第50話

【――さあさ、かの歌声を聞き届けしすべての民たちよ! ユーフレティカとミューゼタニア、ふたりの娘たちが物語ったアイドリア・クラウン、皆はどちらの杯に勝利の美酒を注ぐのか、わらわの前に応えよ――――――――!!】


 〈使徒〉が閉幕の口上を述べると同時に暗転するステージ。宙を瞬いていた中継映像も、ひとつ、またひとつと、アイドルたちとの別れを惜しむように消滅していく。

 ユーフレティカとミューゼタニアによるアイドリア・クラウンは、こうして多くの人々に見届けられながら幕を閉じる結末を迎えた。

 決着は、まだ誰にも決めることができなかった。彼女たちアイドルのどちらが勝利を勝ち取るべきなのか――それは、この世界の人々に託されたカードだけが決めることだからだ。

 現在、〈使徒〉が見せるあの神秘によって、世界中のカードの集計が行われている。


【さあて、残念ながら、宴はこれにて仕舞いじゃ。終わってみればちと寂しいものじゃが、かようなステージは今後も世界中で行われるべきじゃとみなも確信できたろう】


 明かりの演出を失ったステージは、今や元どおりの草原だ。その地面に腰を落としもたれ合う二人のアイドル。肩で息を切らせ、ぐっしょりと汗ばむ髪。中継されていた映像は掻き消えており、周囲に残されたものはリュクテアと新魔王の軍勢だけだ。

 躊躇いがちに、ステージへと駆け寄ってきたのはトロネだ。


「エクス――ううん、今はなんて呼んだげたらいいかわかんないんだけどさ。とにかく、あんたのほんとの姿を見せてくれて、ありがとね。…………今は、それだけしか言えないや」


 すべてをさらけ出して戦い終えた今のユーには、もう出てくる言葉もなくて。ただ、最高の笑顔で返した。もうやり残したことなどないくらいに、心の底から嬉しくなった。

 きっとトロネには、単純にアイドリア・クラウンを楽しめない面もあるだろう。それでも感情が高ぶるあまり言葉に詰まってしまったトロネが、恥ずかしそうに視線を逸らす。その先に惚け顔のミューゼタニアがいて、彼女がユーに寄り添う姿を目の当たりにして、ようやくトロネは我を取り戻す。


「あたし、騎士たちを退かせて、大至急ヴェナントの救援に向かわせるから。また、ね――」


 別れも言葉少なく、後ずさったトロネが振り返ると駆け出していった。ユーはその背中を追うことなどしない。あんなトロネの背中を、何度も何度も見てきたのだから。


【――聴け、地上の民たちよ。遂に、彼女らアイドルへの裁定が下された】


 果たしていかなる手段にてそれを実現していたのやら、ようやくカードの集計が終わったらしき〈使徒〉が、ブランコごと再び天上から降りてきた。


「――ふふ…………ブランコ、とってもかわらしい、のです」


 そんなことをふと思って微笑んでしまうミュゼである。


【さて、この二人の本来のプロデューサーであるもの――ナラクデウスよ。地上側の見届け人として、わらわの前に出でよ】


 ステージの縁で彼女らを見守っていたのはナラクだ。〈使徒〉の要求など、内心では面倒だと敬遠するも、あれほどのステージをつくりあげた一端が〈使徒〉にあることを理解すれば、断る理由などなくなってしまう。

 躊躇いがちにステージへと上がったナラクは、〈使徒〉の座す傍らへと近寄っていった。

 そんな〈使徒〉と向き合うのは、このステージを駆け抜けた二人のアイドルだ。


【そしてアイドリア・クラウンを戦い抜いたアイドルたちよ。そなたらは、その胸に抱いた想いに限らず、勝者と敗者に分け隔てられる。それこそがわらわの〈摂理〉の神髄】


 神のような上位概念としての残酷めいた口調も、そんな幼い姿をもってすれば台なしだ。


【なあに、たとえこのステージにて敗れたとして、これからもアイドルであり続けられることは変わりないのじゃ、あんまガッカリすんな】


 途端、砕けた口調で二人に笑顔を向ける。今は上機嫌だと、その態度ひとつとってもありありと伝わってきた。


【そしてアイドリア・クラウンも、あくまで闘技場戦争のひとつじゃ。勝者には勝者に相応の褒美を、わらわの名の下に与えよう。各々に、何を願うか熟慮するがよい】


「――それわ、なんでも、ですか?」


 〈使徒〉へと前のめり気味に踏み出していたのは、ミューゼタニアの方だ。


【ははっ、まだ勝てたかどうかもわからんのに、このよくばり贅沢さんめ。おうとも、何でもじゃ。何でも、ひとつだけ願いをかなえてやるぞ】


「なんでも、ひとつだけ、かなえてくれるですか?」


 と、あまりに純粋無垢なこの問いかけには、さすがの〈使徒〉も尻込みしたようで。


【ちなみに、願いを無限に増やすという願いもアリだぞ? この場合、願いの無限ループが起こってそなたが神になりかねんから、今後もアイドルしたきゃ、あんまオススメせんが……】


 何を自慢げに、意味不明なことを宣うのか。いつだったかの、この幼女の頭のおかしな放言がまた始まったと、ナラクは背に汗を感じた。


「――――待て、待て、まて――――い! その願い、聞き届ける前に、それがしはここに決闘を申し込む――――――!!」


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