アフターガーデン
西順
第1話 覚醒世界
宝くじで大金が当たったら何に使う?
普通の人なら家を買うとか会社を辞めて豪遊三昧とか、夢の無い人なら貯金するなんて言うんじゃないだろうか?
僕は違う。
今現在僕の前には大金の振り込まれた預金通帳がある。そのゼロの数を数えてにんまりしてしまう。その数11個。100億円である。
100億当たったらやりたい事があった。コールドスリープだ。
コールドスリープとはあれだ。人体を凍結させて、何十年または何百年と長期間保存する技術である。
そんな事は知っているって? 何故大金が手に入ったらコールドスリープなのかを聞いている?
コールドスリープをする者には恐らく二種類いる。一つは宇宙船などで宇宙を長期間移動する際、人体が老化していくのを防ぐ為に行われるモノ。もう一つは現代の医療技術では治療出来ない難病患者が、未来の進んだ医療技術に可能性を求めて行うモノ。
僕の場合は後者だ。
僕は生まれつきDNAに変異があり、日常生活が困難だった。DNAの病気だから治せる医者なぞ存在せず、対症療法でこれまで生き永らえてきた。
毎日飲む大量の薬に、定期的な検診。それらに辟易していた僕の所に転がり込んだ100億円。僕は迷わすコールドスリープを選んだ。
コールドスリープを請け負う会社も、まさか100億円なんて大金を払う人間が現れるとは思っていなかったらしく、コールドスリープの最長保管500年コースでも10億円だった。
なので僕は10億円をコールドスリープの会社に払い、残りを株式投資に充てた。
元々降って湧いた100億円だ。これが溶けた所で痛くも痒くもない。
こうして僕は未来の技術に希望を残し、コールドスリープのカプセルに入ると、長期間の眠りについたのだった。
夢は見なかった。脳まで凍っていたからだろうか。目を醒ますと、僕はベッドに寝かされていた。病院感のある真っ白い部屋だ。
カプセルの中ではないと言う事は、僕はコールドスリープから起こされたと言う事だ。何かしら進展があったと考えるべきだろう。
脳はしっかりしているし、記憶の混濁も無い。ベッドの中で手を握ったり放したりしても違和感は無い。足も……動く。どうやら五体満足で凍眠から目覚めたようだ。
自分の身体を目で確認しようと上体を起こすと、僕のベッドの脇に人がいた。女性だ。
「うわっ!?」
人がいるとは思わず、悲鳴を上げてしまった。
「おはようございます」
しかしその女性は僕が上げた悲鳴なんて気にも掛けず、僕に対して深く礼をする。看護師のような衣装を着た黒髪の和風美人が、90度お辞儀を続けている。
「え? ああ、おはようございます」
つられてあいさつをすると、深い礼から身体を起こす。そしてピシッと身動きをしなくなった。
…………気まずい。
「あの……」
「はい」
あ、聞けば反応してくれるのね。
「僕はどのくらい寝てたんですか?」
「お答えします。マスターがコールドスリープされてから2042年が経過いたしました」
「2042年!?」
「はい」
思わず聞き返してしまった。2042年って、確かコールドスリープの最長は500年だったはず。
「お、お金は?」
「お答えします。マスターの病気は500年が経過した地球でも治療出来ず、更なるコールドスリープの延長が必要でした。そのお金を賄ったのがマスターの投資先の会社より毎年払われていた配当金です」
成程。僕の投資した会社は潰れる事もなく存続し、500年後僕は配当金だけで更にコールドスリープを続ける事が出来たのか。それでも2042年は長い。
「2042年経ってこうして起こされたって事は、病気は治ったんですか?」
「お答えします。10年前、全人類のヒトゲノムの解析が完了し、これによりDNA変異の治療が爆発的に進みました。3年前にはマスターと同様の症状に対する治療が完成し、マスターはその治療を受けた第1号です」
「おお! では治ったんだな!」
「はい」
やった! やっとあの薬漬けの日々から解放された。2042年も掛かるとは思わなかったけど、コールドスリープから目覚めずそのまま死ぬ事も念頭に入れてたから、喜びも
はあ、なんかホッとしたらお腹が空いてきたなあ。
「お食事をご所望ですか?」
「うわっ!?」
また声を上げてしまった。それにしてもどうして僕が思っただけで、お腹が空いてるって分かったんだろう?
「マスターと私は、体内のナノマシンで情報を共有しております。何を考えているのか、空腹具合、渇水具合、トイレの有無も即座に伝わります」
え? なにそれ、怖い? 2042年後ってそんな人と人同士がナノマシンで繋がってるの?
「いえ、私は製造番号F2020S。コードネーム『夏子』です」
は? 製造番号? コードネーム? つまり……、
「ロボット、アンドロイドって事?」
「はい」
コールドスリープから目覚めて最初の話し相手は、アンドロイドでした。
「じゃあ、人間は?」
「おりません」
「おりません、て僕を治療した先生がいるんじゃないの? お礼が言いたいんだけど」
「治療をした医療用マシンのコンピュータには、会話機能が搭載されておりませんが」
治療したの人間じゃなかった。
「え? あれ? ええと、僕以外の人間はどこにいるの?」
「おりません」
僕は急いで立ち上がり、窓を開けて外を見遣る。
窓を開けた瞬間、真夏のような凄い熱波が吹き抜けてきた。その熱波を掻き分けて見た外の景色は、何もなかった。
雲一つ無い青空の下、望洋とした砂漠がどこまでも続く。人影は愚か建物の影さえ見付ける事は出来なかった。
「3年前、マスターを除く全人類は地球より姿を消しました。その後我々探索隊は地球中を探索し、マスターが眠られていたコールドスリープのカプセルを発見。この地にて治療を開始した次第です」
感情も抑揚も無い口調で、夏子さんは僕に何やら話しかけていたが、そんなものもう僕の耳には届いていなかった。
人間たった一人の地球で、僕はどうやって生きていけば良いんだろう。
アフターガーデン 西順 @nisijun624
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