第20話 終わりの始まり
しばらく経ったある日、アイザックは自身がスポンサーをしている飲料企業のイベントに参列するため、自宅からスカーグレイブの駅前へと向かっていた。
「オルガ、キティ。そちらの様子は?」
「問題なーし」
「ええ、こちらも大丈夫よ」
「そうか…何かあった時は頼む」
こういった仲間達との定期的な連絡を行うようになったのはつい最近であった。リチャードが自分のもとを去り、彼を追跡していたジェームズの消息さえも絶たれた以上、警戒をせずにはいられなかった。幸い残っている連中は自分に忠実であり、好意的な者達ばかりである。裏切る心配も無かった。
「お忙しいみたいですね。流石はSNSをはじめとしたメディア界の重鎮といった所でしょうか」
運転手がアイザックに対してそんな事を言った。
「あ、ああ」
「もうすぐ到着しますから、暫し寛いでいてください」
運転手に気まずそうにするアイザックだったが、彼はのんびりするようにアイザックに告げると、上機嫌でハンドルを切っていた。
「…なんだか、いやに気分が良さそうだな」
気を紛らわせたかったアイザックは、なるべく人当たりの良い風を装って運転手に尋ねた。
「そりゃあ!あのアイザック・ウィンストンに運転を任されたとなったら、気分が昂らない人なんていないでしょう!ああ、ご心配なく。顧客の情報を漏らすなんて真似はしませんよ」
話をしている内に駅前に到着した後は、警備員たちに誘導されて付近の地下駐車場へと案内される。車を降りると、イベントの主催者と思われる小柄な男性がこちらへ向かってきた。
「いや~ミスター・ウィンストン!よくぞいらしてくれた」
「この後の予定は?」
ご機嫌取りのつもりだろうか、馴れ馴れしい態度とわざとらしい笑顔が特徴的な男であった。アイザックは悟られないようにしつつ、今後のスケジュールを歩きながら聞いた。
「あなたの出番はこの後からです。我が社の新商品の応援大使という役割で登場していただきます。商品の名前は『デビルティア、”ヘルズ・スパークル”』!!強烈な炭酸、そして果汁の甘さや酸味を組み合わせた期待の新製品!ところで我が社の商品をお試しになられた事は?」
「ジュースは飲まない主義なんだが、デビルティアについては時々買っている」
「ほほう…!ではこうしましょう。あなたは敢えてジュースが苦手だという体で話を進める。だがデビルティアだけは気に入っていると語っていただいた辺りで、新作デビルティアを渡しますので、飲んだ後に好意的な感想でアピールをしてもらいたい。一気に飲んでしまうも良し、最悪ちょっと口を付けていただくだけでも結構。大事なのはあなたに美味いと太鼓判を押して貰えた絵面です。鶴の一声というやつを是非とも」
「良いだろう」
段取りの打ち合わせを済ませてステージの裏へ回ったアイザックは、改めてスーツのネクタイを締め直し、服に付いていた細かい埃をはたいて身なりを整えた。
「さあ、皆さん!ゲストであるアイザック・ウィンストンさん、そしてガリーナ・オ―ネストさんの登場です!拍手をお願いします!」
司会の合図と共に、アイザックはもう一人いたゲストと共に壇上へと姿を出した。どこかで見覚えがある女性であったが、彼にとってはどうでも良かった。あちこちからカメラのシャッター音が聞こえ、フラッシュが瞬いた。
「それではこちらに…本日はよろしくお願いします!早速ですが、お二人はデビルティアはご存じで?」
「私、大ファンなんですよ!いっつも新作が出たら必ず箱買いしてます!」
わざわざ手を叩いてあざといリアクションや話し方をする彼女を見て、アイザックは気色の悪い奴だと心の中で侮蔑した。碌に味を確認せず箱買いなど、余程のノータリンでも無い限りまずやらない。どうせファンに媚を売るための方便だろうと小馬鹿にしていた。
「アイザックさんはどうですか~?」
気が付いたら、ガリーナがこちらを見ながら話を振って来た。つくづく喋り方が癇に障る女である。確か自分が工作したハッシュタグに便乗してPMC批判をしていた女だったと、この時になってようやくアイザックは気づいた。先程の箱買いの下りもそうだったが承認欲求さえ満たせれば、言動の内容なんざどうでも良いのだろう。アイザックはそういった本音を隠して笑顔で彼女に反応する。
「ハハハ…いやあ、実は普段ジュースを飲まない主義でしてね。自分で飲料メーカーのスポンサーになっておきながら何を言ってるんだと思うかもしれませんが」
「ええっ?そうだったんですか!?」
アイザックが笑いながら告げると、司会をしていた男性は素っ頓狂なリアクションで彼に返した。会場からも驚いたような声が少しばかり上がった。
「元々、甘いものが得意では無いんですよ。しかし是非とも飲んでいただきたいという事で試しに飲んでみたのですが…これがかなりの美味しさだったのがキッカケでして。以来、仕事の合間に飲みたくてデビルティアだけは買っています。今回、イベントをやるという話が来たので『それなら是非とも出させてくれ!』と頼み込んだわけです」
世辞も並べつつ、商品についてアイザックは語っていた。今の自分はガリーナとやっている事が同じではないかと一瞬考えたが、こいつと違って自分はスポンサーという立場であり、周りから注目されたいがためにやっているわけでは無いのだから問題ないと強引に割り切った。
そうして暫くの間は試飲をして適当な感想をしたり、フリートークなどで時間を過ごしていたアイザックだったが、ふと観客側の方から妙なざわめきが聞こえる。端末などから何かを見ている様子だった。その時、付近の大型モニターなどからも臨時ニュースを報せるアナウンスが入る。
『ニュース速報です。民間軍事会社であるレギオンとスカーグレイブ市警は賄賂による市議会との癒着や、数週間前に交戦した”処刑人”と称されているアマルガムへ犯行の教唆を行った疑惑があるとして、スペンテック社の代表取締役であるアイザック・ウィンストンの逮捕に踏み切る事を発表しました』
アイザックは自分の目を疑った。
『既に指示をするウィンストン氏の映像がインターネットに出回っている事もあるだけでなく、一部の市議会議員やスペンテック社の役員から、民間軍事会社が社会的に不利な立場になるようSNSを始めとしたメディアを使い情報の操作をしていたという証言が先程公表され———』
ソーシャルメディアや街の各地で報道が続き、市民からどよめきが上がり続ける最中、キティは建設中のビルのクレーンの先端から双眼鏡で街の様子を見ていた。
「おっと…盛り上がってきたねえ」
彼女が双眼鏡で見つめる先には駅前へ向かって行くパトカーと、その後ろで隊列を組んで追いかけるレギオンの装甲車の姿があった。
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