第52話
かつての力を取り戻した魔王が、新魔王を一方的に蹂躙していた場面と同時刻。
ヴェナント市街では、魔工砲による壊滅的被害から一人でも多くの負傷者を救出すべく、多くの人間たちが遁走していた。
〈森の木こり宿亭〉を始めとする酒場や冒険者向けの商店が建ち並ぶこの界隈も、人的、物的被害を免れられなかったのは同様だった。
立ち並ぶ建物の多くは、魔工砲の直撃を受け上階部が吹き飛ばされていた。背の低い建物であっても、それらの崩落の巻き添えになった。
瓦礫の山と化した家を前に、途方に暮れて座り込む住民の姿。通り沿いのあちらこちらに並べられた敷物に横たわるものたちは、軽傷者ならまだましな方だ。もはや生きているのかどうかもわからぬ人間を前に、リュクテア聖王国の回復術師が神秘を呼び起こし続けている。
「――怪我の酷いやつから店ん中に連れてきな。テーブル繋いで毛布を掛けりゃ、即席の診療台代わりになるよ。椅子は邪魔だね、手の空いてるやつらで勝手口から外に出しといてくれ」
偶然にも被害を免れていた〈森の木こり宿亭〉店内では、店主のペルラがテキパキと手下どもに指示を出していた。この半獣半巨人族は、こうして残された店の全てを、被害者救援のためになげうつ覚悟だった。
「それと、向かいの薬屋でポーションをしこたまかき集めてくる役を、どいつかが――」
「――てえへんでい、おかしらぁ! ウチのエルフちゃんがやっと見つかりましたぜッ!!」
大声をあげ店内へと飛び込んできた逞しい男は、ペルラのむくつけき手下ども――ではなく、店の用心棒だ。
「なっ――あの耳長贅肉娘、アタシをさんざ心配させやがって! で、無事だったのかい!?」
「そ、そいつが………………ですね……」
躊躇いがちにそうほのめかされてしまっては、ペルラも血の気が引く気分になり。
「は? 勝手にぽっくり死にさらしたんかい、あのエルフ!? くそったれ、死体はどこだい!」
似合わなさすぎるエプロンを引っぺがし腕まくりすると、鬼の形相のまま厨房の扉をぶち破り、店外へと駆け出そうとするペルラ。ただ、用心棒は奇妙なことに、天井を指差している。
「……なんだい、天井がどうしたって言うんさね」
だが常日ごろより語彙の足りない用心棒は、ペルラにうまく説明する言葉を見付けられなかったらしい。とにかく外に来てくれと手で促す。
店外へと飛び出したペルラが直面したのは、店の屋根の上で眠りこける司会者エルフ嬢――あらため、キーメロウの姿だった。
ペルラも最初は彼女の奇行を疑ったが、よくよく目を凝らしてみれば、キーメロウは全身を屋根瓦にめり込ませたまま目を回しているではないか。
途端に血相を変えたペルラが店内へと舞い戻ると、どたばたと階段を駆け上がり、自身の寝室の窓をぶち破って屋根に飛び移る。
「おい、生きてやがるかアンタ! んなふざけた寝床でおねんねしてんじゃないよ! 目え覚ませ、ほらさっさと返事しなっ!」
ペルラは怒声を上げながら、粘土製の屋根瓦を引きちぎる勢いで、三角屋根の上へ上へとよじ登っていく。その規格外の図体のおかげで、踏み砕かれた瓦が片っ端から飛び散り、無茶をするお頭が心配故に軒下で慌てふためいていた手下どもにまで、痛いとばっちりが行く。
「このっ、死んじまったなら死んじまったで、せめて返事しやがれ、耳長のキーメロウッ!」
ようやくキーメロウの元へと辿り着けたペルラが、力ない彼女の背を抱き起こす。
「…………あは……き、聞こえて、ますよぉ……もぉ、声デカすぎですって、おかしらぁ」
何やら今生の別れみたいな雰囲気を醸し出されてしまっては、ペルラも途端に我に返って。それに〝お頭〟呼ばわりするやり取りなんていい加減飽き飽きとしていたのに、このエルフがまだ引き延ばすつもりなら、これからも繰り返し指摘してやらないと気が済みそうにない。
「ねえ、最後に教えて…………あのふたり…………どっちが、勝ったの……?」
今にも絶えそうな彼女の吐息。必死で差し伸べて手のひらが、ペルラの頬を愛おしそうに撫でてくる。
「…………そいつはてめえの目で直接確かめな、っていってやりたいとこだけどね。まあ、勝ったのはユーの方だったよ」
ここで意地悪をしてやるのも罪だろうから、ペルラは真実を述べてやる。
つい先ほどの出来事なのに、遠い目をして噛みしめるように、自分の知るアイドルたちがぶつかり合った、あの映像を思い返す。
「ユーはね、実は名の知れた勇者さまだって世界中に知られちまったから、本人にゃ不本意かもしれんが、それだけでとんでもない票を集めちまった。だけどミュゼも可愛らしいし、何より歌がうまかった。なんだかんだで、僅差の勝利さ」
こう語る自分は、まるで自慢の娘たちを誇る母親みたいだと自覚してみれば、途端に恥ずかしくなってしまうペルラである。まだ母親になる年齢でもないのに。
「じゃあ、どっちにしてもみんな……助かったんだよね……」
「ああ、あの子たちなら無事だ。新魔王はナラクのやつがコテンパンの半殺しにしちまったし、勝者のユーが魔界の兵隊を退かせろって命じたからね。町はこんなざまだが、あの子らのおかげで、あたしらはなんとか首の皮一枚つながった、ってこった」
「そっか…………よかった……………………あたしも、がんばった……かい……が……」
「なんとか生き残れたやつらで、町を何とかしてかないとね。もちろんアンタもだ。これからウチの店も、毎日が大忙しになるよ!」
後片付けを想像してうんざりとしていると、キーメロウはすでにまぶたを閉じ、支える力を失っていた。
ペルラは震える腕でキーメロウの肩を抱き寄せ――
――電光石火の早業でスカートに両手を突っ込むと、彼女の下着を引きずり下ろし、軒下にポイと投げ捨ててやる。
「うひゃぁっ――――! だから、なんで店長ってば、いっつもそうやって、あたしにえっちいイタズラばっかすんですかぁ!」
「馬鹿言うんじゃないよ、今のは獣人族だけに受け継がれてきた伝統的な〝死者復活〟のまじないさね。それに、そんな筋肉も骨もない脂肪ばっかの貧相なカラダしやがって、チビがいっちょまえに色気づいてんじゃないよ」
案外元気そうな反応で、ペルラは何よりだとほくそ笑んでやる。追い打ちのように、軒下側からも男衆の元気な悲鳴が聞こえてきた。因みに色は黒で、たかが股を隠す布きれのくせに、絢爛豪華な装飾付きのやつだった。
「で、次はアンタがきっちり喋る番だ。こいつはどういうこったい。アンタ、まさか余計なマネをしやがったんじゃ……」
よくよく考えてみれば確かに、偶然にしても不自然すぎたのだ――あれほどの災厄が町に降り注ぎながら、〈森の木こり宿亭〉が無傷のままで、そしてペルラ自身がこうして無事に生き残れたことに。
「アンタがその気になりゃ、大精霊でも召喚して大砲弾き返すくらいやってのけるんだろ?」
「えへへ…………なんのことかなぁ?」
にへらと作り笑顔で返すだけのキーメロウは、それ以上答えるつもりがないらしい。そんな魔力も気力も使い果たして衰弱した面構えで、よくも知らんぷりを決め込めるものだ。
「だからアタシはエルフが嫌いなんだ。ごくたまに気まぐれを起こして無茶苦茶やらかすその性格も、頭の悪い振りをして裏じゃ賢者ぶる陰険さも――何一つ真っ直ぐじゃない。全部がぜんぶムカつくんだよ」
ただ静かに、諫めるような口調で、ペルラは身動きすらできなくなっていたキーメロウを見すえて言う。この半獣半巨人族は、落涙するようなドジは決して踏まない。ただ、キーメロウの小さな体を、我が娘を抱くように支えてやる。
「…………で、本当にこのまま弱ってくたばっちまうのかい、アンタ。土葬と火葬のどっちがいいのかだけ言い残してから逝きな」
「いやちょっと待て死にませんって。あと、あたしの勝負ぱんつも返せって」
清々しいほどの即答で返ってくる。
考えてみれば、ペルラも納得だ。何百年も生きのびてきたという仙人めいたこの妖精族が、その命と引き換えに守ったのがこんなチンケな酒場だったなんて、考えなしにすぎるのだ。
「まあね、あたしってば、魔王さんとの約束があるので。むふふ……生まれてくる子どもの名前とか人数とか考えはじめたら、夢が膨らみ過ぎちゃったんだよ。今のうちに得点稼ぎとか、けなげに帰る場所守っちゃうとか、かっこいいことやっちゃったほうが素敵じゃない? やっぱできる女子はモテるっしょ~!」
さも楽しげに披露しだしたわけのわからない妄想が、このままだと止まらなくなりそうだったので。
「ああ、ナラクのやつなら、そのうちふらっと戻ってきやがるさね。なんせ、あいつは正真正銘の〝魔王〟でありながらアイドルプロデューサーまで務めちまった、世界最強に脈絡がなくて図太い男だからねえ」
屋根の上から見える、遥か国境線のあたり――つい数時間前までは戦場だった場所。
互いにぶつかり、そして高め合う二人のアイドルの勇姿を、ペルラ自身も目の当たりにした。
だからこそ、あの三人が揃って戻ってくるヴェナントを、皆で立て直さなければならない。
そう、ペルラは胸の奥で誓うのだった。
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