第13話 忙しない日常

「どうすんだよ、これ?」


 金色を基調とした派手な服装をしている男は、笑いながらキティが見せた映像を見て言った。アレスが自身達の部下であるジェイソンを倒し、その力を自分の物にした瞬間がハッキリと写っている。


「アイザックさーん、どうしよっか?低クラスのアマルガムならともかくジェイソンはクラスA、簡単に代わりが見つかるようなものじゃないよ?」


 キティはタブレットを弄りながらアイザックを見た。アイザックは何やら資料漁りやらネットサーフィンをしているらしく、あまりこちらの話には聞く耳を持っていない様子で、モニターを眺めている。


「俺としてはあんまり良い状況とは思えないね。アレスが民間人を救出したって映像がネットを皮切りに流出した。そのせいで『もしかして、案外悪くないんじゃないか』って意見がチラホラ出てき始めてる。理由や原因はどうあれ、暴走するバスを止めるなんて並みの人間に出来る事じゃないからな」


 派手な服装の男はそう言いながら、周りに動画サイトにアップロードされていた映像を見せつける。寄せられている感想の中には市街地における緊急事態に対してのアレスの投入を支持したいという意見がチラホラと見受けられた。他の仲間達が話しているの意にも介さず、アイザックはモニターの電源を切ってからテーブルへと向かった。


「ひとまずは俺の息が掛かっているニュースメディアに対して報道を少し”弄って”もらう事にした。SNSの方も既に根回しをして、「なるべく批判的な意見を書いてくれ」といくつかの業者に依頼してある」


 アイザックは椅子に座り、近くに置いてあった瓶から酒を注いで一口呷ってから言った。


「今のご時世に水増しはマズくないか?流石にそんなものに釣られる様な馬鹿じゃないと思うぜ」

「ところが釣られてしまうんだよ、これが。その場の流れに身を任せるだけな人間ってのはいつの時代も山ほどいるからな」


 派手な服をした男に対して、アイザックは得意げに言いながら民衆を嘲笑した。その時、彼の腕に付けていた端末がバイブレーションと共に連絡が来たことを知らせる。アイザックはそれを確認してから面倒くさそうに立ち上がった。


「また食事の誘いか…ひとまずはそういう事だ。そしてアレスが使えそうなヤツだという事が分かった以上、雑魚だけをけしかけるつもりはない…ウィリアムを呼べ」


 アイザックがある男の名を呼ぶと彼の黒髪の女性は少し驚き、不安そうに彼を見ていたがすぐに冷静さを取り戻した。


「アイザック…いくら何でも彼を呼ぶのは…」


 キティの隣にいた中年の男性が彼に異議を唱えようとしたが、黒髪の女性が男性を睨む。アイザックは落ち着き払った仕草でそれを宥めた。


「念のためだ。処刑人”ウィリアム・ロバーツ”…あいつに報酬を伝えてアレスにけ差し向けろ。生け捕りが最優先だというのも忘れるな」

「じゃ、その役目は俺が…こう見えて顔が広いんでね」


 アイザックからの指示に対して派手な服の男はにやけ面でそう言いながら手を上げる。


「良いだろう。ウィリアムの要求次第では他の奴らも動くことになるかもしれない…全員そこは覚えておいてくれ」


 その言葉を皮切りに解散をした後、一人になったアイザックはグラスをテーブルに置いてからソファに寝っ転がる。他人や物事を自分の思い通りに動かせる事の楽しさは今の彼にとって何にも代えられない物であり、それを邪魔するのであれば何であれ容赦はしない。そうした野心に酔いしれてる内に瞼が重くなり、やがて完全に眠りについた。




 ――――クラスAのアマルガムとの交戦から数週間ほど経った。イナバはようやく生活にも馴れ始め、ルーティーンも出来上がって来たと実感する。しかし、部屋を出る頃には憂鬱な気分が自分に圧し掛かって来るのである。


「めんどくさ…」


 部屋を出ながら、イナバは怠そうに言った。基本として自身やサミュエルが出動することになるのは中型以上の未確認生命体やアマルガムが出現した時のみであると分かってからは、それ以外の時間は訓練や勉学に充てられたがその時間がたまらなく嫌だった。まず最初に始まるのは格闘訓練である。


「ち、ちょっと待って…」

「現場でも敵に対して同じ事を言うつもりか?さっさと来い」


 格闘訓練が始まって一時間後、急かしてくるサミュエルに対して、肩で息をしながら休憩を提案するが当然聞き入れてもらえずに投げ飛ばされた。ここではサミュエルにしごかれるのが日常となり、何度もマットに打ち付けられ、拳や足が体に食い込む感触を幾度となく味わった。


 日課であるウェイトトレーニングを終えたヘンリーとマルコムが様子を見に来ると、サミュエルに倒されたイナバが何とか立ち上がって再び対峙をしている最中であった。パンチや蹴りの応酬を互いに防ぐが、最終的にはイナバが不意を突かれて寝技や関節技に持ち込まれるか、殴り倒される事が多かった。


「サムのやつ…いくら体を治せるからってやりすぎじゃねえか?」

「でもやっぱり慣れるもんだな…最初の頃に比べてちゃんと組み手らしくなってるぜ」


 心配そうにするヘンリーとは対照的にマルコムは感心した様に批評をしていた。


 格闘訓練が終わった後には射撃訓練も行われる。武器装備の取り扱いを学び、アマルガムとしての力を使えない局面での戦闘を想定した訓練である。アレスとしてではなく、「CVAT隊員のジン・イナバ」として活動しなければならない際には必要になると言われて、イナバも渋々訓練に集中していた。屋内に存在する専用の施設では様々な場面を想定したセットが組まれ、ランダムに配置されるアンドロイド達に専用のレーザー銃を使って攻撃する。実弾の軌道も考慮された上で命中する箇所によってアンドロイドの反応も変わる仕組みになっており、戦闘不能にさせつつゴールを目指していくという物になっている。当然だが、一発でも相手からレーザーを被弾をすればその時点で終了となる。


(慌てず…慎重に…)


 屋内の廊下を模した場所をアンドロイドが歩いていると、背後からイナバは拳銃タイプを構えてレーザーを照射した。背中に当たったらしくそのまま倒れたアンドロイドを避けて、そのまま行こうとした背中にレーザーを当てられた。どうやらちゃんと倒せてなかったらしい。チョッキに仕込まれていた専用のセンサーが作動して終了を告げられてしまい、「クソッ」とイナバは思わず悪態をついた。


「惜しかったな!だけど前よりは先に進めてたぜ」


 マルコムはようやく訓練から戻って来たイナバの肩を叩きながら彼を労った。


「背後に気を付ける事と、敵がどうなったのかをちゃんと確認するようにして。じゃないとさっきみたいに間抜けな事になる」


 アビゲイルは少々辛辣にアドバイスをしながらその場を後にした。


「彼女、俺の事嫌いなのかな?」

「アマルガムが嫌いなのと、元から冷たい所があるんだ…まあ根は良い奴なんだが…」


 もの寂しげに見送りながら疑問を呈するイナバに対して、マルコムは彼女に対してフォローを入れて共に施設を出て行った。


「それにしても少し驚いたぜ」

「何に?」


 昼食のために食堂へ向かっている時、マルコムが唐突に話題を切り出して来たので、イナバは少したじろぎながら尋ねた。


「アマルガムといえど人間だ。てっきり戦うのをもっと躊躇うものかと思ったが、案外平気そうだったんでな」

「まあ、そこは…前まで住んでた場所が意外と酷かったもんだからさ。流血沙汰だの危ない目に遭う事も多くて」

「ダウンディス地区だったか?納得だな」


 そんな話をしながら食堂に向かっていると、辺りに警報が鳴り響いた。食事もしてないのにと嘆きながらCVATのオフィスへ向かうと、ナーシャが現場の解析を終えたらしかった。


「警察の方から連絡があった。それにホールから強いビジターの脳波が検出されている…大型が出るかもしれない」

「大型!?」

「キース隊長にサム、それにアビゲイルが既に待機してるはずだ。二人とも、すぐに格納庫へ向かってくれ」


 ナーシャからの指示で二人は格納庫へ向かって大急ぎで仕度に取り掛かる。


「その、強化外骨格だっけ?前から思っていたけどあんたやヘンリー以外使ってるのを見たこと無いのはなぜだ?」


 一足先に仕度を終えたイナバは、外骨格の各部位を取り付けているマルコムに対して聞いた。


「レギオンが開発した戦闘用パワードスーツ、「ベルセルク」マーク20だ。極秘素材を組み合わせて作られた複合装甲、人工筋肉による格闘攻撃の強化、機関銃や高音波振動機能を持つマチェットをはじめとした各種装備!…とまあいろいろ詰め込んだせいでそこらの連中じゃ扱えん重さになってな…」

「…なるほど」


 マルコムは装備を自慢げに解説してから理由を答えた。腑に落ちた様にイナバは反応して、仲間たちの元へ向かうと既に自分達を除く全員が車両に乗り込んでいる。


「急げお前達!」


 マルコムと同じように外骨格を身に纏っているキースが二人を大声で呼んだ。


「イナバ、お前にとっては最初の大型との交戦になるかもしれん。いつも以上に気を引き締めろ」

「了解」


 車両に乗り込んだイナバに対して、キースはイナバを激震しながら奥へと押しやる。イナバもそれに返事をしながら車両の座席に腰を下ろした。

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