第8話
盛り場から目抜き通りまでたどり着くことができれば、ヴェナント領主の居城がそびえる小高い丘がすぐに見えてくる。
この辺境領を統治するラパロ・ヨネ・ヴェナント辺境伯は、別名〝芸術王ラパロ〟とも呼称され、大戦後の混乱期においていち早く闘技場戦争に適応し、名だたる列強諸国とも対等に渡り合ってきた傑物と評価されていた。
ただ――
「――で? ミューゼタニアのせっかくの初舞台、あなたがすべて台なしにしてくれたそうですねえ、ナラクよ」
かの芸術王の玉座の間に、声が響き渡る。目の覚めるような赤絨毯の頂に座す、純白の装束の男。美しい金の髪を持つ長身痩躯の優男だったが、その菫青色の瞳には狂気めいた光が宿っていた。芸術王ラパロだ。
「ああ、ナラクぅ、あらゆる民たちから恨まれし邪悪な魔王よお! あなたが民の前でうまく道化を演じてくれぬおかげで、あたくしの遠大な計画に遅延が生じたかもしれませんねえ?」
片や、君主の御前に引き立てられたものがいた。憲兵二名に両腕を掴まれ、額を絨毯に押しつけられていた黒ずくめの男――魔王ナラクデウスだ。
「ぐっ……領主よ、おれはミュゼの名誉を守っただけだ。アイドルの誇りや名誉すら守れなくして、アイドリア・クラウンの勃興など絵空事。貿易で身を立ててきたあんたになら、それくらい理解できるだろ」
だが芸術王ラパロは、さもくだらないこととばかりに鼻息を立てると、
「おうおう、かの魔王がずいぶんとみすぼらしい言葉づかいをすること。相変わらず飼い主様への口の利き方がなっていない犬っころのままですねえ。まあ魔王とは名ばかり、しょせんは魔界出身、オーク以上・人間未満、といったところですか」
慈悲の極みといった優雅な笑みをたたえてはいるものの、靴底が苛立たしげに拍子を踏む。
「あなたにも胸に刻んでいただいたはずでしたが? 我がヴェナントはですねえ、純粋な武力においては並みいる列強諸国にとうてい敵わないわけです。が、ヴェナントは〝歌〟という、何ものにも代えがたい武器を得た。これまで列強づらしてきた聖王国の貴族どもをねじ伏せるための、最高の武器――つまりアイドリア・クラウンですねえ」
ラパロは何か思い出したかのように手を掲げて、ひらひらと宙で泳がせ始める。憲兵に何を命じるか迷う素振りを見せている。
「あたくしが支配するステージはですねえ、このあたくしが情熱を込めてプロデュースするアイドルたちが輝くべき、とおっても特別なステージなのですよお。そしてね、あなたはその噛ませ犬として一役買ってくれる約束だった……民衆の心理を導くには最高の逸材ですから。そして、それこそが魔王であるあなたの罪滅ぼしのはず、なのに? な~ぜこうなったのお?」
「ふ、あんたが約束だって? ……脅迫の間違いだろ。あんな首輪でミュゼを思いどおりにできるって思ってんなら、せめて歌くらいあいつの好きに歌わせてやればいいじゃねえか。あんたも領主なら、それくらいの度量は見せやがれ」
「んん~、でもキミら流石にやりすぎでしょお? どうしてあんな目立っちゃったのお? いま町はミュゼと魔王の噂で持ちきりだよお? ヴェナントの一大スキャンダルだよお? ボクがプロデュースした女の子たちより話題になっちゃってどうすんだよこのウンチが!」
そうして芸術王は、宙を泳がせていた手をようやく憲兵たちへと指し向ける。
「はぁい、芸術的な判決が下されましたあ。第一楽章、右腕の骨を折る。第二楽章、左の指を三本切除。第三楽章、ついでに右眼とその小生意気な喉も潰しておきましょうか――ああ、ああ、やっぱりそれはなしですなあ、美しき我が〈白竜眠りしヴェナール城〉がそいつの流す血で臭くなってしまう~♪」
玉座の座面に土足で立ち上がると、
「おお~名もなき異郷の神よ! あなたに翼をもがれたかの魔王は、もはやか弱きあなたの息子たちにすら逆らえぬ、力なき存在になり果てました~♪ なぁんて喜ばっすぅぃ祝福ぅッ!」
さながら
「なのに、何~故~? その素っ首をはねても、魔王はいまだ不・死・身ッ! 何ものにも裁くことができず、魔王は何度も何度でもよみがえってしまう~♪ ではでは名もなき神よ、愚かな彼の犯した罪を、我々はどうやって罰すればよいのでしょう?」
雄弁に手を踊らせ喉を高鳴らせる芸術王。
「おお、なんてことだ。おお……おおぅ……魔王の背負った贖罪とは、つまり生き地獄――死すら生ぬるいと仰るのですね?」
その余韻が絶えぬ間に、芸術王が指揮者めいて広げた両腕を振り下ろす。それを合図に、さながらシンバルを打ち鳴らすかのように、ボキリと鈍い音がこの広間の高い天井まで残響した。
「あ――ぐあぁッ――――――!?」
こぼれ出た呻き声を必死で噛み殺すナラク。その腕を
「……くれぐれもこの芸術王に楯突こうなどと思わぬことですねえ、元魔王ナラクよ。あなたを慕うかわ~いらっすぅうぃ~咎人ミューゼタニアが一体誰に辛うじて生かされているのか、一刻たりとも忘れないようお願いしますよお?」
そうして玉座の間の扉が固く閉ざされるまで、ナラクにはこの男の高笑いに耳をふさぐこともできなかった。
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