第49話

 最初にステージを支配してみせたのは、ミューゼタニアだ。ユーフレティカに先んじて前に躍り出ると、第一楽章の幕開けと同時に、ほのかなアイドリア・エフェクトを指先に点して、この暗がりをオレンジの明かりで塗り替えた。魔力制御も、もう完璧だ。


『――ピ・ウル・エイデ アシュタル・メイゼ――』


 口寄せした魔杖に、ミュゼが魂の音を吹き込む。この世界で自分たちしか知らないの詞を、まるで自分の言葉のように喉を鳴らせ、情感を込めて歌い上げてみせる。


『――ミクタル・ノイエン・ミシュマルタム――』


 これは、魔王がくれた歌だ。〈異境〉でひとりぼっちだった自分を、こうしてこの場所に居させてくれてた、あの魔王ナラクデウスを救うための歌。


 ――この〈ヨルノネ〉は、ミュゼが歌えなきゃ。いちばん上手に歌えなきゃ、ぜったいに嘘。


 そう強く想うだけで、もう泣き出しそうになる。


『――ピ・シャステ・エイデ マイノ・フォット・エミネ? ――』


 だから瞳に熱いものを堪えて、溢れ出そうな気持ちの分だけ喉を震わせる。〈ヨルノネ〉という曲名だって、まるであなたの怖い夜を照らす音みたいだと、自分が大好きなあのひとに捧げたものなのだから。


『――ナアス・マイナ・ラプタリーチェ・スネム・エン? ――』


 掠れそうな、儚げなミュゼの歌声。可愛らしくて、なのにどこか切なげな響きが混じって。

 ステージ外周でせめぎ合う、世界中の観客たちが見える。みな、驚きの表情を浮かべながらも、ステージの自分に釘付けだ。

 傍らでこちらのステップに必至で追随してくるユーフレティカが、ときおり視線を送ってくる。彼女は〈ヨルノネ〉を練習レッスンしたことすらないはずなのに、それでもあえてこの曲で勝負を挑んできた。悔しいが物覚えのはやいこの娘なら、決闘も対等の勝負にもつれ込むだろう。


『――フィーン・リィー――』


 歌詞の結びを口ずさむと、掲げた手を隣に差し出す。次はあなたの番だと、情熱を手渡すかのように。


 アイドリア・クラウンとは、アイドルが一つの楽曲を交互に歌い、そして競い合う闘技場戦争の競技形式だ。

 そして次に脚光を浴びたのは、ユーフレティカだ。


『――ピ・ウル・エイデ アシュタル・メイゼ ミクタル・ノイエン・ミシュマルタム――』


 口寄せした魔杖に、ユーが新たな魂を吹き込む。力強い歌声で、天上をも貫くほどに喉を震わせる。どこか不安定さが魅力のミュゼとは対照的な、はっきりとしてどこまでも途切れそうにない、あまりに伸びやかな歌声。


『――ピ・シャステ・エイデ マイノ・フォット・エミネ? ナアス・マイナ・ラプタリーチェ・スネム・エン? ――』


 不可思議だがドラマチックな〈ヨルノネ〉の旋律を、こともなく自在に歌い上げていくユーフレティカだ。歌い手が誤れば意味不明になりかねないこの歌を、完璧に歌姫として演じきってのける。


 ――ねえ、テュテス。戦うことをやめたぼくを恨まないでおくれ。キミの奇跡を借りなくたって、この世界は手を取りあっていける。どうしてだろう、ナラクと再会したら、そんな夢ができたんだ。


 ばかじゃないの、いつもあなたってひとは。そう頭の中で、テュテスという女性の声が聞こえた気がした。


『――フィーン・リィー――』


 二度目の結びで、伴奏に変化が訪れる。変則的になり始めたリズム。さらなる盛り上がりを演出しようとする楽器たちが、明滅を繰り返すステージの光と連動していく。

 ユーフレティカが、晒した額の紋章に指を当てると、映像の向こうの人々を射止めるように差し向ける。そして円を描く動作をすると、〈聖者の紋章〉と同じ青のアイドリア・エフェクトが、さながら打ち上げ花火のようにステージ外周を覆い尽くしていく。

 ステージを取り巻いていた戦場の騎士たちが。映像の向こう側でこのステージを目撃することになったものたちが。そしてあのガベルファウストですら、二人のアイドルが歌い描くこの物語を前に心奪われ、その場に立ち止まることしかできなくなった。

 そしてステージ中央に舞い戻ったアイドルたちが、背中合わせになり魔杖を唇に寄せて。


『――響け 爪弾け――』『――虹を越えた あの空へ――』


 アイドリア・エフェクトの残照を受け、最高潮に高まる伴奏と旋律とともに。

 ここからは協奏曲めいて、ユーとミュゼが代わる代わる歌い。そして慰め合うように身を寄せあって、時にハーモニーをなした歌声を、彼女らの言葉で次々に紡ぎあげてゆく。


『――届け――』『――届かせて この声を――』『――声を――』


 仲睦まじく肩を触れさせて、互いの手を必死に繋ぎ止めて。今度は引き離されるように間合いを開ける、剣を抜くかのごとき舞いをして魔杖を突きつけあってみせる。

 剣に見立てた魔杖で切り結び、ステージ上で交差するアイドルたち。

 膝折り、しなだれてくるミュゼを抱き寄せたユー。手を固く結び、瞳を潤ませて見つめあった二人が、互いの魔杖を向け合うとさらに歌の続きに喉を震う。


『『――声を 高鳴る鼓動を――――――――――――――――――――』』


 比翼の鳥さながらに、羽ばたこうと互いの手を広げたユーとミュゼが、途切れることがないほどに歌い続ける。

 その熱を帯びた視線はもう、

 自分たちを目撃したすべての、あらゆる観客たちだけを見ていた。

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