第15話

「――んで、なんでアンタ、昼間っからそんな黒焦げになってんだい」


 開口一番、ペルラにそう指摘されるのもむべなるかな、ではある。

 先日の騒動をあらためて詫びるべく、〈森の木こり宿亭〉へと顔を出した際のことだ。


「厨房でてめえをローストターキーにしてきたみたいなツラがまえしてるよ? そこまで食いぶちに困ってんなら、ウチで賄い料理くらいなら食わせてやんのにさ」


 ナラクとしては、経緯を口にするのは躊躇われた。ミュゼがナラクの魔力をドレインしたことも追い風になって、有り余る魔力を制御しきれず、アイドリア・エフェクトで自宅の天井をぶち抜いたなんて話、どこからどう説明したらよいのやら。


 ――はあ、今度からアイドリア・エフェクトの練習は屋外でしたほうがよさそうだな……。


「はは、たしかに爆発させたのはおれのせいだしな。まあ気にしないでおいてくれ、ジリ貧アイドルプロデュースにはこの手の苦難がつきものってわけだ」


「ふうん、アイドルってやつは恐ろしい世界なんだねえ。アタシにゃ、料理とバトルくらいしかわかんないもんねえ」


 ミュゼの昼食の支度で湯を浴びている余裕もなく、どうせフードを目深に被っているから目立つまいと、そのままの顔で出かけてきたのも失策だ。

 そんなことをぼんやりと考えながら、大柄なペルラの脇越しに店内を覗きこんでやる。こちらは勝手口側だから、昼間から黒ずくめという出で立ちの自分を不審がるものもいない。


「――ふむ。昨日の今日ではあるが、客が減ったという雰囲気じゃないな。安心したぜ」


「ハッ! んなことを心配しに昼間っからわざわざ顔を出しにきたのかい。別にアンタが気にするこたあないって言ったろ。ウチの店のこたあみんなアタシの責任さね。アンタは自分の仕事だけきっちりこなしな」


 快活な声で応じてくれるペルラ。不運もこうして笑い飛ばしてくれたのだと受け止める。境遇だとか種族だとかに関係なく、本当に気持ちのいい人物だとナラクは鼻を鳴らせてしまった。


「いや、な。おれの仕事をこなすには、これからもあんたを敵に回したかなくてね。店で揉め事を起こしちまったことはどれだけ詫びても足りないが、この借りはあんたの店できっちり返したいって思ってる。はは、今はそれしか返しようがねえんだけどな……すまん」


 乾いた笑いは皮肉などではない、何より金がなかったのだ。


「じゃあ、これからもウチとはよろしく頼むよ、〝魔王さん〟よ?」


 そう言って腕組みしていたペルラが、おもむろに片手を指しだしてきた。


「お、おうとも。おれたちに手を貸したことをあんたには絶対に後悔させねえ。ここがおれたちの出発点なんだ。これからこの世界を変えていくためのひとつがアイドルなんだって、必ずおれたちで証明してやる」


 そう言葉にすれば、かつての炎が胸の奥底にたぎりだす。そして彼女の熱い手を受け止め、なぜだか少し気恥ずかしくなってしまうナラクだった。

 店の用心棒らしき巨漢が勝手口まで飛びだしてきたのは、その直後のことだ。


「――てえへんでい、おかしらっ!」


「だから〝店長〟と呼びな! なんだい、今日は騒がしいね。真っ昼間からどいつかが小競り合いでもおっぱじめやがったのかい」


「いえ、そいつがですね……またが店先まで探りに来やがったんでさあ」


 どうしやしょう、とペルラに深刻そうな顔を送り付ける用心棒。ペルラの方も顎に手を添えながら、のしのしと店内へと戻っていく。


「なんだ、店の方で揉め事でもあったのか?」


 実際に揉め事を起こしてしまった自分が首を突っ込むのに引け目もあるが、それを帳消しにしたい一心からナラクも後に続く。

 表通りに面した入り口側――薄暗い店内の先に四角く開け放たれた、まばゆい光の扉。その中心に、奇妙なシルエットをした何ものかが立ち尽くしているのが見えた。


「……なんだ、ペルラはあいつを知ってんのか。どう見ても、よそから来た旅の冒険者、って歓迎のされ方じゃねえな」


 ナラクをしてそう感じられるほどに、店内のざわつきがあからさまだったのだ。客たちは一斉にその人物へと視線を向け、どよめき混じりに何かを呟いている。


「あれ、例のあいつじゃねえのか」「仮面の剣士」「残党狩りだ」「なんでまた来てやがる」


 ペルラは問いかけに応じず、代わりにナラクの前に立ち視界を遮った。まるで、あの人物から自分を庇うかのように。


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