第48話
【……して、勇者よ。そなたなら、わらわの前で何を歌ってみせる? 此度の対戦に打って付けの曲を、勇敢にも名乗り出た勇者に選ばせてやろう】
上空から、地上近くまで下りてきたブランコ。それに座すイデアリスの〈使徒〉が、ステージに立つユーフレティカとミューゼタニアに向け、そう語りかける。
【そして、両者の勝敗――その裁定を下すのは誰か。挑戦者たる吸血鬼に選ばせてやろう】
真っ向から睨み合うは、両勢力の勝敗を背負った二人のアイドル。かつての仲間であっても、今このステージでは背中に背負う物語が違った。
「では〈使徒〉よ、あなたが本当に天上にいる神さまの遣わしたひとだっていうのなら、ぼくの望む曲をこのステージで演奏してみせてよ」
向かって左方に佇むブランコの君へと向き直ったユーフレティカが、何一つ畏れることなしに、途方もない奇跡を要求する。
「――その曲は〈ヨルノネ〉。謎の作曲家マルーリガス・フェロンの正体――魔王ナラクデウスが、あなたに呪われた意識の中で救いを求めて生み出した、まだ楽譜上にしか存在しない未発表曲だ」
「ちょっ、貴様ァッ! なに勝手におれさまの正体バラしてくれちゃってんだよ!!」
ステージ外からナラクの抗議の声が届くが、それがいい気味で小躍りを抑えがたいユーフレティカだ。こうして自分が勇者だと明かしたのであれば、連れ立つものが必要だろうから。
一方で、表情を微動だにしなかった〈使徒〉だったが、遅れて小さな口もとを嬉しそうに吊り上げてみせる。このステージに相応しい〝特別〟を見せてやろうと応じたのだ。
〈使徒〉が天使に触れる。すると、どうだろう。光のステージに、あるメロディーが残響した。その音を耳にした途端、溢れそうな涙を溜めながらミューゼタニアがあの歌を自然とハミングしだして。ミュゼはもう知っている曲なのだ。このステージでは、そんな奇跡さえ起きる。
そうして涙をこらえ、ミューゼタニアはユーフレティカに肩を並べ〈使徒〉に向き直る。
「…………だったらミュゼも、奇跡をのぞみます。このアイドリア・クラウンの決着わ、世界中のひとびとが決めてほしい。魔界のみんなと、人界のみんな。勝ち負けなんか超えて、歌でともに笑いあうことができる、あらゆるみんなたちに――――!」
ミューゼタニアのそんな途方もない願いに、〈使徒〉は指先ひとつで応じた。
上空におびただしい数の映像が生み出され、円形のステージをドーム状に覆っていく。その先に映し出されたものは、ヴェナントや、リュクテア市街の光景。あるいは、どこかの見知らぬ都市の人々、魔界で暮らす人外たちの砦であっても分け隔てなく映し出される。
【まったく贅沢ものどもめ、今回はわらわの特別ルールじゃ。このステージの映像は、闘技場戦争の影響が及ぶ、すべてのものたちの町へと一斉中継されよう。そして彼らがカードに願った分だけ、そなたらに得点が入る仕組みじゃ】
その言葉を体現せしめるように、〈使徒〉が手のひらにカードを生み出してひらひらと見せつけてくる。この世界を〈
次第に高鳴り出す、〈ヨルノネ〉の伴奏。〈使徒〉の神秘によって奏でられたそれは、この世界でまだ誰も聴いたことがないような、いかなる楽器であれば出せる音なのかも判然としない、まさに神秘の音色だ。
序曲を構成する伴奏が、徐々に第一楽章の始まりへと向かう。三拍子のリズムに、韻を刻む太鼓の胴鳴り。金属音やヴァイオリンに似た音が立ち上がってくると、盛り上がりに一呼吸置くための、沈黙の帳が落とされて。同時にステージの明かりが暗転し、
【さあ、祝福されし娘たち。輝かしきアイドリア・クラウンをここに開始せよ――――――】
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