第33話

 ミューゼタニアとユーフレティカ、そしてナラクデウスの三人での共同生活が幕開けてから、かれこれ二週間が過ぎ去ったころ。

 中央噴水広場の近くにあるギルド協会にて、正式にギルドの登録申請を済ませてきたナラク。その帰路、午前中にひと仕事片付けたついでに、いつもの〈森の木こり宿亭〉に立ち寄った際のことだ。


「――なんだ、珍しいな。お前らが並んで町を出歩いてるなんてよ」


 まだ客足が少ない店内で、ペルラとあれこれ話し込んでいたところだ。そんな中、新たに来店した二人組の客が、買い物袋を下げたミュゼとユーだったのである。紙の資料を手にしたミュゼが、ユーにあれこれ話して聞かせていて、こちらに気づくのが遅れたようだ。


「わわ、まおーさま、いらしてたの。こんばんゎ、です。ぺこり」


「……意外だ。吸血鬼ってなんでも夜が基準みたいだけど、挨拶までそうなんだ。でもミュゼ、ナラクにまで挨拶なんてしなくてよくない? まあ、今朝のミュゼはお寝坊だったけど」


 そんな他愛ない会話も軽やかにこなせるようになったこの二人は、あまり目立たないよう今はつばありの帽子を被ったりと、辛うじて町娘みたいな扮装である。


「ミュゼもようやく買い出しが板に付いてきたな、えらいぞ」


「えへへ、これくらい、おやすいごよう、なのです」


「こっちもギルドの登録を無事済ませてきた。書類をそろえるのに手間取っちまったが、ギルド協会の連中がやけに協力的でな」


「まおーさま、おつとめ、おつかれさまでしたのです。協会のひと、この前のステージに偵察にきてたのです。きっとあのくそ領主の差し金――」「アイドルらしい言葉づかい」「――おほん、りょーしゅさまの計らいで、みなさん協力的だったのでしょう」


 途中でユーの指摘に遮られてしまったミュゼも、ユー自身も、アイドルとしての輝かしさを隠し通せていないのはどう見ても明らかであり。店の入口側から覗き込む輩がちらほらと見えるが、あれはやはり彼女ら目当てなのだろうか。


「で、ユーは今日も引きこもりじゃなかったのか?」


「あのさ、ナラク。別にぼく自身が出不精なわけじゃないと教えたよね。これまでは、町に出て面倒ごとが起きるのがいやだっただけなんだ」


 腰に手を当て抗議してくる。鎧を脱いだ彼女がこういう風に腰をくねらせると、丸みを帯びた体つきが余計に目立つのがわかる。そんな当人も連中の視線には気付いているらしく、頬を膨らませてそちらを睨みつけている。

 ユーフレティカのお披露目ステージは来週の予定で、まだ顔が知れ渡っているわけでもないのに、既にこんな有り様だ。

 あれだけ近寄りがたかった仮面の剣士が、興味本位の見物人に追い回される境遇になるとは、さすがに彼女自身も望んだことではなかっただろう。

 ただ、打倒魔王という呪縛に囚われ荒みきっていたのが以前までの彼女だ。それほどまでの心変わりをしたと考えれば、よい傾向と受け止めるほかない。


「……ナラクんとこの新入りさ、はたから見てると、なんだかミュゼの姉貴みたいだねえ」


 そんな彼女の様子を興味津々に眺めていたペルラは、あれがくだんの仮面の剣士その人だとは露知らず。


「へえ、あんたにはあれがそういう感覚に見えるのか。彼女らの活動戦略のヒントになりそうだな、参考にしておこう」


 二人は姉妹という脚本を盛りこむ――そういう戦略もありか。仕事柄、何にでも触発されてしまうナラクである。

 そんな当人たちはというと、早々にテーブルについてしまい、また二人して資料を前にお喋りを再開していた。ミュゼがいつも通りアイドル学の講義を――そんな学問はないが――しているように見えるが、何の話をしているのだろう。

 ナラクもテーブル側に向かうと、ミュゼが経緯を話してくれた。


「アイドリア・クラウンのヴェナント代表選抜戦――いわゆる〝オーディション〟ていう試合が、もう来月にせまってるです。それに参加するには、ギルドへの加盟が必須なので、まおーさまは朝はやくからお出かけになられていたのです」


「じゃあ、いよいよアイドリア・クラウンの本番が来るんだね。でもギルドって聞くと、ぼくはやっぱり冒険者ギルドを連想してしまうかな。アイドルのギルドも、冒険者ギルドみたいに依頼クエストの斡旋なんかをするの?」


「……くえすと? ミュゼ、それはよくわかんないです」


「さすがにミュゼには冒険者の経験なんてないからな。クエストってのは、冒険者ギルドが仲介役になって、冒険者にさまざまな仕事を依頼する制度だ。まあ、アイドルギルドにそういう制度はないが、代わりにおれさまみたいなプロデューサーが舵取り役となって、ギルドの所属アイドルたちを様々なステージに派遣するって仕組みだ」


 ほー、とただ嘆息するばかりの新人両名。やはり、協会が取り仕切っている制度なんかの話となると、彼女らからすれば大人の領分なのだろう。確かにこの業界は成人前の少女アイドルも多いため、プロデューサーとはただアイドルを鍛えて送り出す座長の役割に止まらず、保護者役も兼ねることも多い。


「で、問題はギルド協会の話なんだがな。ユーが頭数に加わってくれたおかげで、ようやく申請が通ったまではよかった。ただギルドってやつにはどうも登録名が必要だったらしくてな。……ま、成り行きで〈ペンタミュール商会〉って名前になった」


「ペンタ? なに、それ……ナラクってば、ぼくたちに相談なしに決めちゃったの? ぼくたちの本拠地なのに、かっこよさが足りなくない? かっこよさは戦いにとって重要なんだぞ!」


 真っ先に目の色を変えて食らいついてきたユーは、おそらくだがその手の〝格好よさ〟への拘りが尋常じゃないらしい。さすがは勇者、その独善的な美意識には誰も追随できまい――と茶化したら、半泣きの顔で馬乗りになってきたのが昨晩のことだ。


「………………あ、わかりました」


 片や、ミュゼはすぐに気付いてくれたらしい。


「ええー。こんなので何がわかったの?」


「ほら、ぺんたみゅーる。借りてる宿屋の看板にかいてあった名前、ですよ」


 ぴょこんと人差し指を立ててユーに講釈するミュゼが微笑ましい。


「至極単純な話だ。いい名なんて、咄嗟には思いつかなかったんでな。だから、あのボロ宿の元々の屋号――〈ペンタミュールの曲がり角亭〉から拝借したんだ」


「おー、なるほどなのです」


「……でも、ぼくとしてはその〝ペンタミュール〟がなんて意味なのか気になるなあ。ペンタミュール――伝説的な幻獣の名とかだったら素敵だなあ」


 勇者の豊かな想像力には、かの魔王も一目置かざるをえないわけで。

 そこで話をつまみ食いしていたペルラが、思いがけぬもうひと言を付け加える。


「ペンタミュールってのは、このへんの旧いふるーい地名さね。ヴェナントにあんな城が建つ前の伝承かなんかだったかねえ。ここいらはね、魔工石に引き寄せられて大陸各地から集まってくる妖精たちの、交易所みたいな由緒ある土地だったって話さ」


「あ~、その話、知ってる知ってる! だって、あたしもそのころ遊びに来たことあるもん!」


 と、図体の大きなペルラの脇から、小柄なもう一人が顔を出してこちらに笑顔を送ってきた。


「いらっしゃ~いみなさん! 昼間から一杯引っかけてくの~? むっふっふ~、この酔っぱらいどもめ☆」


 いつかの司会者エルフ嬢だ。「ああっ、ちょっと待っててね~」と、洗い終わったマグと布巾を手に、忙しそうに厨房側へと走って行く。その後ろを追随していくのは、宙に浮く無数のマグや食器だ。大変便利なことに、あれは彼女と親しい妖精たちに運んでもらっている仕組みらしい。


「エルフ、アンタね……このチビっ子どもに酒は御法度だっての。ほら、片付けは手下どもにやらしときゃいいから、アンタは仕込んどいたアレを持ってきてやりな」


 この半獣半巨人族にかかれば、ナラクの胸元まで届くユーですらチビっ子扱いだ。

 ペルラは調子付いたエルフ嬢を適当にあしらい、エルフ嬢の方はまた慌ただしく厨房から何やら持ち出してきた。

 ユーたちのテーブルに運ばれてきたそれは、小柄なエルフ嬢には不釣り合いな大きさのバスケットだった。


「おー、エルフさん。こんなにおっきなバスケット、いったいなにが詰まってるのです?」


 小首をかしげるミュゼの前で、「じゃあん!」などと、自慢げにバスケットを開放してみせるエルフ嬢。

 そんな少女たちの前に披露されたのは、バスケット一杯に詰めこまれたたくさんのサンドウィッチだった。

 白パンに葉物野菜と厚切りのハムを挟んだもの。薫製チーズと黒パンを重ねてレバーペーストを塗ったもの。バスケットの横には、果実水やソーダの大瓶が並べられる。


「どうしたの店員さん、こんなにもたくさんのサンドウィッチ!」


 とにかく唖然とする量に、注文した覚えのないユーが声を上ずらせる。


「えっとね、あたしから魔王さんたちへの――そーだなぁ、出世祝い……みたいなもん?」


 これは大奮発だという満悦顔をして、エルフ嬢がバスケットをアピールした。

 何事かとペルラに視線を送れば、バーカウンターに肘を付きながらこう返ってくる。


「出世も何もさ、アンタらはこれで正式なギルド協会の仲間入りしたわけだろ? 看板下げた店がデカくなりゃ、そりゃ、おんなじ商売人としておめでたいこったろう。……ま、こいつをこしらえたのもカネを出したのもこのアタシだけどね」


「――――あたしが盛り付けまして!」


 負けじと、精一杯の愛嬌を振りまいてみせるエルフ嬢。渋い呆れ顔で応じたペルラが、彼女の短いスカートをひらりとまくってお仕置きした。


「ちょっ――――おかしら、嫁入り前の乙女の下半身になんてイタズラすんですかあ!」


「だからと呼びなっての。エルフは油売ってないで、さっさと午後の配達に行ってきな!」


「はいなぁ~」


 ナラクにしてみれば、姉貴分はあんたの方だと内心ぼやいてしまいそうなやり取り。

 いつも通りのお調子者ぶりを振りまいて、エプロンを外しながらエルフ嬢が退散する。ただ、去り際に彼女は、何のつもりなのか思わせ振りな目線でナラクを促してきた。


「ペルラよ、いろいろとすまんな。じゃあ、大いなる店主殿のご厚意に今回は甘えようか。お前らは先にそいつをいただいててくれ。おれは、ちょいとヤボ用を済ませてから戻ってくる」


「ん、まおーさま早くもどってこないと、ユーのやろうがあまさず食べてしまいます、ので」


 麗しき勇者様の大食いをそう揶揄すれば、


「そだちざかり、なので」


 やり返してやったとばかりの顔で胸を反らすと、小高いユーの双丘がしなやかに跳ねた。


「ミュゼをまねしないで、もぅ……ちかごろのユーいじわるなの」


 その背中をぽかぽかと叩くミュゼに目配せをして、ナラクは勝手口側へと向かう。

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