第6話
ペルラが魔王たちを連れてステージ裏に戻ったあとも、荒れ果てた店内の片づけなど諸々で、ステージが再開されるまでに少し時間を要した。
「すまん。いつも色々と世話になってんのに、あんたの店で面倒を起こしちまったな、ペルラ」
司会者エルフ本人から噛み傷の手当を受けながら、出し抜けにそう口にする魔王。先ほどまで見せてきた威圧感すらただの演技だったかのように、今は砕けた口調でなりゆきに身を任せている。
「んーん、アタシゃちっとも気にしてないよ。アンタの戦争が終わってもう三年だろ? 冒険者の数がめっきり減っちまった今の店にゃ、アンタらみたいな花が必要なんでね――ああ、〝花〟って言ったのは〝注目を集めるもの〟って意味さ。人間族はね、そういう花ばっか好む生きものなんさね」
さも他人事のようにうそぶくこのペルラは、彼女が口にした〝人間族〟とは異なる特徴をいくつか持っていることがわかる。魔王よりもさらに大柄で筋肉質な体格しかり。浅黒い肌に、長く獅子のたてがみめいた赤髪しかり。エルフとも異なるとんがり耳もしかり。緑玉色の瞳は猫の瞳孔で、肉食獣の牙が収まりきらず口角からはみ出ていた。
「ふうん。まあ、人界ってやつは、きっとそういうもんなんだろうな……三年も暮らしてくりゃ、さすがのおれさまにもだんだんわかってきたわ」
「アタシは巨人族と獣人族の混血、言わば世間のはみ出しものさ。人間族ほどはナラクのこと恨んじゃいないよ。だからナラク――アンタにゃ、ちったあ感情移入しちまう面もある」
こんな風貌をしたペルラに言われては、あまりの説得力にただ首肯するしかなかった。
「にしても、かつての魔王だったこのおれが闘技場戦争に参戦するなんて――それも、争いとはもっとも縁遠いアイドリア・クラウンのプロデューサー役をやらされるはめになっちまった。こいつがどれくらいふざけた選択なのか、さっきの一悶着を知ればあのバカ領主も考えをあらためるんじゃないか?」
後ろ向きなことを口にしたが、魔王の願いはそもそも別にあることが、くだんの領主を見下してみせたことからもうかがえた。
「なんだい、ナラクともあろうオトコが珍しく弱気じゃん。闘技場戦争ってのは、人界も魔界も〝いっしょくた〟のルールじゃん? 神さまだか暗黒神さまだか知んないけどさ、そいつが決めた〈
そこでペルラは、かたわらで立ち尽くしていた少女に目配せする。ミューゼタニアだ。血の汚れは綺麗に拭き取っていたが、受けた心の傷は顔つきが克明に語っていた。
「――きっかけが何だろうと、アンタはその娘の保護者として、本気でアイドリア・クラウンの天下を取っちまおうってんだろ?」
カーテンの向こう側からは、まだアイドルたちの歌声が届いていた。あのステージに最後まで立ちたかったことは、泣きはらした目を見ずともわかりきったことだ。
「ああ、そのとおりだ。すまん、ミュゼ。ひょっとして、あのエルミットにも勝ててたかも知んねえのに、お前の大切な初ステージを台なしにしちまった」
「……いーえ、まおーさまは悪くない、です」
「プロデューサーとして、おれが次のステージを約束する。絶対にだ。だから許してくれないか、そんな悲しそうな顔してないでさ」
「違う、のです。悪いのは、しっぱいしたミュゼ、です。どうしよう……こんな騒ぎがおこったことバレたら、あの領主さまなら……」
「心配すんな。ゲスな領主がどう困ろうとお前の知ったことじゃねえよ」
そう宣言すると同時に、魔王ナラクデウス――いや、ナラクは、ミューゼタニアの元に歩み寄ると、彼女の首根にはめられていた銀の首枷に触れる。
「ミュゼ。お前を牢獄から助けてやる。絶対に助け出してやる。このナラクデウスの存在を賭けて、な。そのためのアイドリア・クラウンでもある。どれだけ力を失おうが、おれさまはお前との約束を果たしてみせる」
人の基準で見れば、きっと粗雑で不器用なだけの男だったろう。だが、その黄金の瞳に宿る意志はその色に等しき硬度を秘め、粗雑そうな印象とは真逆の策士で、そして何ものよりも熱き炎が内にひっそりとたぎっていることをミューゼタニア自身が一番知っていた。
「まおー……さま…………」
まだ若い吸血鬼の娘は涙をこらえ、艶やかなアイドル衣装をふわりと揺らせると、己が王の前にひざまずく。
だが、王はそれを許さない。差し向けた手の指先が、頭を垂れたミューゼタニアの顎をそっと上げさせる。
「お前はな、この世界の――アイドリア・クラウンっていう舞台の冒険者なんだ。冒険者には仕える王さまなんていないだろ? 冒険者は自由に旅をして、色々経験して強くなるもんだ」
かつての魔王は、驚くほど柔らかい表情をして娘を迎え入れる。そうされては、残虐な吸血鬼の身であっても心を丸裸にするしかない。大切な血を分け与えてくれる世界で唯一の男でもある。
「はいっ。ミュゼわ、アイドルになることがちいさいころからの夢、憧れ、そして到達点なのでした。ですから、まおーさまのために、ミュゼの肉の一片、血の一滴残らずアイドリア・クラウンに捧げます」
胸の高鳴りから来る紅潮を抑えようともせず、恍惚とした表情で王を見つめる魔界の少女。
ステージ裏――とは到底呼びがたい、酒場の薄暗い貯蔵庫での光景である。
二人だけのムードにとっぷり浸るかつての魔界の眷属たちに、ペルラも司会者エルフも困惑顔のままそっと立ち去るほかなかった。
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