第21話 賽は投げられた

 あまりにも突然すぎる報道によって駅前がざわついていた時、パトカーのサイレンが遠くから聞こえた。間もなく現れた警察、そしてレギオンの車両によって道路が塞がれ、警官達によって民間人はその場からの避難を余儀なくされる。この時、スカーグレイブの各地に存在する国道や入り口にも同じようにして兵士や警官達が配備されていた。


 最後に到着した装甲車両からCVATの隊員達が武装した状態で登場した。銃を構えてアイザックを牽制する警官達の背後から現れたのは、強化外骨格を身に纏ったキースとヘンリー、そしてイナバである。そのほかの者達は周辺や街の警備に辺り、本部のオフィスにもナーシャとエマが待機してモニターで街の様子を解析している。まるで総力戦であった。


「アイザック・ウィンストン。報道の通りだ!こちらは既に証拠も押さえてあるぞ」


 キースはそうやって叫びながら、いつでも攻撃が出来る様にだけ準備をしつつ部下達と共に近寄って行く。ここしばらくの間、レギオンは警察と連携して市議会やニュースメディアへ極秘に捜査のメスを入れていた。幸いなことにアイザックによる指示の一部始終を映像で捉えられていた事もあってか、取り調べや情報の収集は想定よりも苦労せずに済んだのである。資本主義による出世欲が野心を駆り立てたのか、彼の失脚を狙うスペンテック社の関係者も喜んで情報提供に協力した。


「この周辺も我々が包囲している。抵抗はせずに大人しく同行していただきたい」


 ヘンリーもアイザックに対して穏やかに言った。当然アイザックは大人しく従うつもりなどなかった。


「嫌だと言ったら?」

「力ずくだ」


 アイザックが尋ねるとキースはすぐに返答して機銃を構える。その時、レギオン本部にいる仲間達から連絡が入る。エマからだった。


「隊長!各地でアマルガムの反応と目撃が報告されています!」

「クラスAも数体確認されている!現場の戦力じゃ抑えられそうにない!」


 エマに続いてナーシャも状況を伝えた。キース達が通信に気を取られた直後、アイザックは右腕を巨大な腕に変形させて一気に殴り飛ばすと、一目散にステージを飛び越えて逃げ出した。


「アレス、すぐにそいつを追え!最悪の場合は殺害も許可する!」


 吹き飛ばされたキースが何とか立ち上がりながら指示を出すと、イナバは応答をしてすぐに追跡を開始する。その後、他の者達は手分けをしてアマルガム達が出現している地域へ急行する事となった。


 アイザックとイナバは街の建物の間を飛び交い、自動車を踏み越えながら壮烈な駆け引きを繰り広げていた。アイザックは、このまま違う地域か人目に付かない場所まで逃げた上で自分を追跡している者達を片っ端から始末しようかとも考えていたのだが、オルガから入った連絡によって街全体が実質封鎖された状態にある事を知った後は、無事に逃走できる可能性はほぼ無いと判断した。どこかで持ちこたえてくれれば応援を寄越すと連絡を受けたアイザックは、個人商店が立ち並ぶ寂れた通りへ差し掛かると、足を止めてイナバが向かってくる方向へと向き直る。


「大人しくする気になった?」


 到着したイナバは、見覚えのある商店を少しだけ懐かしみながらアイザックへ投降の意思があるかを尋ねる。


「…自分の力がどれほど強大なものであるか、分からないわけでは無いだろう?首輪を繋がれたまま、他人に頭を下げ続けて一生を終える気か?」

「何が言いたいんだよ?」


 いきなりそのような事を言い始めたアイザックに対して、イナバは怪しみながら言った。


「残る道は二つに一つだ。これから死ぬか…私の下に来るかだ」

「もう一つあるぜ。お前が負けるっていう選択肢がな」


 死を宣告してきた上に、下僕になれとでも言うように見下した事をのたまうアイザックに対して、イナバは素っ気なく誘いを断る。そして両腕をフィスト形態に変えて戦う気がある事をアピールした。アイザックもそれに応えるように、両腕を鋭い爪に変形させるとウォーミングアップ代わりに軽く跳ねる。そして静かに臨戦態勢に入ると、互いが相手の挙動に気を配りながら隙を窺っていた。


 最初に動いたのはイナバだった。フッと息を少しだけ吐きながら駆け出すと、アイザックも待っていたと言わんばかりに駆け出す。拳を振りかぶって殴ろうとした瞬間にアイザックはそれを鋭い爪が生えている手で受け止め、もう片方を使ってイナバの脇腹へ貫手を放つ。イナバは彼の腕を掴んで脇腹に届くギリギリでそれを止めると、お互いに力を緩めることなく押し合いが始まった。


 直後にイナバがアイザックに向けて頭突きをかます。怯んだアイザックから手を振りほどいて僅かに距離を取ろうとしたイナバだったが、アイザックはそれを見越していたのか彼へ蹴りを放つ。すぐに腕で防いだものの吹き飛ばされたイナバは、着地を決めつつアイザックの方を見た。


「つくづく惜しい。今日からでも部下にしたいくらいだよ」


 本心かどうかは分からなかったが、アイザックはそう言うと再び構えて挑発するように指を動かして「掛かって来い」とイナバを誘った。

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