第38話
再び沈黙が訪れた、玉座の間にて。
「ええい、ナラクゥ! そこに控えてえおるのだろう! 早くここへ参らぬかッ――――!」
臣下のいる前でそう喚き散らすラパロに、渋々ナラクは姿を現す。後は任せろと、ユーフレティカを騎士像の陰に残して。
蜘蛛の子を散らすように、臣下のものたちが道を空ける。代わりに憲兵たちが駆け寄ってくるが、ナラクがいちいち構うなと睨みつけると、彼らはそれ以上近付けず立ち止まってしまう。
「さて、面倒なことになったな、領主よ。こうなる兆候はあっただろうよ。あんたの犯した過ちだ」
「……ふん、城での騒動を言っておるのか。先の使節団――あのステージ襲撃自体、リュクテア側が
そう、目論見が外れたのだ。かつてのナラクの側近だった魔界の暗黒騎士――いまや新魔王となったガベルファウストは、元・魔王である自分にではなくミューゼタニアに目を付けた。そして彼女を争いの道具に利用しようと兵を挙げた。
魔王ナラクデウスを仇敵と見なしてきたリュクテア聖王国も、新魔王と大差ない。ヴェナントの犠牲を国益にせんとばかりに、背後から剣を突きつけ甘言を弄してきた。
こうなれば、もう今までどおりのやり方では、彼女の願う日常を守りきれないかもしれなかった。
「――で、新魔王について聞きたいのか? 魔界のことなら、いくらでも説明してやるよ。どうせあんたらが知ったところで、力ではやつらには敵いっこないからな」
「あたくしのヴェナントをあの戦争馬鹿どもと一緒にしないで。それよりナラクよ、先ほどのものたちがのたまったことは真実なのですか? 新魔王とやらがミュゼを取り返しに攻め入ってくるなどと、政治の場であのような戯れ言を…………」
今まで立ち上がっていたことすら忘れていたかのように、慌てて腰を落とすラパロ。疲弊を隠せない顔をして、ただ手のひらをばかり見つめている。
「ふん、ガベルファウストか。やつはかつてこの魔王の配下にあった〈六魔将〉の一柱だ。やつは魔剣に魅入られた暗黒騎士だけあって、戦しか能がない。ただ敵将との一騎打ちだけが目的で、この手の野蛮めいた戦争を仕掛けてきた」
「…………ねえ、その〝六魔将〟って、さすがにかっこよさが足りなくないか?」
ここは任せておけと伝えたのに、トロネ代行たちが去ったとわかれば、勇者が堂々と表にしゃしゃり出てきた。これほど多くの重役たちの前なのに、大した度胸だ。
「かっこいいか悪いかなんて些末ごとだ。魔界なんてのは、玉石混交の世界だ。だからあいつらの統率にはな、その手の魔王に心酔させるための物語が必要だったんだよ。お前だってアイドルなら、他人の心を惹く術なんてなんとなくわかんだろが」
こう読み解くと身も蓋もないが、ナラクはそうやって魔界のものどもを統率してきたのだ。
「さっきも言ったとおり、ガベルは底なしの暴れ馬で、てめえの欲望のためになら仲間も平気で見捨てるようなやつだった。だから、おれ自ら魔界の永久凍土に封印してやったはずだが……差し詰め魔王ナラクデウスを気に入らねえ勢力が、おれが不在になったのを好機とばかりに、封印を解いちまったんだろうよ。ガベルを新たな神輿に担ぎ上げようって算段でな」
「――で、さらに力を蓄えるために、ミュゼを欲した。そういうことだね、プロデューサー」
そこまでお膳立てした台詞を吐かれれば、ナラクはただ頷くしかない。
こんな場でわざわざプロデューサー呼ばわりもないが、ユーはあくまで一アイドルに徹してラパロたちの希望となる意志なのか。どのみちアイドルとはこの闘技場戦争の時代において、騎士に相当する立場と言える。ユー迫真の目つきが、この事実をありありと物語っている。
「ガベルのやつは、おれさまほどの温情なんて持ち合わせちゃいねえ。それに、やつは闘技場戦争が生まれる前に封印された化石だ。今さら〈摂理〉におとなしく従う気があるのかどうかも、正直おれにはわからん。もしおれがヴェナントの王なら、臣民たちの安全を優先し、納得がいかなくてもリュクテア側につく選択をするが……」
東西を険しい山脈に阻まれた地形のヴェナントだ。北方をリュクテア軍、南方を新魔王軍と、敵いもしない二大勢力に取り囲まれては、もはや逃げ道などない。ならば、ヴェナントにとってより親和性のマシな人間側――つまり、おとなしくトロネ代行の思惑に従い、リュクテアの軍門に降るのが最適解だと。
だが、ナラクにとって唯一の懸念は、ミューゼタニアの処遇にある。
「さあ、選べ、ヴェナントの芸術王よ。この過酷な状況下において、あんたはあくまで闘技場戦争の摂理に則り、すべてを丸く収めなくちゃならなくなった。この暗雲が過ぎ去った後も、臣民にとって変わらぬ王であるための選択を、胸を張って皆の前に見せるがいい――」
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