあ。宿題も忘れてそれも忘れて、お前忘れな草だな」


「宿題? そんなのあったっけ?」


「おい! それは覚えな草だろ!」


「宿題といざ行かん。あの忘却の彼方へ」


「宿題忘るるべからずだ。まったく・・・」


「そういえば今想い出したんだけど。小学校のときにリコーダーの発表会あったろ?」


「またどうでもいいこと想い出したなおい・・・」


「そんときにド忘れしたの想い出した」


「リコーダーを忘れたんか?」


「ドの音をどうやって出すか忘れた」


「そっちのド忘れか」


「ドって2つ音程があっただろ? それでどっちのドだ?ってなったんだ」


「しょうもねえ・・・」


「ま、リコーダーを忘れなくてよかったわ。それやったらド忘れのしようもないしな」


「宿題をド忘れしねえようにな。あ、鬼島は宿題はやってきたか?」


 小野坂は机に足を投げ出して不機嫌そうに座る鬼島に声をかけた。


「おい委員長。相手を見てモノ言えよ。俺がやってきてると思うか?」


「期待はしてる」


「期待させちまったようでわりぃがな、やっちゃいねえよ。第一不良の俺がやってきちまったら他の生徒に示しがつかねえだろが」


「まあ確かに。ただやらなさすぎると反省文的なことになりかねねえぞ」


「ふん。俺は小坊の頃からよく反省文を書かされたもんだぜ。そんでいつも作文用紙の真ん中をぶん殴ってグシャった状態で提出してたぜ。『殴り書き』っつう俺なりの定型文ってやつだ」


「定型文ねえ・・・。不良で定型文の定番って『夜露死苦』とかじゃねえのか?」


「単純に画数が多くて面倒臭え。そこんとこ『夜露死苦』ってこった。ただ中坊の卒業アルバムの寄せ書きでは書いてやった」


「卒業するのによろしくしてどうすんだよ・・・。鬼島はさ、卒業式んとき泣いた?」


「あん? なんでだ?」


「不良って卒業式では泣くっつうイメージが俺の中であんだよ」


「言っとくが涙一粒も出ちゃいねえ。だが、先公どもが何度も顔を覗いちゃ『泣いてる?』って確認しにきやがってたな」


「先生たちも終わり良ければとか最後に鬼島に勝った瞬間でも味わいたかったのかもな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る