第15話 トリガー

 拳を防がれたイナバだったが、果敢に膝蹴りを放つ。しかし、そちらも容易く防がれてしまった。キースはすかさず腕に装着していたワイヤーフックを射出して、あろうことかウィリアムの目に突き刺した。不意打ちに怯んだウィリアムが力を緩めた瞬間、イナバは手を振り払った後にソード形態へと両腕を変形させて首を切ろうと振りかざした。ウィリアムは咄嗟に全身を強固な外殻で包み込ませてそれを受け止め、目に刺さったフックと繋がっているワイヤーを掴む。そしてキースをこちらへ手繰り寄せようと力ずくで引っ張った。


 筋力補助のために外骨格の出力を最大にしていたにもかかわらず、キースは力負けして引き摺られそうになり、急いでマチェットを取り出してワイヤーを切断した。切り離された反動でウィリアムが少しよろけた直後、背後からマルコムは携行していた小型のグレネードランチャーを使用し、敵の背中で爆発が起こる。イナバも吹き飛ばされたが大事には至らず、すぐに立ち上がってウィリアムの様子を見る。ビクともしていなかった。


 サミュエルがそのまま追撃をしようと刀で斬りかかった瞬間、ウィリアムは外殻で包まれた腕でそれを掴み、激しい火花を散らせながらそれをへし折った。


「なっ…」


 混乱と動揺がサミュエルの脳内を駆け巡った直後、拳が眼前に迫った居た事に気づく。防げずにパンチがヘルメットに直撃すると、大きく飛ばされて地面に叩きつけられた。


『重大な損傷を検知。シャットダウンします』

「…クソ」


 ヘルメットの機能が封じられてしまい、サミュエルは悪態をついた。戦車砲の直撃にも数発耐えたという装備さえも一撃でダメになってしまったという事実が僅かではあるが彼に恐怖心を抱かせた。


「どんなものかと思って遊んでみれば…ガッカリだな」


 立ち上がるイナバを見つめながらウィリアムはそんな事を言い出した。


「何だと…?」


 失望されたことに対する怒りというよりも、戦っているつもりでは無かったと言われたことに困惑しながらイナバは聞き返す。


「俺がこの街にいた頃からPMCってのは活動を続けていた。喧嘩好きなもんで、挑発をしては幾度となく返り討ちにしてやったが…それからどれほど試行錯誤を繰り返し、対策をしてきたのか試してみるのも悪くないと考えた。だが結果は御覧の有様。化け物を雇っても俺一人仕留められないとは…何をやって来たんだ?今までの間」


 お前を他の個体と一緒にするなとキースは心の中で叫んだ。自分が隊長という座に就くまでにも処刑人と呼ばれるアマルガム…彼との交戦は行われ続け、その度に取り逃がしたか全滅したという報せがレギオンの内部で流れた。災害に等しい扱いをされたそのアマルガムが姿を消した後も、技術開発や訓練を怠ってきたつもりは無い。単純にお前が異常なだけなのだと言いたくなっていた。


「じゃあ、俺を試してみれば良い」

「良いねえ、絶妙に調子に乗っている。人間に限らず、アマルガム達も俺とやる前は全員同じような態度なんだ。断言してやろうか…仲間達から全力でサポートしてもらったとしても、三分もかからずに胸に風穴が空くことになるぞ」

「…吐いた唾は飲むなよ」

「そっちこそな」


 睨み合いながらイナバとウィリアムが構えた。他の者達も次に起こる出来事を予測して、援護をしようと武器を持って周りを取り囲む。ほとんど丸腰であったサミュエルには、マルコムがマグナム弾装填された拳銃を渡した。状況を判断したナーシャから指示を受けたアビゲイルも遠距離から対物ライフルを用意してウィリアムの方へと狙いを定める。


「流れ弾は気にしない。とにかく撃って欲しい」


 イナバは通信を使って全員にそう言ってから、腕をフィスト形態へと変えた。掲示板に表示されていた時刻が切り替わった瞬間、先に動いたのはイナバであった。迎撃しようとウィリアムが放った右ストレートを躱して、腹にブローを当てる。そのまま顎へも追撃を仕掛けるが、堪えた様子もなくウィリアムは蹴りで反撃をしてきた。何とか腕で防いだものの、弾き飛ばされるように後方へ倒れてしまう。


 仲間達が射撃で援護をしている間にイナバは起き上がり、今度はソード形態へと変えて攻撃を仕掛けた。キースもマチェットを握りしめて近づき、二人で挑もうとするがやはり全身を包んだ外殻を前にしては決定打にならず体力や弾薬を無駄にしていくばかりであった。


「ハァ…」


 ウィリアムは溜息をついてから再び向かってきたイナバのソード形態に変形した腕を掴み、全力で胸に向かってパンチを放った。イナバの背中から何かが飛び出たと思いきや、真っ赤な血液が出の悪い噴水のように溢れる。ヘルメットで覆われてない首の部分も滴った血によって染まっていく。ウィリアムが時刻を確認してみると、二分が過ぎていた頃だった。


「…まあ、頑張った方じゃないか?」


 力が抜けた様に前のめりになって倒れたイナバを尻目に、ウィリアムはもう一人のターゲットであるサミュエルの方を見た。主武装である刀が無い以上、恐れるに足らないと歩き出していく。


「次はお前だ」


 サミュエルを指差しながらウィリアムが近づいていく最中、薄れそうになる意識を必死にどうにかしようとイナバは藻掻いていたがついに力尽きた。歯が立たないあの男を相手にどうすれば良いのかと必死に考え、とにかくあの防御力を破れるだけの力が欲しいと願いつつも目を閉じていく。


「どういう事だ!?なぜ治癒が行われない!!」


 モニターで状況をチェックしていたナーシャはいつまで経っても元に戻らない心拍数やイナバの脳波を何度も見返した。同じタイミングでフランクも研究室からその様子を見ていたが、ふとある事を思い出した。世界で最初となるクラスS、通称「トール」と呼ばれるアマルガムを最初に目撃した人物であるコナン・ケントというジャーナリストが綴ったレポートには、断定は出来ないもののクラスSが生まれる条件に関する項目が存在している。


 それによればマルチ・ホルダーである事は必須条件であり、そこからさらに低い確率で起こる現象であると彼は述べていた。まず肉体の成熟…つまりコンシューミングによってアマルガムや未確認生命体の細胞を取り込み、より強靭な体を作り上げる必要がある。恐らくクラスSが現れない理由はここにあり、大半が一定の水準に達するまでの間に内外的な要因で死んでしまうからであるとしていた。なぜ低確率なのかという部分に関しては後述の理由もあってか、もしマルチ・ホルダー全般に当て嵌まるのだとしたら、もっとクラスSが確認されていなければおかしいという疑問からである。


 そして、最後の項目が重要であるのだが…一定の水準にまで肉体が仕上がると、心臓など一部の部分をより強靭な物に作り変える必要があり、こればかりはコンシューミングだけではどうしようも出来ないものであるらしかった。そしてその条件とは、一度心臓や脳を破壊し、肉体を構成している物質「セル粒子」全体に「臓器をより強靭な物にしなければならない」と学習をさせる必要があるというものである。現にトールと呼ばれたアマルガムは、電磁加速砲の直撃によって脳や心臓部を大きく損傷し、しばらくは肉体の治癒も行わず倒れているだけだったとされている。


 こうして作り変えられることで、より高いパフォーマンスを発揮できるようになるが、クラスSの持つ脅威というのはさらに別の所にあるとコナン・ケントはレポート内で述べていた。トールとの交戦の際に起きた出来事らしいのだが、恐らくクラスS のアマルガムを構成するセル粒子は、臓器の作り替えが必要である事以外にも「生命を脅かす強力な外敵の存在」を学習し、一定時間の間だけ防衛や肉体の治癒に使っていた分も含めたすべてのエネルギーを、対象となる外敵の排除に使用する事が出来る様になるのだという。


 その際のトールの姿というのはまさしく怪物そのものであり、電磁加速砲の直撃に耐えた事から、排除対象となった敵が強大であればあるほど戦闘能力も比例するのではないかとコナン・ケントは推測していた。自身が同伴していたPMCの小隊が壊滅し、あわや殺されそうになった所でトールも力尽き、結局は逃亡をしてしまった。これによって九死に一生を得た彼は、その恐るべき仕返しとも言えるアマルガムの機能にある名前を付けたという。


「どういう事だ…?急激に心拍数が上昇して…脳波が強まっている?」


 ナーシャは突如伸びていくイナバの体調に関する数値と、彼を中心に脳波が放出され、次第にそれが強力になっていくのを検知した。現場にいた者達も、イナバがフラフラと立ち上がる姿に息を呑む。そして彼の肉体から粒子が一気に放出され、それらが彼の全身を包み込んだ後に熱気やら衝撃波を発しながら肉体が変形し行くのを目撃した。


「何だってんだ…」


 ウィリアムさえもそう言いながら困惑している様子であったが、ようやく衝撃波やむせ返るほどの熱気が収まり、粒子達による肉体の変形が終わる。そこにいたのは、外殻というよりも鋼鉄の鎧と呼んだ方が良さそうな皮膚に身を包まれた何かがいた。イナバだとするには巨大で、ウィリアムさえも見下ろせるほどであった。顔の部分には歪な並び方をした牙の生えている口があり、その目は生物とは思えない程に無機質な濁った灰色をしている。手足の先には鋭い爪が確認できる上に、非常に引き締まった体付きであった。


 怪物と目が合ったと感じたウィリアムはそれの口角が僅かに変化するのを目撃し、狙いが自分である事を悟った。次の瞬間、怪物は裂けそうな程に口を開け、文化遺産としてアーカイブに残っている怪獣映画さながらの雄たけびを上げた。


「…リベンジェンス」


 フランクは現場から送られてくる映像を見てそんな事を口走った。それこそがコナン・ケントによって名付けられたクラスS特有の能力である”報復現象リベンジェンス・フェノメノン”と呼ばれる代物である事を知った。

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