第14話 襲来
大型未確認生命体が出現する三日前、街のどこかに存在するブラックマーケットでは、いつも通り表の世界では流通していない武器や薬物、多岐に渡るジャンクパーツの取引が行われていた。街に蔓延る違法物品の巣窟を、アイザックから指示を受けた派手な服装の男が闊歩していた。とある屋台の前で立ち止まってから合言葉を伝えると、そのまま奥へと案内される。そこにあったのはもぬけの殻になっている酒場であった。そのまま懐かしさの残るオンボロなピンボールマシンにたむろしていた一人の男の背後に立つ。かなり大柄であった。
「ウィリアム、しばらくぶりか?…ああいや、”処刑人”だったな」
派手な服装の男が軽く挨拶をすると、頬から顎にかけて剛毛な髭を生やした男は振り返り、彼を生気の籠ってない目で見た。
「ジェームズ・バゼット…何の用だ」
ウィリアムは威圧するように一歩前で出てから彼を見下ろす。ジェームズの身長がさほど高くないのもあってか、中々の迫力があった。
「おお、怖い怖い。情報を掴んだ時はびっくりしたよ。もう裏社会から足洗ってたなんてさ。でもこうしてやってきてくれた…当ててやろうか?娘さんの病気、治って無いんだろ。難病であるなら尚更金が要るよなあ?」
「何が言いたい」
「ほら。その映像に写ってる二人のアマルガム。刀を持ってる方は殺せ、ただしもう一人なんだが…できればそいつは生け捕りを最優先で頼む。殺しても構わんが、報酬は三分の一だ」
ジェームズは小型のタブレットに映像を移しながら依頼の内容や報酬の確認をしていく。ウィリアムはそれただ黙って聞いていた。
「欲しいものがあれば連絡してくれ。こっちで用意する。他に質問は?」
「なぜこいつらを狙っている」
「そこまで言う必要があるか?」
「仕事をする上でのポリシーだ。情報は集めておきたい」
ジェームズは少し困った様子でウィリアムを待たせると、アイザックに対してメールを送った。少しすると返事が来たが、その内容に彼は少し驚きながらウィリアムの元へ戻っていく。
「ラッキーだな。雇い主が直接会ってやるとさ。そうと決まればすぐに行こう」
ジェームズはそう言うと、彼を引き連れてアイザックの元へ急いだ。
――――通常より一際巨大なホールが出現したのは、街の駅前に存在する噴水広場であった。そこから四足歩行で現れたのは、「ヨルムンガンド」と名付けられた大型の未確認生命体である。
「俺達の任務は一つ。アビゲイルと整備班が準備しているポイントまで、あのデブを連れて行く事だ」
現場に到着した後、動き出したヨルムンガンドを前にキースは仲間達に向けて言った。
「了解」
全員が返事をしたのを確認すると、キースはアビゲイルを除くメンバーを引き連れてヨルムンガンドの元へ向かう。イナバはすぐさま近くにあったマンホールの蓋を力ずくで剥ぎ取り、のそのそと動き出すヨルムンガンドの頭にぶん投げた。妙に重々しい音を立てて頭部にぶつかると、ヨルムンガンドはマンホールの蓋が飛んできた方角を見た。そして手あたり次第に暴れながら向かって来る。
「よし、いいぞ!そのまま引き付けて逃げろ!」
マルコムから称賛されつつもイナバは慌てて、なるべく広い場所へと誘導していく。出来る限り距離を開けないように気を配りつつも、アビゲイルたちが待機している地点へと向かう。待機をしていたアビゲイルは、送られてくる映像を確認しつつも、整備班たちと共に対大型ビジター用に運用されている携帯型電磁加速砲、通称「ライデン」の最終調整を済ませる。
「弾体の装填完了です!」
「こっちはいつでも行ける」
整備班からの合図を聞いたアビゲイルは全員に連絡をした。それを聞いたイナバは走りながらキッドにルート案内をするように伝える。
『そこの交差点を左に真っすぐ突き進めばライデンで攻撃が出来ます!』
「分かった。そのまま向かう」
一同はヨルムンガンドを引き連れながら交差点を曲がり、やがて道路の遥か彼方に物騒な装置があるのを目撃した。
「全員どこかに身を隠して」
アビゲイルからそんな伝言が届くと、イナバ達は咄嗟に近くの建物の隙間に入り込む。ヨルムンガンドが交差点に飛び出た直後、照準で狙いを付けていたアビゲイルは発射用の引き金を引いた。
放たれた弾体は音速を越え、付近に衝撃波を放ちながらヨルムンガンドの腹へと命中する。着弾した瞬間にシステムが作動して激しい爆発が起こり、ヨルムンガンドは四散した。
「凄い衝撃だった…街は大丈夫なのか?」
『大きな被害は今の所出てないと思われます。この辺りの建築物はこういった大型ビジターの出現も想定されていたので建物自体の耐久性も凄まじいですからね』
「なるほどね…何にせよ、戻るとしますか」
街の状況をキッドから伝えられた後、イナバはアビゲイルたちの元へ向かおうとした。その時、ナーシャから緊急で連絡が入った。
「マズいぞ!お前達の付近でアマルガムの脳波を検知した!!」
慌てながら伝えるナーシャの伝言を頼りに周囲を警戒していた時、マルコムは目の前にそびえ立っているビルの屋上から誰かがこちらを見下ろしている事に気づいた。
「標的が見えるかウィリアム?後は任せたぞ…」
アイザックからそう伝えられたウィリアムは、ガスマスクを身に付けた状態でビルに立ち標的であるイナバを睨んでいた。マルコムは咄嗟に肩に取り付けられている機関銃で射撃をするが、ウィリアムが盾の様な装甲を出現させたことで防がれてしまう。そのままウィリアムは屋上から飛び降りて、歩道にクレーターを作りながら着地をした。
「”処刑人”…!?」
「知ってるんですか?」
激しく動揺していたキースに対してイナバは尋ねた。
「ああ、この街の裏社会で用心棒をやっていたらしいアマルガムだ。尻尾もつかめない内に行方をくらましたはずだが…」
キースが説明している内にウィリアムが歩き出そうとすると、マルコムとサミュエルがすぐに仕掛けた。マルコムによる機関銃での掃射を防ぎつつ向かっている最中、ウィリアムはサミュエルが右側から仕掛けて来た事に気づく。片腕をイナバの物とは比べ物にならない程に逞しい刃へと変形させて奇襲を受け止めて見せると、彼を蹴り飛ばしてからマルコムの元へと駆け出した。
距離を詰められてしまったマルコムは盾のように変形した装甲で体当たりを喰らって吹き飛ばされる。彼もまたマルチ・ホルダーなのだと悟ったイナバは、ウィリアムと目が合った瞬間にフィスト形態へと腕を変えて殴ろうとするが、あっさり素手で受け止められた。
「よお」
冷淡な挨拶からは一切の情けを感じられず、体の内側から湧き起りそうになる震えや速まる心臓の鼓動によって、イナバは初めて戦慄というものを味わった。
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