第16話
〈森の木こり宿亭〉を来訪した、謎めいた人物。いかにも冒険者然とした、草色のローブ姿。背に覗く剣の柄。目深に被ったフードの奥――奇妙な文様の刻まれた仮面で隠された顔が、動揺する客たちを品定めするようにゆっくり見渡していく。
「――食事中のところ邪魔をする。わたしは旅の剣士だ。魔王ナラクデウスを騙る男がこの町に現れた――と、そんな風の噂を耳にしたが、この酒場でその男を見たものはいるか?」
抑揚のない、低くて凄みのきいた声。
だが声色を耳にした途端、この店にいた誰しもが、仮面の剣士の正体がまだ若い女だとすぐに気付けたはずだ。素性を隠すための扮装と成人男性ほどもある身長が、そう錯覚させたのだろう。野蛮なならず者に絡まれた気持ちでいたものたちなど、そこであっさり警戒心を緩める現金さだった。
そうした侮りは、ずんと重たく打ち下ろされた長剣によって呆気なく吹き飛ばされてしまった。まず、そんなものは並大抵の女性が扱える代物ではない。それに、巨人族すら切り伏せられそうな武器が必要とされる時代など、もうとうの昔に過ぎ去っているというのに。
「…………魔王を見たものは。いるのか、いないのか。どっちなんだ?」
仮面の剣士は、声に苛立ちのような感情など決して覗かせない。だが、言葉にできない威圧感めいた何かがその声に込められていた。それも、この場に居合わせた皆を震え上がらせるほどの。
「いや、見ては……ねえけどよ」「ちょっ、おめえ! この前の晩だかに、なんかやべえもん見ちまったとか言ってやがったろ!」「旅のお人なら、噴水広場に行きゃあ何かわかるんじゃねえかな? この町の情報収集なら、あそこの掲示板が一番だからよ」
事実を知っているだろう客たちも、何故か要領を得ない言葉で口々にはぐらかす。それは慕われるペルラの思いをくみ取っての勇み足なのか、それとも自分だけは揉め事に巻き込まれたくない一心で出た釈明なのかは魔王当人には知るよしもなかった。
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