第22話 大乱闘
その頃、オルガの配下であるアマルガム達は封鎖を行っていたレギオンの兵士達と攻防を繰り広げていた。兵士達からの激しい銃撃に倒れる下級のアマルガム達を糧にしながら、精鋭たちは突撃していく。クラスAに分類される武装形成を行える者達は間合いに入るや否や、体を変形させて兵士達に襲い掛かった。次々と撃ち殺していくレイだったが、残りの弾薬も多くない事に気づき援軍が到着することを心待ちにしていた。
「アイザック・ウィンストンは逃亡中。恐らくそこにいる奴らを囮にして逃げるつもりだ”アレス”が追跡しているが、死なないように頑張りつつ注意していてくれ」
ナーシャから入った連絡で状況を知ったレイは悪態をつきながら襲い掛かって来るアマルガム達に鉛玉を叩きこみ、なるべく障害物になるものが多い路地裏へ誘導しつつ戦闘を行った。自他ともに修羅場をくぐって来た経験はあると語るだけあってか、並みのアマルガムでは殺せそうにもない。後ろから追跡してくるアマルガム達を尻目に、レイは粘着性の地雷を叩きつけるように壁に貼り付けさせた。そして身を護る盾として使えそうな業務用のゴミ箱の裏へ滑り込む直前、その地雷に目掛けて銃弾を発射する。
すぐそこまで追って来ていたアマルガムが通りかかろうとした直後、壁に設置された地雷が炸裂し、至近距離にいた者は飛び散った破片の餌食になった。他の者達も巻き添えを喰らい、怪我をするか爆破後の煙に咳き込みながら目を眩ましている。レイは追い討ちをかけるように手榴弾を投げ捨てて残りを始末すると、すぐさま元の配置へ戻ろうと周囲を警戒しながら走り出す。路地裏を抜けた瞬間、彼女の目に飛び込んできたのは一人の女性であったが、その手に携えている物騒な代物を見たレイは、銃を構えずにはいられなかった。
「あら、まだ生き残りがいたの?」
「お互い様でしょ」
レイは様子を見るべきか、それとも撃つべきかを心中で葛藤したが一度も目を離そうとはしなかった。彼女が片手に携えていた兵士の生首が尚の事不安を煽った。腰に身に付けているベルトには銃器や刃物のためのホルスターもある。
「オルガ、聞こえる?」
突如として持参していた端末に通信が入ったオルガは、目の前の兵士に気を配りながらそれに応える。
「何があったの?」
「アイザックが賞金かけてた刀野郎。そっちに行ったよ」
キティからの伝言の直後、レイの背後から何者かがいた。映像で見たアレスと同様の装備を纏い、抜き身の刀を肩に乗せながらこちらへゆっくりと歩いてくる。刀身には血が付いていた。
「サム、遅いわよ」
「遊んでたら遅れた」
刀に着いた血を拭い取りながらサミュエルは言った。
「あなたが話に聞いていた…」
「ほう、知ってるのか」
「ええ。アレスよりは簡単に倒せそうって手下連中がはしゃいでたわ」
知ってた様に反応するオルガに興味を持ったサミュエルだったが、即座に小馬鹿にされてしまう。癪に障ったらしいサミュエルは、少し前に出ると彼女に刀を向けた。
「俺如きに殺されるようじゃ、アレスの首なんざ一生かかっても獲れんだろうな。生きて帰れたら伝えておけ…もっとも”出来れば”の話だが」
――――その頃、ディープバレーパーク付近の交差点で大規模な戦闘が繰り広げられていたが、キースを始めとした強化外骨格を纏った精鋭達が到着した事で戦況は一変しつつあった。
「ねえ、ヘンリーは?」
アビゲイルは倒し終わったアマルガムの死体を蹴ってどかしながらマルコムに聞いた。
「レイの所に向かわせてるよ。それよりこれで終わりか?」
「まだよ!遠くから他の反応が近づいてる…けど、これって…」
マルコムはアビゲイルにヘンリーの動向を伝えた後にエマに状況を聞いた。彼女曰く、まだ付近に怪しい反応が近づいているとの事だったが、すぐにその正体は分かった。どこから引っ張り出して来たのか分からないトレーラーの車体にはクラスAと思われるアマルガムが飛び乗っており、道路に堂々と停車するとトレーラーのドアを開ける。すると中から強烈な勢いでブロウラーなどを始めとした未確認生命体達が飛び出して来た。
「あんな乗り物どうやって調達しやがったんだ…!」
「バックにいるのがウィンストンだと考えれば妥当だろ」
驚くマルコムに対してキースは想定の範囲内だと落ち着いた表情で語る。まだまだ終わりそうにない過酷な業務を前に、気を引き締め直して兵士達は挑む事となった。
――――周囲の壁やフェンスを破壊しながら二体のアマルガムによる応酬が続いていた。アイザックの拳を弾いたイナバがカウンターを決めようと左腕を振りかぶって叩きつけるが、お見通しだったのかアイザックはそれを躱した。すかさずアイザックは右腕の爪でイナバの顔へ振るうがそれもギリギリのところで回避された。僅かだがヘルメットに傷がついている。
さらに猛攻を仕掛けてくるアイザックに対して、イナバはウルミ形態を発現させてリーチを伸ばした状態で振り回して距離を取らせた。しかし一対一という状況で、決して扱いやすい環境では無かったのか、イナバはすぐに変形させてソード形態を使う事に決めた。
次はこちらから行くと決めたイナバは、駆け出してアイザックとの距離を詰める。左腕で突きを放ち、アイザックがそれを横に躱そうとしたのを見計らって軌道を変えて薙ぎ払う様に彼の顔を切った。血が流れたことにアイザックは少し動揺したが、間髪入れずにイナバが仕掛けて来たため、狂った調子の中で戦わざるを得なかった。
アイザックは、体力の消耗が激しいという理由から使いたがらなかった鎧の姿へと肉体を変貌させて反撃に転じようとする。文字通り刃が立たない中でイナバはアイザックの拳の餌食となり、立ち並ぶ商店の一画へと吹き飛ばされる。
どうやら緊急用のシャッターは導入されてないらしく、そのまま店のドアを突き破り、陳列棚ごと押し倒しながらイナバは店の中へ叩きこまれた。崩れた棚から落ちてしまった飲料がこぼれ、混ざり合った事で毒々しい色の水たまりがそこかしこに出来上がっていた。何とか起き上がろうとしたイナバだったが、見覚えのある店舗である事が分かり、レジを見てみると以前に自分をクビにした店長が状況を飲み込めず立ち尽くしていた。
「うわあああああ!!」
「ど、どうもお邪魔してます…」
パニックに陥った店長に対して一瞬バレるかと思ったが、よく考えれば顔はバレてないはずだとイナバは気づき、気まずそうに挨拶をする。店長はそんな彼の話に耳も貸して無い様子だったが、すぐに黒い鎧のような何かを纏った巨体が乗り込んできたのを見て、叫び声すら上げずに失禁した。
「息上がってるぜ?もっと体力つけなきゃ」
イナバは挑発するように言うが、アイザックは至極冷静に殴りかかって来た。狭い部屋の中ならば動きづらいのか、イナバは足元をスライディングでくぐりながら背後へ回り込む。攻撃がダメなら体力切れを狙うという寸法であった。そう思った直後、アイザックはレジカウンターをおもむろに掴むと、引っこ抜く様にそれを持ち上げてぶん投げて来た。イナバはかろうじて躱すが、そのまま突進してきたアイザックに掴まれ、壁に叩きつけられながら外へと出ていく。店長はフラフラとした足取りで壁に空いた穴を見てから、急いで外に放られたレジスターと路上に散らばった金の回収を必死に行い始めた。
そのまま突進をされた後イナバは首やら足を掴まれ、あちこちに叩きつけられながら大通りへと投げられ、地面を転がされた。ヘルメットも既に損傷が激しく、仲間との通信も出来そうになかった。
「アレ…やるかなあ」
そう呟くいたイナバは諦めた様に立つと、迫りくるアイザックを受け入れるように両手を広げた。アイザックによってそのまま顔面に拳が入り、ヘルメットを半壊させながら側頭部が砕かれる。視界が赤く染まり、やがてイナバの意識は遠のいていった。直後、ウィリアムの時と同じように粒子が放出され、同時に放たれる衝撃波や熱気によってアイザックは後ずさりをする羽目になった。
「ほう」
アイザックは意味深に関心したような字句を口から発しながら、報復現象を発現させて怪物へと変貌したイナバを睨んだ。
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