第6-2話 王国裁判
裁きの間では、すでに数百人以上の聴衆が集まっていた。
ダガンブルグにおいて、重要な決定は必ずこの裁きの間で行われることになっていた。そして包み隠さず裁きが行われるよう、いかなる者も入れるようにな仕組みになっていた。
その十分に広い四角い間の中で、最も広く見渡せる高い場所に王が座り、その横にメラルゴ参謀が立っていた。その中央、四方を見つめられる形でゾルググが立つ。手を後ろでつながれ、数人の兵士に周りを固めていた。
少し離れた場所でウモユカクもその様子を固唾を飲んで見つめていた。
その場に満ちていた聴衆のざわめき。それを最初に打ち破ったのはメラルゴの道化のような声だった。
「皆の者、静粛ニ。これからゾルググ兵隊長の人狼疑惑について裁きをかけるノダ」
一瞬、辺りが真っ暗になった。前も後ろも分からない暗闇の中、突如稲光が走る。直後ゴロゴロ、とその激しい振動が伝わるくらいの轟音が響いた。それからゆっくりと再び元の明るさを取り戻す。
「ゾルググ殿、そなたに人狼の疑いがかけられておるゾヨ。それについて王の目前で包み隠すことなく申すがイイ。もしこの『裁きの間』で嘘や隠し事があればいかなる理由があろうとも死罪に値するゾ。誓えるか?」
「誓います。王、人狼の疑いなど事実無根であります。わたくしは今まで一度たりともダガンブルグの繁栄に背くようなことはありませんでしたし、それはこれからも変わりません」
聴衆の静かなざわめきを見下ろしながら、メラルゴがかすかに頷いた。灰色のローブがかすかに揺れた。
「では聞く。何故ウモユカクの枷を解いたノダ? そして本来ドルマーニに渡すはずであったものを誰に相談もなく作戦を変更したノダ? このいざこざで多数の死者が出たのはそなたも承知であろうゾ、この事実こそそなたが人狼であることの何よりの証拠ではないノカ?」
聴衆がどよめいた。家族を殺された一人だろうか、涙を流しながら何かを叫んでいる者もいた。
そんな怒号が飛び交う中、王が口を開いた。
「ゾルググ、言うてみい。どうなんじゃ?」
ゾルググはしばらく口をつぐんでいたか、意を決した表情を浮かべた。
「王、本来ならもう少し時間をいただいてからお伝えするつもりでしたが、こうなっては仕方ありません。ここでこの話をしなければ私は処刑でしょう、全て告白いたします」
ゾルググの表情が冷たくなった。そして鋭く、まるで何かを殺めるかのような眼光で一点を見つめた。
「どうしてもウモユカク様をドルマーニに渡すわけにはいきませんでした、それは何故か。何故ならウモユカク様は……」
まるで大海原の満ち潮が一気に引いていくように、あたりに静寂が訪れた。
「このお方は、ダガンブルグの伝説、そして我々がずっと探し求めていた『神託の救世主』だからです」
裁きの間に、ゾルググの声が響き渡った。それはまるで、何か大きな鐘でも鳴り響いたかのように、しばらくの間、余韻を持ってその場にいた人々の心に伝わった。そして先ほどをはるかに上回る聴衆のざわめきで、裁きの間は一気に満たされた。
王が立ち上がり、身を乗り出した。
「ゾルググよ、それは誠か?」
眉をひそめたメラルゴが、甲高い声で水をさす。
「王、騙されてはいけませんゾヨ。確かにこの国には神託の救世主の言い伝えはあります。我々を最後の安寧の地へと導いてくれると言われてきましたし、その者を探し続けよとの教えもありますゾヨ。しかし学者の中にはその伝説に懐疑的な者もいるのも事実ですゾ。ゾルググ殿、もしこの方が神託の救世主であれば我々ダガンブルグにとって、これ以上の福音は無かろうゾ。もしそうであれば、今ここで証拠を見せるノダ」
ゾルググの表情は朗らかだった。
「ええ、あります」
そうはっきり言ってから、ウモユカクを見た。
「ウモユカク様、私は気づきました、あなたの名前の本当の意味を。だからあなたの口からおっしゃってください、あなたの名前の意味、碧色の翼が何なのか、そしてあなたがおっしゃった第三の方法とは何か。あなたはそれを知っているはず、それが証拠になります」
王は顔を赤らめ、興奮気味に頬を震わせた。
「おお、そうだ。神託の救世主であれば、いかなるときもそれを言えないはずはない。伝説ではそうなっていたはずじゃ」
ゾルググが大きく頷いた。そしてウモユカクを強い眼差しで見つめる。その場にいた全ての人物がウモユカクの口元を見つめた。その奇跡の瞬間を瞳に収めようと、祈るような眼差しで。
しかしウモユカクは口を閉ざしていた。
強い瞳でゾルググを見つめ返すが、その口から言葉が漏れることはなかった。
「ウモユカク様……なぜ仰らないのです? まさかあの『第三の方法』の話は嘘であったわけではあるまい」
「ゾルググ隊長、嘘ではありません……ただ」
ウモユカクは黙っていた。
自分の名前の意味、碧色の翼が何なのか、そして神託の救世主。どれをとっても説明できることは一欠片も思い浮かばなかった。
その表情を見て、徐々に聴衆に諦めの表情が見え始めた。
あまりにも大きすぎた期待が裏切られたこともあるだろう、ため息、落胆、その他立ち上がっていた聴衆は次々に座り込んだ。
その様子を確認してからメラルゴがため息をついた。
「王、危なく騙されるところでしたナ。彼の言っていることは死に際に作ったくだらん戯言ですヨ、そしてこのウモユカクが神託の救世主という話も作り話でしょう」
ゾルググの肩の力が抜ける。
「そんな……何故?」
王が持っていた杖を、パキン、と折った。
「人狼め、せっかくここまで手塩にかけて可愛がってやったのに。飼い犬に手を噛まれるとはこのことだ。今すぐここで殺せ」
ただちに側にいた兵士がゾルググの首元に槍をかけた。
「ウモユカク様、私は信じています。あなたが『神託の救世主』であると。だからどうか碧色の翼へ辿り着いてください、そしてあなたの描くその未来に、どうかこのダガンブルグも加えていただきたい……」
言い終える前に、王の、やれ、という声が響いた。
次の瞬間、ゾルググの首が一瞬にしてはねられた。
辺りは一気に苛虐、残忍な空気で包まれた。
あっけなく一つの命が消えた。今の今までそこで喋っていたのが嘘のように、そこにゾルググの亡骸が現れた。
へなへなと座り込むウモユカク。
(なんで……私のせいだ、私のせいで……)
聴衆の中にはなんと言っているのか分からない歓喜の声を挙げる者もいた。しかしそんなざわめきもウモユカクの耳には全く届いていない。自分のせいで彼を殺させてしまった、自分が何か言うことができれば彼を救えたかもしれないのに。そのあまりにも重すぎる事実を受け止めるには、まだ多くの時間が必要だった。
「失礼しますわ」
突如透き通る声が裁きの間に染み渡った。
皆が一斉に声のする入り口方面を見つめた。その声の主に気づき、まず王が口を開いた。
「おお、これはこれはウラナリス様。おっしゃればこちらから伺いましたのに」
そこには人のおよそ二倍ほどの高さにある首から、白いゆらゆらとしたものが床までなびく。惑星ウローナの最高位であるウラナリスが位置していた。
「いえいえ、それには及びませぬわ。それよりお願いがありますの」
「ええ、何とでもおっしゃってください。我々はあなたたちに助けられました。ウローナ船団の助けなしには我々は壊滅しているところでしたから」
ウラナリスは目を細め、にっこりと微笑んだ。
「一つだけで構いませぬわ。それはこの
そう言って、ウモユカクを指差した。
「この
「どうぞ、どうぞ。ここいたって災厄の種になりかねませんから、差し上げましょう」
それを聞くとウラナリスは一瞬だけ、凍りついたような目をしてから、再びにこりと微笑んだ。
「そう、では頂くとしましょう」
「ウラナリス様、かしこまりましたデアリマス。このメラルゴめが責任を持ってウローナ船団までお連れいたしますノデ」
それを聞いてから、ウラナリスは微笑みを浮かべたまま、すぅっと裁きの間から姿を消した。
床にだらりとうずくまっていたウモユカクは、兵士二人に肩を抱かれ、やっとのことで立ちあがった。そしてそのまま裁きの間を後にした。
長い、長い通路を兵士の助けを得ながら力なく歩く。ウモユカクはまだ先ほどの残虐な映像が頭から離れなかった。
あの時、逃げ出すためとはいえ、何故あんな見栄を張った嘘をついてしまったのだろうか。第三の方法があるなどと言わなければこんなことにはならなかったかもしれないのに。
ただゾルググはこうも言っていた。ウモユカクの名前の意味が分かった、と。一体彼は何に気づいたというのだろうか、そして碧色の翼とは一体……?
兵士に連れられながら、くねくねと通路を曲がり、やがて人気のないスペースまでやってきた。
「この先にウローナ船団との連結部があるの?」
ウモユカクの腕を掴んだ兵士は何も言わなかった。ただ静かに、そして力強くウモユカクを掴み、とある目的地へと足を進めていた。まるで何かから隠れるように。
そして、とある部屋の前で兵士達は立ち止まった。兵士の一人がドアの横のスイッチを押すと、扉が開いた。そのまま中へウモユカクを押し込むと、乱暴に蹴り飛ばした。後ろ手を枷でつながれているため、そのまま体ごと床に叩きつけられる形となった。
「ちょっと、これはどういう……」
そこまで言おうとしてやめた。
ここに来るまでは気づかなかったが、兵士の目が皆あやしく光り、その表情はまるで何かに取り憑かれたように色がなかった。
そして背後から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「ようこそいらっしゃいましたゾヨ」
その言葉が耳から脳に到達するやいなや、ウモユカクは、はっと後ろを見た。そこには灰色のローブを纏い、伸びた鼻とふさふさのひげが妖しく笑っていた。メラルゴがそこに座っていた。
「これはどういうことでしょう?」
「お告げが来たのです、ウローナ船団に渡すくらいなら、お前を殺せと」
「お告げ? それはどこから……」
クックックッ、と喉の奥からこみ上げるような高い音が聞こえた。
「冥土のみやげに教えてあげましょう。お告げの元、それはドルマ皇帝です、惑星ドルマーニの皇帝ですよ」
メラルゴのローブが紫のオーラで包まれた。
「……まさか、もしやあなたが人狼? 他国に通ずるスパイとはあなたのことだったのね」
ヒッヒッヒッ、とひきつった笑い声が狭く四角い部屋に響き渡った。
「人狼を見つけるのは簡単なことヨ。探知石を私に向ければ良かったのにネェ。ただあの王のマヌケぶりには反吐が出ますワ、一番近くにいたのに全く気づかないとはネエ!」
逃げ出すために立ち上がろうとするウモユカクの肩を、細くとがった手がぐっと押さえる。血の気のない、シワだらけからの手からは想像もつかないほどの力が加わり、まったく立ち上がることができない。
「逃げようったって無理デスヨ。王達には反抗され、危なかったので殺してしまいましタァ、と言うだけデス。これでもうおしまいだ、死んでクダサイ!」
メラルゴが横にあった大きな槍を手に取ると、それを大きく振りかぶった。
そしてそのままウモユカクの心臓めがけて一気に貫いた。
(主人公がどう展開するかは今までの中でとある方のコメント内容を頂こうと思っております。
それ以外についてですが、そろそろ収束していきたいと思うのですが、どんな展開を希望しますか? ドルマーニとの対決はあった方がいいですか? 星をそのまま奪い取るという案もありましたが、全面対決でぶっ潰したいですか? リバイアサンを逆手にとる、という方法も考えても面白いかもしれません。
また、ウローナ船団の位置付けはどのようなものを想像しますか?
そしてロレアナ姫が「碧色の翼」に近い最後の重要な鍵を握ることになりそうですが、どんな展開を想像しますか? 自由にコメントをどうぞ!)
=編集後記・ぼやき=
ウローナ船団はみんな子どもっていうのは面白いですね(中2で止まるということも)。そういう発想は全く無かったのですが、そういったイメージをもらうことで、すごくいい刺激になりました。
あとは、本当はせめて2、3日に一回更新、しかもせめて1話2000字くらいにしたいのです。でも現状はこんなことになってしまい……これでは「この話どんなんだっけ?」ってなりそうです(>_<)。トップページのあらすじはこまめに更新するようにします!
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