第三楽章 ――お前はこの舞台に立つべきじゃない
第20話
まさに絢爛豪華といった趣の空間に、ナラクは足を踏み入れていた。
鏡のように研き抜かれた石床。振り返れば、四方の壁に飾られた多種多様な絵画に、耳に届く弦楽器の音色。宙を仰げば、豪奢なシャンデリアが描き出す宝石めいた光景。先へと進めば、このホールに配置されたいくつもの円卓には、それぞれ贅を極めた料理が並べられている。そしてこのパーティーに招かれた客人たち――艶やかに着飾った紳士淑女たちが思い思いに席を立ち、談笑には暇がなかった。
ここにいる自分が場違いだという感覚はなかった。魔界にもパーティーを催す文化はあったし、贅沢も芸術もあった。それに黒ずくめのナラクを不審がるものは案外少ない。何故なら、このホールを訪れた客人たちの多くがヴェナントの上流階級であり、三年前の大戦とは無縁の世界で生きてきたからだと聞く。
――〝贅沢の城〟の中で戦場を知らずに生きてきて、そもそも魔王など異国の代表者程度の認識でしかない、か。あの領主にして、この臣下。まったく、くだらねえ世界だぜ。
確か、芸術王ラパロが自称するには、〈白竜がどうこうのヴェナールなんとか城〉だとか。そんな面妖なる名のラパロ邸では、さる遠方からの客人をもてなすために、こうして宴が開かれたのである。
そう――数ある円卓の中で、一番中心の席だ。そこだけ、がらりと文化圏が異なる装いの連中で。無垢の白装束の、飾り気とはおおよそ縁遠そうな女性たちの集団。そういうしきたりでもあるのか、食卓においてさえも白頭巾で頭を覆っているから、場違いさで言えばあちらの方がナラクより一枚上手にさえ見えた。
「――おお……これはこれは! ようこそ、聖王国から遠路はるばる我がヴェナントへ。わたくしはかの芸術王の遠縁にあたる家のもので――」
などと、ヴェナント貴族らしき二人組の男が、白装束の一人に代わる代わる挨拶する。白装束たちはこの宴の席にも着飾った男たちにも関心がなさそうで、それよりもこちらに刺さるような視線が突きつけられていて。
――まあ、〝よそ者〟の方からは歓迎されてねえみたいだな。あいつら、確か〈女神教団〉とかなんとかいう連中だったか。
『まおーさま。あのものたち、とても、やなかんじがするのです』
ナラクのローブの懐から、ミュゼがひょっこりと顔を出す。といっても、ミュゼが吸血鬼の能力で姿を変えたコウモリだ。
――今やくだんの聖王国を支配するのは旧来の王家じゃねえ、女神教の信徒たちだ。そして女神教団は、その教義のせいで闘技場戦争も〈使徒〉の存在すらも認めてこなかった。おれたちにとって一番扱いづらいのは、あの手の石頭どもだ。
『じゃあじゃあ、まおーさまやミュゼに、ちょっかいかけてきたりしますか?』
――大丈夫だよ。連中にとって無宗教のヴェナントは敵地みたいなもんだ。その敵地まで何しに来たのか知らんが……ラパロの客人ってことは、どうせカネ絡みだろう。なら、その取り引きをふいにするほど相手も馬鹿じゃない。
芸術王ラパロの本領は、統治よりも貿易にこそあると聞いた。人界の経済にはとんと疎いナラクだったが、人間どもが魔界への領土欲に〝正義〟を燃やすよりかは、金に目を眩ませていてくれる方がずっとマシだから。
――まあ、客席の偵察はこんなところだろう。ホールの広さも音響も申し分ない。面倒が起こらんうちに控室まで戻るぞ、ミュゼ。
そう呟くと、ナラクは睨みつけるような白装束たちの視線を振りほどくように、ホール奥の扉を開け放った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます