第二楽章 ――ぜったいにアイドル業界を勝ち抜くのですっ
第9話
【――ナラクデウス、愚かな魔界の王よ。そなたにはイデアリスの名の下に、ある宿命を課すことにした】
そんな声が聞こえて、ナラクは我に返った。ただ、意識があるはずなのに、あたりは暗闇ばかり。目が見えているのか、そもそも自分のまぶたが開いているのかすらおぼろげだ。
【この宿命はそなたにとって呪いだが、そなた次第では希望にもなりえる。かつての傲慢な魔王が、果たして何ものになれるのか。それを導き出すために残された、そなたにとって最後の光じゃ】
だが、鈴の鳴るようなこの声に聞き覚えがあった。胸の奥底にわだかまる感情が目を覚ます。そして声を振り絞れ、抗えと煽り立ててくる。だからこそ、この何もない――虚無の暗闇のさなかでも自分は〝ナラク〟でいられたのだと。
「貴様……イデアリスの〈使徒〉か。呪い、だと? 我に何をした! 何ものからも信仰を受けず、存在すら歴史に記されなかった無名の神が、いかなる目的でこの魔王に指図する!」
抗おうとするも、いまのナラクにはまるで身体が存在しないかのようだ。真っ黒な水中にたゆたう泡のように、すべての自由がきかない。
【なあに、そなたの持つ途方もない魔力を、ちょいと拝借させてもらっただけじゃ。強い力をただ殺し、奪うためだけに使うなんて資源の無駄づかいじゃからな。そこで、そなたの力を有効利用するアイディアが閃いた。そなたにはこの愚かで未熟な世界を創り変えるための礎となってもらう】
「世界の礎、だと? たとえ我が力を失ったところで、憎しみ合うこの世界が変わるものか!」
【じゃが、力があれば世界にきっかけくらいは作れよう。ゆえに、そなたの存在はわらわに好都合でな】
「我の願いは、魔界と人界を分かつこと、ただ一点のみ! 交われば毒となる二つの世界を、貴様は……創造主気取りで弄ぶつもりか」
そこまで言い放って、今さらナラクも理解した。イデアリスと名乗ったこの少女が、自身を〝破壊と創造の神〟などと表現したことを。
【わらわを目覚めさせたのは、そなたじゃ、ナラク。弄ぶというなら、そなたも同罪じゃ】
途端、得も言えない恐怖心がわき起こってきた。
――何故だ? 死をも恐れぬ魔王が、この期におよんで何を恐れるという――。
己をとっぷりと飲み干している、この黒い水の底まで沈んでいくかのような感覚。先ほどまで何の感覚もなかったはずが、急に息が苦しくなり、喉から肺の奥まで入り込んでくるこの液体は――これまで自分が殺めてきたものたちのどす黒い血だ。
――ぐぁ…………ぁあっ…………――。
この黒い海に水底などなく、奈落へと突き落とされる感覚が永遠に続き、声にならない呻き声を上げ続けるしかなくて。なのに、自分の周囲を何かおぞましくて不確かなものがついばむようによぎっていき、千切れる皮膚の痛みに悲鳴を上げる間もなく、耳元でささやいていく。
鼓膜をつんざくほどの、恐ろしい、
――この宿命はそなたにとって呪いだが、そなた次第では希望にもなりえる。
耳をふさぐことすらできない。これが己が罪を無間に裁く呪いだとするなら、魔界ですら地獄とはほど遠い。
だが、いま見ているこれがただの悪夢だとナラクにはわかっていた。
――ピ・ウル・エイデ/アシュタル・メイゼ/ミクタル・ノイエン・ミシュマルタム――
そうわからせてくれる声が、どこか神秘的な音色に乗って――――そう、これも〝歌〟だ。
自分が沈む昏い水の底まで照らしてくれる、輝かしい光の歌。真っ黒な呪いの歌を打ち消してくれる、救済の歌。拮抗する黒と白のせめぎ合いは、瞬く間に白で塗りつぶされていく。
ああ、おれはこのために――そう、清水のごとく溢れ出てくるこの熱い感情がナラクにとって、今は抑えることすら恥ずかしく思ってしまったのだ。
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