狡猾

「転送システムスタンバイ、10%、20%、50%、75%、100%。」


「肉体の粒子化開始。それでは皆様、御健闘を。」


淡々と語るAIの言葉の中で意識が朦朧としてく。眼の前が真っ白になった。


眼が覚める。森の中だ。頭の中で声が響いた。


「えー、それでは、ルール説明をさせて貰います!この戦闘訓練型VRシュミレーターは、人の意識と肉体を量子化し、データ内で戦闘を行えるという、我が学園が智慧と技術の粋を掛けて造った自慢の代物です!」


「おっほん、自慢はここまでにして、ルール説明を皆様にします!まず、先程も述べたように、この戦闘シュミレーターでは痛覚が無い代わり、肉体が損傷状態にあれば、その部分は動かなくなります。そして、現実世界での致死ダメージ判定をされた場合、脱落となります。そして、今回はチーム戦。ただし、最初からみなさん同じ地点での出発ではつまらない。今回は趣向を変えて、チームメンバーはバラバラの状態からスタートすることにしました!なので、単独で戦うことは無謀ですが、実力次第では活躍を皆様に見せつけてヒーローとなることも出来ます!それか、安牌で合流するまで、交戦せず動くか。何をしても、オールOKなチームデスマッチです!そして、選手には損傷を治せる回復スプレーが配られるので、それを奪うこともありです!それでは皆様!御健闘をお祈りします!」


実況はそう言って、念話通信を絶った。さて、どうしたものか。


「まず、仲間を探そう。アズ、話せるか?」


「ええ。私もそれに賛成するわ。そして、私の固有能力を教えておくね。固有能力は影絵。想像した通りに影で物体を具現化出来る能力。だけど、魔力は使い過ぎると、直接戦闘で回す分のエネルギーが無くなるから気をつけて。コツとしては、魔力の残量は自身の感覚と野生の勘で覚えること。」


「ああ、分かった。では、影で自立式のデコイを造ることは出来るか?」


「ええ。可能よ。簡単な命令を指示すれば、思うよう動いてくれるわ。」


「よし、ではいくぞ。」


勇は昔アニメで見た忍術の印を組み、分身を造り出した。「アズ、分身がやられた場合、自分でもそれは分かるのか?後、意識共有は?」


「どちらも可能よ。もし分身に何かあったら声が聞こえるし、意識を集中すれば、分身体の視界をジャックすることも出来るわ。」


「分かった。では、ミーシャを探し、その後は敵の偵察を行ってくれ。」


自分そっくりな分身体はこくり、と頷き、走り出して行った。


「その間は茂みに隠れるか。」


十分が経った。


「東に向かって500メートル先、ミーシャ発見。」


「了解だ、分身ちゃん。身体強化。」


勇は天力を纏わせ、忍者のように木の枝に次から次へと跳躍し、俊足で駆けて行った。


数m程の穴があった。横には大量の土が盛られている。


「おい、ミーシャ。大丈夫か?」


「その声は!勇!」


とても元気な声が返って来た。


「ごめんね、緊張と恐怖で、僕固まっちゃって... 怖くなって合流するまで、穴にこもることにしたんだ。そしたら、勇の分身体がやって来て、まもなく到着すると教えてくれたんだ。」


「そうだったのか。心細い思いをさせてすまなかったな。カインとアリスの方は、前衛と後衛の組み合わせだから大丈夫だ。俺等で戦おう。」


「うん!では、土魔法。地面よ、盛り上がれ!」


そう詠唱すると、土が上に盛り上がった。


中々便利そうな術だな。


その瞬間だった。


風を切る音と同時に、弓矢がミーシャの両足に命中した。


「うわっ!」


飛んできた方向には、誰も居ない。


だが、武器の種類で特定が出来た。エルだ。恐らく、何らかの方法で、自分の体を、ステルス迷彩のように、周囲に合わせて、偽装している。


どうするか。まずは。


「ミーシャ。四角い防御壁を周囲に張って、隠れてろ。そして、回復スプレーを使え」


「うう、分かった。足が動かないけど、やってみるよ。」


ミーシャは俺のを合わせて2個の回復スプレーの内、一個を使った。次使ったら、必ずこちらが不利になる。なんとか持たさねば。


すると、声が聴こえた。


「いや〜、まさか引っ掛かるとはねぇ」


「その声、エルか」


「御名答。しかし、出来ることが初期魔法ぐらいしかなく、ゴーストも持ってない足手まといにスプレーを使うなんて、勿体無いことしたよなぁ。」


「何だと?取り消せ、今の言葉。」


「事実を言ったまでさ。実際、そいつは優れた戦闘センスのある君のお荷物になっている。性格からして、戦いには向いてない。」


「それなのに、そいつを庇う理由は何だい、ユウくん。」


「仲間だからだ。仲間ってのは、自分達の利益や損得じゃ測れないもの。その絆は、血の繋がった家族よりも固く結ばれている。それに、俺はミーシャ達に何度も心を救って貰えた。弟を事故で無くし、家族から邪魔者として扱われた俺を拾ってくれたんだ。だから、今度は俺が皆を助ける番だ。」


「御託はいいか、エル。」


「...!ああ、ムカツクなァ、その真っ直ぐな瞳!俺達がどれだけ這いつくばって生きてきたか知らずに、絆とかを信じられるその心ォ!結局この世は利用するかされるかだろうがァ!」


「本性を表したな。隠れてろ、ミーシャ!」


「...!うん!土魔法!」


ミーシャはそう唱え、地中に隠れた。


「植物魔法発動ォ!追従射出!」


エルはそう叫ぶと、周りの木々を媒介にし、弓の周りに矢を展開させ、マシンガンのような速度で撃ち出してきた。


俺は霊力を滾らせ、ひたすら疾走った。直撃しそうな矢のみを弾き、それ以外は走って回避。


が、それは長くは続かなかった。


「植物魔法 木縫いだ。これで終わりだよ、ユウくん。痛みはフィードバックしないので残念だが、最後ぐらい俺がゆっくり嬲ってあげるよ。」


木のナイフに魔力を流し込み硬質化。エルはユウの頸動脈を掻っ切り、鮮血が吹き出す。


「結局、絆だのなんだの言う奴は一人じゃ何も出来ないからだ。所詮この世は蠱毒。生きるためには仲間だろうと切り捨てる覚悟が無ければ、生きていけない。君はそれを学習するんだな。」


「学習するのは、どっちかな。」


「何!?がっあ...!」


痛みこそ無けれど、頭に重たい何かが直撃する。頭を抑え、ふらふらになるエルの前に、脱落した筈のユウが現れる。


「お前、何故生きてる...!」


「俺のゴースト、アズラエルの能力。影縫だ。それで分身体を創り出した」


「カカカ...とことんムカツク奴だな、お前は...いいぜ、そっちがその気なら、こっちも本気を出してやる。シェムナイル、"心象侵食"マーダーサーカス。」


そうエルが唱えると、周囲が黒いベールで包まれる。


「何だ!?」


「クカカ、心象侵食。これは現実という物質領域を己の心象世界に塗り替える禁術。これを生徒で使えるのは、俺しか居ない。さぁ、ユウ。ここからが本番だぞ。」


そう言ったエルの方を向くと、ナイフと目玉を周囲に展開している、殺人鬼のような道化師が居た。


「紳士淑女の皆様、お初にお目にかかります!私の名はエル・セラフィム!この殺人サーカスの管理人でございます!」


客席から木偶人形の歓声が上がる。


「さてさて、今宵のお客様の名は、左門勇!無惨に処刑されると知らないまま、この空間にやってきました!では、楽しいサーカスの幕開けDeath!」


あまりの異様な情景に寒気がした。授業で心象侵食については習っていたが、ここまでの悍ましい心象を育てていた術師が居たことに、戦慄を覚えた。


「こっちも本...え?」


印を結び、分身体を出そうとした瞬間、音速の如き速さでエルが接近、両腕が切断された。


「次は両足ぃ!」


抵抗する間もなく、両足も切断される。


「う...」四肢を切断されたユウは、芋虫のように藻掻く。


「あー、お前のその不様な姿が見たかったんだよぉ!オラァ!」


横腹に会心の蹴りが炸裂する。


耐えきれず吐瀉物を吐き出すユウ。


「ゲヒャヒャヒャヒャ!苦しいかぁ?苦しいだろ、ユウ!命乞いしてみろや。さあ。」


「ペッ」


どちらにしても、俺は脱落だ。精々、自分の安い誇りぐらいは守ってやられるよ。


「ああ、そうか。なら、死ねやぁ!」


刹那。ユウの胴体から斬り落とされた脚が生え、周りを黒いオーラが包む。そして、次の瞬間には2メートル程ある髑髏の騎士がエルの前に佇んでた。


「これは...霊体武装!?自らのゴーストと融合し、圧倒的な殲滅力を発揮する禁術!しかし、何故コイツが!?」


髑髏の騎士は、ただ、途轍も無い殺意を目の前の道化師に向ける。


「舐めんじゃねぇ!」


そう言って放った剣戟は、いとも容易く、一閃にて砕かれた。


「児戯。」


刹那、殺人道化の首は斬り落とされ、胴体は床に付した。


___________________


「おっ、またあの落ちこぼれのエルが来てるぞ!ゴーストも持ってない、貧乏人のエルだ!出来るのは魔術でもなく、射撃だけとかショボイよな!ノマグの軍隊にでも通ってろってんだ!」


僕を馬鹿にした奴等が、憎かった。だから、射撃しか取り柄の無い、ピエロのエルのまま、努力した。家には帰りたくなかった。張り付いた笑顔で取り繕う自分も、家庭内暴力から守れない母親も、それを実行する父親も、嫌いだったから。


気付けば射撃の天才となった僕は、大手を振って学園内を歩けるようになり、仲間も出来た。でも、信用出来なかった。蠱毒の中で育ってきた僕にとって、人ほど気持ち悪い生き物はいないから。


ある日、自分が学園の魔族週間討伐数のトップになったことを伝えようと、家に帰る時があった。そして、そこで見たものとは。


血を流して倒れる母さんの死体だった。そして、傍らには注射器とラリってめちゃくちゃな言語を話す親父の姿をした魔族だった。僕は無感情で、父だったナニかを殺した。


そのときだ、僕が笑わない殺人ピエロになったのは。






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