第17話

「ナラク、アンタは今すぐ帰んな」


「…………なるほど、事情はよくわかんねえが承知した。あいつはってわけか」


 かつて魔王として名を轟かせたナラクである。魔王討伐をまだ諦めきれない冒険者、暗黒神の〈使徒〉の裁きをも恐れぬ賞金稼ぎ、異国の暗殺者、王座を狙う魔界からの追っ手。思いあたる節などごまんとあるわけで。


「アイツが近ごろ〈仮面の剣士〉なんてもてはやされてる旅の剣士さ。なんでも、魔物の残党狩りをしながら、かのリュクテア聖王国から流れ着いてきたって噂だ。ナラクはあいつに近づかない方がためだよ」


 それは、暗に〝仮面の剣士とは絶対に騒ぎを起こしてくれるな〟と釘を刺されているのだと理解した。元より、理由もなく町で殺しあいをするなどまっぴらごめんなナラクではあったが。


「ちっ、要するに〝はぐれ狩り〟か。魔物どもを統率しきれてないこちらとしちゃ、耳が痛え話ではあるが……」


「魔界の方じゃ、なんでも新しい魔王ってヤツがのさばりはじめてるらしいじゃないか。そんなのが出てきちまったおかげで、残党どもも活気づいてるって聞いたよ」


 思いあたる節はナラクにもあった。


「――新魔王、ガベルファウストか。奴は、かつておれさまの右腕だった暗黒騎士だ」


 ナラクを継ぐ新魔王の候補者など、くだんの暗黒騎士ガベルファウストだけにとどまらず、魔界には掃いて捨てるほどいたのだ。かつての部下たちも一人ではない。

 それに、そもそも魔物の中には、〈使徒〉に反発して闘技場戦争を受け入れなかったものたちも少なくなかった。それが人界へと侵出し、大陸各地で横暴を働いている現実がある。

 だが、力を〈使徒〉に奪われた今のナラクには魔界におけるかつての統率力などなく、もはやどうにもできない。


「元より闘技場戦争を認めねえ輩なんざ、魔界にごまんといやがる。そうなりゃ、人界側にもが現れて当然だな」


 魔物が跋扈すれば、対となる冒険者が現れる。人界と魔界の相関関係――その縮図だ。


「ガベルだかなんだか知んないけど、もうアンタは魔界の王様じゃないんだ。むかしの手下の後始末なんて考えてる余裕はないよ。まず自分とミュゼの身を守んな」


 そう言って、ペルラに店からつまみ出されてしまった。


「わりいな、とにかく恩に着る。また週末の夜、ミュゼと歌いに来るからな」


「……ああ、今後とも頼むよ。アタシが店とお客を守るから、また遠慮なくウチに来なよ」


 そう言い切るペルラは、魔王をしてもどこか頼もしい背中を見せていた。



 ◇ ◆ ◇ 



 人目を避け裏路地経由で帰途につくナラクの前に、毎度の見慣れた憲兵らが立ちふさがる。といっても彼らから何かされるわけでもなく、お前を常に見張っているぞという、いつものおさだまりの示威行動だ。

 こんな狭い場所で振り回すにはいかにも不都合そうな槍を、粋がって突き立ててみせる二人組の憲兵。ただこちらから連中の顔つきを品定めしてやれば、どうだろう。

 案の定、脂汗を滲ませながら仏頂面を決め込み、終止無言に徹するというあんばいだ。

 人間とはかくも弱く、そういう生き方しかできない存在なのだと、ナラクは厭というほど思い知らされてきた。

 ただ、ナラクはちょっとした閃きを得た。二人組の間を我が物顔で通り過ぎてやるついでに、ふとこんな伝言を残していくことにした。


「――町の治安を守る貴様らに相応しい仕事を紹介してやろう。なに、この我が命じるわけではない。芸術王の意向に沿ったものであるなら、貴様らも自主的に行動するしかなかろう?」

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