第18話 別格
活動を自粛して任務に向かえなくなっているイナバは、一人で淡々と射撃訓練や基礎的なトレーニングに勤しんでいた。皮肉なことに訓練の成果だけは以前よりも大幅に向上していたが、それ故に歯痒さが心を蝕んでいた。
「調子良さそうだな、イナバ」
声に反応して振り返ると、そこには軍のジャケットを脱いでTシャツ姿になっているマルコムと、その後ろで手を振っているフランクがいた。
「色々話をしたいし、どうだいお昼でも?」
「…ああ!」
二人と共に場所を食堂に写したイナバは、いつも通り野菜をどかしながらチキンステーキを食べ、フランクの話に耳を傾けた。
「ルーツ?」
「その通り、君と他の奴らにはルーツの違いがあると思う。今は身体検査から分かった情報をレポートにまとめているが、君は通常のアマルガム達とは細胞に備わっている機能自体が大きく異なっているというのが分かった。なんというか…セル粒子の一つ一つに明確な意思があるんだ。だから状況や敵に応じて報復現象を発現させたり、対策をするためにマルチ・ホルダーとしての力を開花させたりと、普通のセル粒子には出来ない複雑な作業が出来るんだよ」
グリーンピースをフォークで突き刺し、宙を漂うセル粒子に見立てながらフランクは現状までの仮説を大まかに語る。
「つまり、未確認生命体に攻撃を受けた事でアマルガムになった者達は、適性や肉体の強化が出来ていないからクラスSになれないというわけじゃない。もっと根本的な問題、生物としてのルーツが違うんだからどうしようもないだけでは無いのかと睨んでいる。現に君に異変が起きたのは、未確認生命体ではなく謎の不審者に襲撃を受けた後からだろ?」
「そ、そうなのか!?」
イナバの肉体に生じた異変のキッカケであると考えている謎の人物についてフランクが言及すると、マルコムは寝耳に水だったと目を丸くしてイナバを見た。「本当さ」とイナバは彼にも簡単にその時の様子を話してから、フランクに説明を続けて欲しいと求める。
「その人物がキーパーソンである可能性は決して低くない。もしかすれば、高クラスのアマルガムから細胞や何かしらのウイルスを植え付けられることで、高い潜在力を持つアマルガムへ変異するものであるという可能性だって考えられる。いずれにせよ、事が落ち着いたらその不審者についても調べる必要がありそうだ」
話が一段落ついた頃、マルコムとイナバが身に付けていた腕の端末に連絡が入った。オフィスでナーシャの代わりにモニターのチェックをしていたエマによって、重大な話が立て続けに入って来たために一度出向いて欲しいと言われると、食器を片付けてオフィスへと急いだ。
「何があったんです?」
オフィスに入ってからキースと目が合ったイナバは、開口一番に状況を聞いた。
「それについては俺達から話そう」
先に着いていたらしいヘンリーが口を開いた。よく見ればレイ、そしてサミュエルもその場にいる。
「私たちが街に出かける前、変な男がこのUSBを渡して来たの。処刑人を差し向けた黒幕について知ってる風だった」
「そして三十分前に通報が入ったアマルガムの発生地点に向かったら、そこにいた野郎の特徴がこいつらの言うその男と同じだったってわけだ。逃げられてしまった上に、どういうわけか大量のアマルガムの死体が転がっていた」
レイの大雑把な情報を補足するように、サミュエルは通報を受けて向かった先で目撃した物をありのままに語った。
――――話を遡ること数十分前、立ち入り禁止である筈の工事現場で脚部に武装形成を発現させたリチャードは、首を軽くひねって鳴らしながら周囲に目をやった。建設中とはいえ鉄骨や舗装中の壁が佇んでおり、自分にとっては格好の舞台であった。リチャードが静かに手を出して指で挑発すると、反応した下っ端達が束になって突っかかっていく。完全に狙い通りであった。コンクリートで補強されている床に大きな陥没が出来る程の勢いで踏み出したリチャードは、一番手前にいたアマルガムに対して蹴りを放った。蹴りを食らった者は周りを巻き込んで大きく吹き飛ばされた。ジェームズからの指示で待機していた連中も一斉に彼を追い詰めようと立ち向かうが、まさしく思うつぼであった。
察知したリチャードは天井へ向かって跳躍し、宙返りをしながら天井に足を着ける。そのまま地上でのジャンプと同じ要領で膝を屈め、天井を足場代わりに蹴った。勢いのまま敵の待つ床へと突っ込もうとする瞬間に体勢を変えて飛び蹴りを放つと、食らった者は地面へと叩きつけられ、潰された顔面を中心に床にはクレーターが出来上がった。
そのまま素早く呆気に取られている仲間達の元へと接近し、蹴るか殴っては高速で移動し続けた。リチャードの脚力に掛かれば、壁や天井さえもが少々不安定な足場という程度の認識である。その驚異的な早業によってジェームズの部下達は、破壊力のある攻撃を四方八方から受け続けているかのように錯覚していた。
気が付けば、特攻した者達は皆息絶えていた。残った者達は意気消沈し、ジェームズに至ってはその場から逃げ出したい気持ちが口から洩れそうになりつつあった。アイザックが陰でこの男の悪口を言っていたのを耳にしたことがある。『昔は凄かったが、今となっては現実を見ない腑抜け野郎だ』などと言うのがお決まりであった。それに自分も便乗し、完全に高を括っていた。落ちぶれた哀れな中年が命乞いをするが、自分はそれを聞き入れず、苦い思いと共にかつての仲間を無慈悲に殺すというシナリオを頭の中で描いていた。だが、その浅はかな妄想は見事なまでに粉々にされて無に帰した。
「これは、お前等への見せしめだ」
リチャードは普段の弱腰な姿勢を微塵も感じない冷淡な声で言った。
「まだやる気があるなら来ると良い。そのつもりじゃないなら帰ってくれ。そして”大好きなアイザック様”に俺が言ってたと伝えろ。『もう付き合いきれん』ってな」
そう言いながらリチャードは振り向き、どこかへ歩き去ろうとしていた。彼はかつて、アマルガムをPMCによる狩りなどから守り、それと同時に人間に対して不必要に危害を加えるアマルガムへの制裁も行っていた自警団のリーダーだったと人づてから聞いてはいた。自分達といる間、これほどの実力をひた隠しにしていたのかとジェームズは震え上がった。それは遠回しに信用なんかしていなかったと言われている様な気がしてしまい、僅かに怒りが込みあがったがどうする事も出来ずにいた。
しかし、ここで取り逃がしてはアイザックにどのような仕打ちをされるか分からないという焦燥感がジェームズの体を無計画に動かさせた。両腕を刃に変形させて飛び掛かって行った瞬間、跳躍を駆使して後ろに回り込まれたジェームズは背中に悪寒が走った。
「それが答えか」
その一言を最後に、リチャードの放った回し蹴りによってジェームズの首があり得ない方向へと曲がった。吹っ飛んだジェームズは壁に激突して地面に倒れると、痙攣を起こしながら動こうとしなかった。残っていた者達は泣き目になるか悲鳴を上げながらその場から退いて行ったが、通報が入っていた事で駆け付けていたサミュエルによって間もなく始末された。
「まさかお前が…!!」
アマルガム達が逃げて来た道を辿ると、一人の男がどこか悲し気に佇んでいた。サミュエルが話しかけたが、男は答える事も無く逃走する。追いかけようにもその速さについて行けず、サミュエルは仕方なく追跡を断念して、大惨事と化している周囲を見回した。だが付近に転がっていたアマルガムの死体はすぐに塵と化して消えてしまう。大して手がかりも無いままに、サミュエルは仕方なくレギオン本部へ連絡を入れる事となった。
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