第13話

「そもそもアイドリア・クラウンとは、ステージ上で行われる競技――つまり自分と敵の間で行われる試合だ。復習の意味も8こめて、ミュゼが説明してみろ」


「ええと……んーと……ミュゼたちアイドルが、ステージで、歌って、踊る? お客さんのがスゴかったほーが、勝つ?」


 極限まで削ぎ落とした理屈で、しかも微妙に疑問形だったが、それはまあよしとしよう。


「まあ、半分正解な。より正確にはだな、運営側が事前に提示してきた一つの課題曲を、敵同志のアイドルが交互に歌い、そして競い合うのがアイドリア・クラウンだ」


「そだ、そうでした。歌う曲、ミュゼたちには選べません。だから、もしむづかしい曲がきたらとおもうと、ミュゼ、こわこわになってしまいます……」


 ミュゼの不安はもっともなものだ。アイドルにだって、得手不得手はある。それは挑戦する曲についても同様だ。〈森の木こり宿亭〉を活動拠点としてきた歌姫エルミットは、音程が低めのメロディラインや、テンポの速い曲調をずっと克服しきれていなかった。


「そしてアイドルたちの評価基準は、ただ歌やダンスの技術力だけじゃねえ。姿の美しさ、愛想のよさ、ステージをいかに楽しませるか、それに観客たちとの信頼関係――ぶっちゃけ闘技場戦争の中でも、一番客人気に左右されやすい競技がアイドリア・クラウンだ。つまり純粋な強さだけじゃ勝てねえ世界ってことを頭に置いて、勝ち進む作戦を練らなきゃなんねえ」


「勝ちすすむ…………ミュゼも、昨日ちゃんと歌えてれば、次のステージに勝ちすすむことができたのでしょうか……」


 躊躇いがちにミュゼが口にしたのは、やはり昨夜の失態についてだ。


「確かに、あれで最後まで歌いきれてれば、ミュゼの歌に心を奪われた観客が、きっとたくさんのカードを投票してくれたろうさ。だが、魔界側であるおれたちがあくまで人界のアイドルとなるには、越えてかなきゃなんねえ壁ってやつがある。そいつだけは、練習だけじゃどうにもならねえ」


 世知辛い話題を口にしてしまったナラクだったが、かたやミュゼの方はというと。


「たくさんの、カード…………むふー……うれしさで胸いっぱいになっちゃいますね」


「よしよし、前向きな妄想は大事だぞ、妄想は生きる糧となる。さて、ただここで問題がある」


「むむむ、問題、とわ」


 そもそもの問題とは、アイドリア・クラウンという競技の構造にある。


「ミュゼがアイドリア・クラウンでのし上がるためには、まず代表選抜戦オーディションを突破しなきゃならねえ。お前がヴェナント代表アイドルとして認められないことには、アイドリア・クラウンの本戦に立つことすらできねえんだ。ずっと酒場で歌い続けるだけの人生を望まないのなら、お前はこれからどうすべきか――わかるよな?」


「はっ!? そか……代表選抜戦で百戦錬磨のアイドルたちを相手に戦わなきゃ、なのですね。まおーさま、さすがに目のつけどころがマジ魔王」


 彼女の理解がすぐそこに及んだことに、納得の笑みで返してやる。そのとおり、国家の代表を目指すアイドルたちは、アイドル同士の一騎討ちにてふるい落とされてきたからだ。


「だからな、対戦相手と同じステージに並べば、どうしてもお前はダンスで比べられる。お前が誰よりも歌で勝るなら、敵はそのぶんダンスで巻き返してくる。ただ歌がうまいだけじゃ、である必要性なんてない。アイドリア・クラウンってのは、そういう弱肉強食の戦場なんだ」


 思わず熱弁してしまったが、これまでにナラクが学んできたアイドリア・クラウンとは、そういう類のものだった。幼い吸血鬼の少女がただ憧れてきたあのステージとは、近くも遥か遠き舞台なのだ。


「おれたちが目指すのは、アイドルの頂点だ。いや、頂点のと言うのは言葉のあやだが、ある程度の知名度になって固定客を付けたい。そしたらここの借金返済なんて一瞬だし――まあそういう世知辛い問題はやめとこう。とにかくヴェナントの規模なんて飛び越えて、あのバカ領主がいっさい口出しできないレベルまで上り詰められれば、おれたちの〝勝ち〟だからな」


 大げさに親指を立ててやれば、ミュゼは恥ずかしくなったのか途端に俯いてしまった。


「まおーさま、そのことわ……ミュゼの…………いえ、ミュゼががんばるしかないのです」


 そう、まずもってのナラクの野望。それは、あの芸術王ラパロの魔手から逃れることにある。


「……忘れるものか。歌う吸血鬼の噂にヴェナントまで流れ着いてみれば、その実態がお前との再会と、そしてお前を見世物にするあのクソ領主だった。かつての力が残っていれば、おれはきっとヴェナントそのものを灰燼に帰しただろうよ」


 そもそもナラクがミューゼタニアのプロデューサーとなったのは、そんな事件が発端だった。


「……まおーさまに、もしかつての力が残ってたとしても、ミュゼわきっと、そんなことしないでって、まおーさまを止めたのです。それに不自由はすこしかなしいですが、ミュゼ、人界ここでまおーさまともう一度お会いできたこと、すごくすっごく運命的なのでした」


 俯いていたことなど過去でしかなかったと、顔を上げたミュゼは清々しいほどの笑顔だ。そんな彼女を見て、ナラクの腹の奥底に憎しみのような感情が湧き起こる。


「だが、ラパロはミュゼを陥れて、お前に呪いの首枷をはめやがった。そいつを外すには、ただラパロを力尽くで倒すやり方じゃ駄目だ。呪詛契約を、ラパロ自身の意思で解除させる必要がある。だから今しばらくは、咬ませ犬になるっていうアイツの計画にまんまと乗っかってやろう」


 そしてミュゼをこのヴェナントという牢獄から救い出し、あの男に奪われた自由を取り返すのである。


「だがな、ミュゼはこれまで一か月近くレッスンを頑張ってきたとはいえ、まだデビューしたばかりの新人アイドルだ。それも、まだ酒場で一度顔見せしただけ。あれはあれで注目は浴びたろうが、ステージで勝たなきゃ意味がない。そこで、こいつを見てくれ――」


 ナラクが黒衣から取り出して見せたのは、ブローチのように加工された紅い宝石だ。それをテーブルに置くと、宙空に夜のような暗闇が額縁状に発生した。


「それ、〈魔工石マギオン〉ですか? うち、びんぼーなのに、そんな高価なものどうやって?」


「ありがたいことに、ペルラが魔工石のを借してくれてな。こいつさえあれば、〈使徒〉のやつに力が封じられてるおれにだって魔術が起動できるって寸法さ。ほら、こう使う」


 ナラクが額縁状の闇に指先を滑らせると、魔術による術式の光がいくつか浮かび上がったかと思えば、すぐにある映像が映し出された。


「まおーさま、このひとたちって……」


「ああ、これは芸術王ラパロがプロデュースするヴェナント最上位トップアイドルレギオン〈銀妖精のアリア〉――つまりヴェナント代表アイドルの記録映像だ」


 魔工石によって映し出されたそれは、単に映像だけでなく音声さえも克明に記録していた。今まさに、目の前で彼女らアイドルが息づいているかのような現実感を持っていたのだ。

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