第6-1話 大海嘯とウローナ船団

「リバイアサンによる大海嘯だいかいしょう、我々はそう呼んでいます」


 ゾルググはすでに小さくなった青い球を眺めながら呟いた。


「魔界から呼び出された竜の魔物であるリバイアサンは、逃げ遅れた妖術師たちを飲み込んで、さらに大きな竜となります」


 ゾルググが横にあった本棚から一冊の本を取り出した。そして、ページ数を確認してから、さっと開く。するとその上に立体の画像が飛び出した。

 そこに現れたのは一匹の竜。しかしその竜はいわゆる長い首、鋭い眼光、ツノとヒゲという竜ではなく、どろどろとした物体がただただ大きな塊となっているだけで、それが本当に生き物なのか、それとも泥の塊なのか、はたまた怨念の集まりなのかまったく区別がつかない形状をしていた。


「この化け物はそのまま星全体を飲み込んで、全てを無に返した後、数日かけて再び元の星に戻るのです。逃げ遅れると私たちも簡単にその存在を消されてしまいます」


 ウモユカクはゾルググ達がなぜあそこまで急いでいるのかようやく分かった。何も知らずに立ち止まっていたら、自分もあの怪物に飲み込まれていたのかと思うと、想像するだけで鳥肌が立つ思いだった。この目の前にいる隊長とウローナ船団がいかに戦慣れしているかを改めて思い知らされたのである。


 ふと船内を見渡してみると、先ほどから白い服を着た少年、少女が目についた。歳はみな十五歳前後だろうか、少しあどけなさが残るものの、背筋はしゃんと伸びていて、おそらく自分の事はある程度自分で出来るだろう、そんな風に思わせる年頃だった。


「ゾルググ隊長、あの子らは?」

「惑星ウローナの住人です。今この宇宙船ベースシップはウローナ船団の母船と連結しているので、行き来が自由なのです。ダガンブルグは鉱石の加工に優れた職人が多数います。惑星ウローナから持ち込まれた鉱石を元に、工芸品や武器、機械に使われる部品など、ウローナで良い値で取引される品が出来上がるのです。お互いこの機会に商売に必死になっているのです」


 それにしてもなぜ子どもたちばかりなのだろう、大人は一人も見当たらない。一体どこにいるのだろうか。そんな疑問を抱えたウモユカクの前に、一人の少年が立っていた。全身白い服に身を包んでいる。ウモユカクが腰をかがめて、目線を合わせた。


「こんにちは。こんなところでどうしたの?」


 少年は黒髪のおかっぱ頭につぶらな瞳で、表情も変えずただじっとウモユカクを見つめ返した。


「これはこれは、ヘンスーサ将軍。お久しぶりです」


 ゾルググが咄嗟に少年の前に出て握手を求めた。それを力強く握り返す少年。


「この小さい子が、将軍?」


 ゾルググはうなずいた。その際、頭に被った重そうな兜のような飾りがカチャ、っと音を立てた。


「ウモユカク様、驚くのも無理はありません。ウローナ星の住人は成長がゆっくりなのです。見た目は幼いかもしれませんが、左腕に黒い線が引いてありますでしょう。これは十年経つと一つ増えることになっております。このお方は帯が三つありますから、三十年以上は生きていらっしゃるということになります」

「——そうでしたか、ご無礼をお許しください」


 頭を下げるウモユカクに、ヘンスーサ将軍は、いえいえというふうに首を横に振った。


「それよりゾルググ殿。まもなくウラナリス様がこちらにいらっしゃる、何やら音の確認をしたいと」

 

 ゾルググの表情が固まった。


「——ほう、わざわざウローナ船団のトップがいらっしゃるということは、何やらただ事では済まされない音のようですな」


 ウモユカクはゾルググとヘンスーサの両者の顔を見つめてから、疑問の表情を浮かべた。


「ゾルググ隊長、音の確認と言いますと?」

「ええ、ウラナリス様はウローナ星を束ねる存在で、最も位の高いお方です。ウローナ星の長となられる方は代々未来が予知できる能力を持つと言われています。何か気になることがあると『音が聞こえる』とおっしゃるのです。一般人の私たちには何のことかさっぱりですが」


 ゾルググが、はっとして、ひざまづいた。


「ウラナリス様!」


 気づくと自分以外の全ての人が、ひざまずき、額を床につけていた。

 ウモユカクだけが、どうしていいのか分からず、辺りをはばかってからもう一度、その存在に目をやった。


「——あなたは!?」


 そこに現れたのは、自分たちの倍はあるだろう高さから見下ろされる表情と、そこから白くゆらゆらと、まるでクラゲの触手が太くなったようなひらひらが床まで続いていた。そしてその表情にウモユカクは見覚えがあった。


「あなたは……ロレアナ姫? 夢で私に話しかけたのはあなたですね?」


 そこにあったのは、くすみ一つない白い肌に高く整えられた鼻筋。ふわりと揺れるブロンズの髪が肩までかかり、黒く光る瞳はとても大きく、見る者全てを癒すだろう。夢の中で見たその表情が今まさにそこにあった。

 ウラナリスは微笑みを溢しながら口角をあげた。


「あなたには私がその姫にのですね」


 ウモユカクはその意味が分からず、ゾルググ、ヘンスーサと目をやるが、皆特に違和感を持つものはいない。ウラナリスはそんな戸惑うウモユカクに、目線を合わせるため高度を下げ、同じ高さまで降りてきた。


「ウモユカクと言いましたね、驚かせてしまって申しわけありません。私の顔はその人が今一番会うべき人の顔に見えるのです。つまり見る人によって私の顔は変わるのです。あなたにその姫が見えているということは、どうやらあなたはその姫を探す必要があるということです」


 それだけ言い終えると、ウラナリスの表情が一瞬にして凍りついた。


「そろそろ行かなくては。音の確認はできました、まもなく大きな音がします。そして聞きたくない音のようです。それから可愛いお嬢さん」


 そう言うと、ゆっくりとその口元をウモユカクの耳元へ近づけた。


「ご安心ください、運命全ては計画通りに進んでおりますわ。今までもこれからも——」


 他の誰にも聞こえないくらい小さな声でそう言い残すと、滑らかに、そして音も立てずにウラナリスは去っていった。


 しばらくすると、宇宙船ベースシップはまた元の賑わいを取り戻した。鉱石を打つトントン、という甲高い音、激しく値切り合う商人の叫び声、時折混じる蒸気の音。

 そんな中、ウモユカクだけがまるで時が止まったようにそこに取り残された。

そして先ほどかけられたその言葉、『運命全ては計画通り』の意味をじっくりと考える暇もなく、運命は過酷な現実を突きつけるのだった。


 突然灰色のローブの男を先頭に、数人の兵士がつかつかとやってきた。それはあたりを散策するような余裕はなく、足早に、一秒でも惜しむような足取りであった。そしてゾルググの前に立ちはだかる。


「ゾルググよ、王の命令ナノだ。直ちに裁きの間へ来るがヨイ」

「メラルゴ殿。何かあったか、人狼でも捕まったか?」

「あぁ、その通りナノだ。もう逃がさんぞヨ」


 横から兵士がゾルググの手を後ろで縛った。


「これは一体……」

「言い訳は後ほどたっぷり聞こうゾヨ、この人狼メが」


 鍛え抜かれたゾルググの腕を縛るには、持ってきた枷では足りず、兵士たちが苦戦していた。ゾルググは抵抗することもなく、ただじっとメラルゴのそのピノキオのように伸びた鼻の上を刺すように睨んだ。


「メラルゴ殿。ここまでするとはよほどの確信がおありのようだ。でなければどうなることかわかっておられるだろな?」


メラルゴの口元がぴくりと動き、ふさふさのひげがわずかに揺れていた。

(後編へ続く・質問コメントは後編の最後にあります!)


=編集後記・ぼやき=

 β版として始めた企画ですが、予想外に大きくなってしまった感があります。クリエーターとしては書きたい気持ちが膨れ上がるのはこんなに嬉しいことはありません……が、GW中はまだ良かったのが、もうとっくにGWは終わり、なかなか時間も取れず更新が遅くなってしまっては元も子もないような気もします。

 今後は収束に向けて全力で絞っていきたいと思います! 今回も一話で終わらずもうしわけありません! 

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