第19話 深淵は暴かれた

「恐らくではあるが、そのアマルガムはもうこの街にはいないだろう」


 サミュエルは諦めているかのように言った。


「問題はなぜそいつが大量のアマルガムを殺害するに至ったか…だな。レイ達が会った人物と同一であると仮定して、仲間割れか…或いは危険視されていたという所だな」

「どちらにせよ殺された連中や”処刑人”を含めて、そいつらを指揮している奴がいるってのはマジみたいだな…」


 キースはサミュエルの証言から逃走したアマルガムの動機を探り当てようと、上を仰ぎながら推理を披露する。マルコムは彼の考えを前提に黒幕と言える者の存在を嗅ぎつけていたが、タイミング良くモニターからキッドの声が聞こえて来た。


『USBに入っていたデータの解析が終わりました!ウィルスの様なものは確認されませんでしたし、いくつか動画ファイルや写真があります。そちらへ転送しましょうか?』

「ああ、頼む」


 キッドがUSBの中に残っていたデータの処遇についてキースに尋ねると、彼はそれをこちらへ寄越すように頼んだ。間もなく、軽快な着信音と共にかなり大きめの容量を持つファイルがコンピュータに届いた。


「エマ、順番に開いて行ってくれ」

「了解。宝箱をご開帳っと」


 スクリーンに画面を映しながらファイルを開いていくと、まず最初に”処刑人”と思われる大男が何者かと話をしている最中を撮ったと思われる写真や、政治家やニュースメディアを取り扱っている企業の代表達が会合をしている様子があった。どの写真にも、最初に見つけた”処刑人”の写真にいた人物が写っている。


「同じ人物が必ず写っているわね…どうにか拡大できない?」

「やってみる」


 いつの間にかオフィスにいたアビゲイルがそう言うと、エマはアプリケーションで解像度も調整しつつ目当ての人物の顔を拡大した。


「オイ…!こいつ知ってるぜ!アイザック・ウィンストン、たしかスペンテック社のCEOだろ?こいつが黒幕って事か…?」

「動画があった。今から再生するね」


 まさかの大物の登場に驚愕するヘンリーの傍、エマがいくつかの動画ファイルを発見する。すぐさま再生を始めると、そこにはスキャンダルを求めるジャーナリストや野次馬達が思わず涎を垂らしそうな一部始終が収められていた。




 ――――”処刑人”こと、ウィリアム・ロバーツがイナバ達と交戦する三日前、彼はジェームズによってアイザックの隠し部屋へと案内されていた。彼の仲間と思われる者達は皆、距離を置いて彼を見ている。リチャードは部屋の隅にもたれ掛かって彼やアイザックを不満ありげに軽く睨んでいた。


「よく来てくれた」


 アイザックはそう言って握手を求めたが、訝しそうにしているウィリアムによって断られてしまった。


「俺は立ったままで構わん。用件について詳しく教えろ、包み隠さずだ」


 警戒しているのか、ウィリアムはテーブルから離れながらアイザックに伝えた。渋々応じたアイザックは、ドカッとソファに座りながら足を組んで彼を見つめる。


「このスカーグレイブには、認知されていないだけで大勢のアマルガムが生活している。レーダーやセンサー技術の発達で見つかる危険性も高まっているが、仕事や安心を求めてこの街に来るやつは後を絶えない…ブラックマーケットで手に入るジャマ―を使えば探知機にバレずに済むしな。世界でも最大規模のブラックマーケットがこの街にはある。それを聞きつけてさらにアマルガム達が集まっているんだ」


 グラスに酒を入れながらアイザックは話をしていた。酒瓶をウィリアムにチラつかせてみるが案の定、要らないと言われてしまう。


「俺達アマルガムは未確認生命体とは違う…意思も知能も持っている。寧ろこの力がある分、そこらの人間よりも上等な存在だ。それに気づかないボンクラが溢れているせいでアマルガム達は人権もへったくれも無い生活を送らされている。俺は金や権力を長い年月で培い、ようやく街をある程度は思いのままに動かせるようになってきた。この街の世論も警察も政治家も、俺には勝てない。だからこそアマルガム達のコミュニティを守り続けられるのは俺しかいない。だが気がかりなのがPMC…レギオンの存在だ」


 そこまで説明し終えたアイザックがキティに目配せをすると、彼女はタブレットをウィリアムに渡す。レギオンについてまとめられた資料と、ターゲットである二体のアマルガムについての詳細も記されている。


「そいつらが俺達アマルガムの平穏を脅かそうとしている敵だ。既に部下もやられている」


 自分からけしかけておいて勝手な事を言うなと、リチャードは内心呆れていたが心の中に留めておきつつ胸ポケットのペンに仕込んでいる小型のカメラや、腕の端末に仕込んでいる盗聴機能で会話を記録し続けた。


「報酬も払うし、全てが終わった後は俺の伝手で都合の悪い部分は揉み消してやる。協力してくれないか?」

「…良いだろう」


 面倒くさがりながらウィリアムが握手を交わした所で、リチャードは反吐が出ると思いながらその光景を苦々しく見ていた。レギオンを始めとした団体がアマルガムの力を使いたいという風潮が出て来ているのであれば、それを材料に取引を持ち掛ける事だって出来る。全世界規模での取り組みは難しいものの、この街のコミュニティ程度であれば交渉の仕方次第で自分達の居場所を確保できるかもしれないというのに、気が付けば裏社会の犯罪者を利用してまで自分の支配力を強めようとしている。


 安心して暮らせる環境を作るという彼の約束を信じて来たというのに、このまま衝突を繰り返せばそれこそ人間達の反感を買うばかりである。何より最近は、潜んで生活をしているアマルガム達から、彼はみかじめ取ろうとまで言い出していた。綺麗事を並べようが、結局は彼も他人の上に立ちたかっただけなのだと、リチャードは小さく溜息をついた。




 ――――残っていた動画にはアイザックが政治家や様々な企業の重役と接触している映像の数々が写されていた。その後もう一つあったファイルには、アイザックと思わしき人物ともう一人の男性が言い争う声が録音されていた。そしてそのどれもから、メディアを利用しての印象操作についての指示や、政治家との癒着に関する逃れようのない発言が雨あられの様に飛び出て来る。


「尻尾を掴むどころか、首根っこを押さえたようなものだな」


 呆気に取られている仲間達を尻目に、キースは勝ち誇っていた。

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