第14話

「――〈銀妖精のアリア〉。センターのソシエル・アッチェラムをはじめとする三人のアイドルたちで結成された、ヴェナント最強のレギオンだ」


 記録映像の中で歌い、舞い踊る三人のアイドルたち。蒼、朱、翠――三人三色の清廉なる衣装で着飾った乙女たちは、その誰もが女聖騎士を思わせる神々しさを放っていた。


『――けれども彼女は もうそこにはいない これは ひとに恋した妖精のおとぎ話――』


 そして歌われている楽曲は、ミュゼにも聞き覚えがあるもの。


「まおーさま、この歌。ミュゼが歌ったのとおんなじ〈声の翼〉! ……マルーリガスの……ううん、まおーさまのお作りになった歌を、あのトップアイドルたちが……」


 〈声の翼〉とはそもそも、人界のヴェナントまで落ち延びたナラクが、最初に生み出した処女作だ。イデアリスの見せる悪夢から逃れようと見様見真似で書いた、最初は歌うものもいなかった孤独の歌。それを知り得た領主ラパロがナラクを拘束するきっかけとなった呪われた歌であり、そしてラパロに幽閉されていたミューゼタニアとの再会の鍵となった、ナラクにとっての運命を変えた歌だ。


「そう。だからこそミュゼのためになるって思って、この映写記録を借りてきたんだ」


 もちろん、〈銀妖精のアリア〉による〈声の翼〉のカバーは、昨日ミュゼが歌ってみせたものとあらゆる面で異なっていた。広大なステージに壮大な伴奏、色彩感も鮮やかな衣装。


「お……おおお……じっさいに銀妖精のアリアのお姿を見るのははぢめてなのです。アリアまじアイドル……神……しゅごい……」


 悪魔の眷属が〝神〟もどうかと思うが、まるで小さな子どもに戻ったかのように、瞳をときめかせるミュゼ。そして何よりも、三人の個性的なアイドルたちが紡ぐ歌と踊りの競演が、見るものを完膚なきまでに魅了する。


「それよりも、まおーさま。この金髪のひとの顔、ミュゼも魔界の映写器ティービーで見た覚えがあるのです。ミュゼのしらないうちに、よもやアイドルの親玉にまでのぼりつめていたとわ……さすがはミュゼがアイドルを目指すきっかけになった歌姫。マエストロなのです」


 長いさらさらの金髪が尾を引くように舞う少女――センターを務めるソシエルだ。


「ソシエルは、そもそもアイドリア・クラウン誕生以前から様々な都で歌ってきた、ベテランの歌姫だ。ラパロがスカウトして、それから〈銀妖精のアリア〉が結成された。といっても、年齢はミュゼと三つくらいしか違わないぞ。あっちも下積み時代が長かったとはいえ、負けちゃいられない」


「おおー、らいばるにもあどばんてーじがある、というやつなのです。アツいどらまがそこにはある……まさに好敵手なのです」


「ソシエルだけじゃない、メンバーのひとりひとりが一国の領主直属で訓練された、精鋭中の精鋭。それが三人集まって完璧な調和をなしてる。言わばアイドルの近衛騎士団だ。彼女らの誰もが、よくちょっかいかけてくる他国の差し金どもを、単姫ソロで蹴散らせるくらいの実力者だからな」


 ミュゼは半分上の空で、食い入るように彼女らの映像を見つめている。それも当然だろう。魔界で引き籠もっていたころのミュゼが、自分の意志で外の世界に出るきっかけとなった特別な存在なのだから。


「……おっと、そろそろか。次の場面をよく見とけよ。ミュゼが次のステップに進む鍵になる」


 ナラクがそう示唆したのが明らかなものが、次の瞬間に映し出された。

 この映像を記録していた魔工石がステージから引き、三人のアイドルたちを遠景から捉えた直後――センターに立つソシエルの両サイドで二人ずつが決めたターンが同調するとともに、不敵な笑みを浮かべたソシエルが観客席側を指差す。すると、衣装の胸元を飾る宝石が輝きを放ち、ソシエル自身が鮮烈なまでに青い光を纏ったのである。

 ソシエルをイメージした蒼の煌めきがダンスとともに残像を残し、そのまま〈声の翼〉が第二楽章のサビへと差しかかったかと思えば、蒼の残像が魔術的なオーラを描き、


「――こいつが〈アイドリア・エフェクト〉だ」


 三人のアイドルたちの背後に、さながら打ち上げ花火のような閃光をステージいっぱいに瞬かせた。


「…………わわ…………すご……きれい……アリアのみなさん、とってもきれい…………」


「アイドリア・エフェクトってのは、要するにアイドル自身が放つ〝演出の技〟だ。歌とダンス、そしてアイドリア・エフェクト。この三つが互いに作用しあってこそ、アイドル本来のステージが完成される」


 蒼、朱、翠――三色の煌めきが、ステージとの別れを惜しむかのように霧散していく。この時の観客が一斉に沸き立っていることが、映像越しですら伝わってきた。


「……さて。どうしてこの映像をわざわざミュゼに見せたかわかるか?」


「…………………………ほむ」


 放心した表情のまま、こくり、と頷いたミュゼが、映像を見つめたまま二の腕にくっついてきた。じとっと汗ばんだ布越しの感触がまだ熱を帯びている。


「…………おいエナジードレインはよせ」


「いただいちゃってます。見入って疲れちゃいました、ので」


 よせと言ったのに、くっついたままでいたいらしい。スキンシップが過剰なタイプなのは昔からだ。そもそもこの映像の意味が理解できているかどうかも不明だが、とにかく今は興奮のあまり、心の余裕がないだろうことだけは伝わってきた。


「身も蓋もない言い方をすれば、アイドリア・エフェクトなんてのは〝殺傷力のない魔法〟だ。戦闘用に発展してきた魔術は、今やアイドルたちがこうしてステージ演出に利用する時代に変わった。そして、ここにミュゼが飛躍を遂げるための鍵があるってわけだ」


 ここで映像を巻き戻してやる。〈銀妖精のアリア〉を最後まで堪能したかったミュゼがおろおろしだすが、ある場面で一時停止させたナラクの意図にはすぐに感付いてみせた。


「ほむ、魔工石、なのです。アリアのみなさん、衣装に魔工石を装備してるのです」


 ソシエルが歌の途中で発動させたアイドリア・エフェクト。その直前に、衣装の胸元に埋め込まれた魔工石が、魔術式の発動を示す輝きを映像にも残していたのである。


「正解だ。アリアの誰もが、アイドリア・エフェクト発動の媒介として魔工石を使ってる。いや、彼女らだけじゃない、ほとんどのアイドルがそうだ。当然だな、アイドルはあくまで歌い手であって、誰しもが魔術師なわけじゃない。それにアイドリア・クラウンじゃ、魔工石の使用はルールの範囲内だからな」


 ここで、魔工石の映像を暗転させる。そうしてミュゼが余韻に耽る猶予を与えず、ナラクはアイドルとしてのミューゼタニア・ブルタラクが飛躍するための明確な課題を示してみせた。


「――ミュゼよ、ダンスにまだ苦手意識があるのなら、アイドリア・エフェクトを新たな武器にするんだ。強大な魔力を秘めたお前は、魔工石なしにどんな魔術だって発動できちまう。王級吸血鬼であるミュゼ自身が、文字どおりライバルたちへのアドバンテージになるってわけ」


 ――さあ、今こそ反撃の狼煙を上げる時だ。

 そんな自分に抱きつき続けるミュゼに、みるみる魔力を吸われている感もあるが、ともあれ。


「それじゃあ本日のレッスン開始だ。まずアイドリア・エフェクトの基礎練習だが――」


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