第10話 幕開け

 こうしてイナバは特殊作戦要員「アレス」として、レギオンの管轄下で戦いに身を投じる事となった。




 ――――イナバはスライディングをしてブロウラーの突進を躱す。慌てて振り返ろうとするブロウラーに対して、間髪入れずに駆け寄り、無防備な顔面に向かって飛び掛かりながら拳をお見舞いした。


「オラァッ!!」


 そう叫びながらイナバが放った拳は外殻を砕きながらブロウラーの顔にめり込み、そのまま吹き飛ばす。イナバはざまあ見ろと思っていたが、ホールから続々と現れて来る未確認生命体を確認すると、再び臨戦態勢に入る。


『イナバさん!確認できるのはウィンプとリッパー、そしてブロウラーです !ウィンプとリッパーに関しては、数が多いので気を付けてください !」

「分かった、ありがとなキッド。雑魚相手なら…こいつの出番だ」


 イナバはそう言うと、再び武装形成で変形を行う。二刀の剣へと形を変えた両腕を携えてイナバは全速力で敵の元へ向かって行った。


 遠目から見ていたキースは、レイとサミュエルに向けて連絡を取った。


「レイ、そろそろ援護射撃を開始しろ。サム…あー、いや”スサノオ”。アレスだけじゃキツイ、出陣してくれ」

「了解」

「了解した」


 部下達からの応答を聞き届けたキースは、連絡を終えてから近くにいた警官の元に近寄る。


「凄いもんだろ?」

「え…ハイ」


 キースは自身の装備を確認しながら、警官達に対して自慢げに言った。彼らは目の前で起きている出来事を呆然と眺めながら、キースからの問いに物怖じしながら返すしかなかった。


「さて、やるか」


 物陰に隠れていたサミュエルはキースからの指令を受けて、腰に携えていた鞘から刀を引き抜いた。柄に取り付けられている小型のトリガーを押すことにより、超音波で刀身を振動させる事が出来るという代物である。未確認生命体達も新たな脅威が接近している事に気づいたのか、建物の影から出てきた謎の兵士に吠えながら立ち向かおうとする。


「いざ、尋常に勝負… ってな」


 イナバと同じ、フルフェイスのヘルメットで顔を隠しているサミュエルは、静かに呟き、刀を握りしめながら一歩ずつ歩み寄っていく。迫りくる未確認生命体達に比べて恐ろしく緩やかな動きであった。三体のウィンプが襲いかかった瞬間、すかさず目の前にいた一体に蹴りを入れ、右手にいた個体の腹を刀で掻っ捌いた。そして流れるような動きで突きを放つ態勢に移ると、左手に残っているウィンプ目掛けてそれを行う。刀が頭部を貫通し、ウィンプはぐったりと動かなくなった。刀を抜くと地面に崩れ落ち、ウィンプの体は極小の粒子となって消え失せた。


 蹴りを入れられて地面に倒れ伏していたウィンプが起き上がろうとしている最中に、後頭部に刀を突きさしてトドメを刺すと、サミュエルは次々と襲い掛かって来る未確認生命体達を片っ端から斬り殺していった。


「背後は任せた」

「…ええっ!?」


 気が付けばイナバと背中合わせになっていたサミュエルは、期待や煽りも込めてイナバに耳打ちをした。唐突な頼み事に戸惑うイナバを無視して、サミュエルは引き続き敵を切り伏せていく。イナバも吹っ切れた様に荒々しく敵を蹂躙していった。


「仲が良いわねえ、お二人さん」


 付近のビルの屋上から、レイは狙撃銃のスコープ越しに様子を見ていた。


『レイさんも負けてられませんよ !』

「フフッ、分かってる」


 発破をかけるキッドと話をしたレイは、集中するために深呼吸をしてイナバの背後に近づくリッパーへと狙いを定める。イナバが力を振りかざして我武者羅に暴れていると、微かな発砲音の後に、リッパーが倒れた事に気づいた。


「背中が留守になってるわよ」


 連絡が入ってレイに揶揄われると、イナバは彼女がいると思われる方を見てから、手でお礼代わりに軽くジェスチャーをして見せた。可愛げのある後輩だと思いながらレイは再び援護に戻る。


 そんな調子でしばらくイナバ達は大暴れしていたが、ホールからこれまで見たブロウラー達よりも一回り大きい個体が出現すると、その場に緊張が走った。


「皆、ホールが閉じた。どうやらそいつで最後みたいだ」


 オフィスで状況を見ていたナーシャから、そのように連絡が入る。


「デッケェ…」

「たまにあるんだ。突然変異ってやつだろうな…油断するなよ」


 サミュエルがそう言って警戒を促していた時、変異体のブロウラーが地響きと共にこちらへ向かって来る。イナバは両腕を再び外殻に覆われた拳に戻してから駆け出した。すぐさまブロウラーの巨大な腕がイナバ目掛けて猛威を振るって来る。辛うじて避けてから腹に目掛けてパンチを放つが、もう片方の腕に邪魔をされてイナバは吹き飛ばされてしまった。


「言ったそばから…」


 サミュエルはそう言って呆れながらブロウラーと対峙すると、猛攻を掻い潜りながら胴体へと狙いを付けた。刀を使って攻撃を反らしながら懐へ入ると、イナバの攻撃によって外殻が破壊されている腹部へ一撃入れようとした。だが危険を感じたブロウラーが身を引こうとしたのを察知すると、咄嗟に刀を手放して蹴り飛ばした。勢いよく放たれた刀はブロウラーの腹のど真ん中に突き刺さり、悲鳴が上がる。


「クッソ~…」

『イナバさん ! 大丈夫ですか!?」

「…まあな」


 吹き飛ばされた挙句、壊された公園の外壁に埋もれていたイナバは這い出ながら言悔しがった。キッドに心配されると、問題ないと返答して再び討伐対象の元へ向かって行く。


「アレス、ヤツの顔の外殻を破壊しろ !」

「了解 !」


 サミュエルからコードネーム付きで指示を出されたイナバは、ヤケクソ気味に返事をした。二人の会話の内容を聞いていたレイは、ブロウラーが邪魔をしないようにと足を集中的に射撃を行う。ブロウラーがとうとう足を引きずるようになり、ほとんど動けなくなった瞬間にイナバは背後から飛び乗り、ブロウラーの頭部を滅茶苦茶に殴りつけた。外殻がボロボロになり、柔らかそうな筋肉や血管が剥き出しになると、イナバはサミュエルが正面から走って来るタイミングを見計らって飛び降りた。飛び降りる瞬間にドロップキックをブロウラーの背中に決めると、巨体が僅かに前方へとよろめいた。


 次の瞬間、間合いに踏み込んだサミュエルが腹に刺さったままだった刀を引き抜き、ブロウラーへと切りかかった。振った太刀はブロウラーの口に食い込み、肉に混じって殻や牙らしきものまで切断されている様な乾いた軽い感触が手に伝わる。勢いを殺すことなく振り抜くと、ブロウラーの上顎から半分が地面に濡れた音を立てながら転がった。


 そのまま上体が圧し掛かって来ると、サミュエルは面倒くさそうにそれを押しのけた。ブロウラーの亡骸が崩れ落ちるとナーシャから連絡が入る。


「ホールから現れたビジターの反応が全部消えた ! 任務完了だ 」


 報告が聞こえたイナバは、どっと疲れが出たのか思わず空を見上げた。


「ボサっとするな。レイが戻ってきたら帰投するぞ」


 いつの間にか目の前にいたサミュエルがイナバの肩を軽く押しながら、帰る準備をするように伝えた。そのままキースの元へ向かおうとしていたが、不意にイナバの方へ振りかえる。


「五十点だ」

「…五十点?」

「今日のお前の戦い方だよ。勇気や根性は認める。慣れない力や状況とはいえ、臨機応変に対処しようと努力した点も悪くない。だが体の動かし方に無駄が多い、何より油断をしすぎだ。その辺諸々を考慮したうえで五十点…まだまだ改善の余地がある」


 突然始まった批評にイナバは目が点になったが、我に返るとすぐさま彼を追いかけていった。





 ――――その翌日は、これまでに無いほど優雅な朝であった。窓から差し込む日差しの中、自分の物とは思えない程に清潔且つ贅沢な部屋でイナバは気持ちよく目覚めた。


「…パジャマを着て寝たのなんて久しぶりだな」


 そんなことを思いながら顔を洗い、シャワーを浴びた後に仕度をしていく。もっともイナバの場合は、粒子を操って肉体の見た目を変えれば良いだけの話だったが。


「着替え完了、クローゼット要らずだ」


 先程まで全裸だった体に支給されたシャツやズボンを纏わせると、イナバは腕に端末を取り付けてオフィスへ向かった。


「よう、昨日は大活躍だったな」


 オフィスに入るや否や、マルコムがイナバを笑いながら称賛した。


「活躍 ?サムがいなかったらどうなってたか…」

「なーに、足引っ張らなかっただけでも上出来だ ! サムの野郎が珍しく文句を言って来なかったんだからな」

「五十点だって言われたけど?」

「本当に酷い時は、『早めに異動希望を出した方がいいぞ』なんて言ってくるからな…まあ、無暗に死なせたくないっていうアイツなりの気遣いだと思いたいが」


 そんな風に二人で会話をしている内に、ナーシャやキースも入室してきた。


「ふあぁ…眠い。おお、そうだイナバ。お前用のデスクはそこだ」


 キースが指をさした先には、タッチパネル付きのモニター以外何も置かれていないまっさらなデスクがあった。部屋から入って右奥の場所である。


「俺の隣か !まあ、よろしくな」


 マルコムにそう言われながら案内されて、二人で揃ってデスクに荷物を置いた。一方でナーシャは、インターネットでニュースや掲示板を眺め続けていた。


「ところでお前らニュースは見たか ?」


 ナーシャからそんな事を聞かれたが、二人は見ていないと言いながら首を横に振った。


「イナバの事についてメディアが色々と騒いだらしくてな、ボスが臨時で会見を開いてたんだぜ ?ほら」


 ナーシャはそう言いながら、部屋のスクリーンに動画サイトにアップロードされていたニュースを映し出した。


『先日発生したディープバレーパーク前での戦闘で、民間軍事会社であるレギオンが戦力としてアマルガムを投入した事が物議を醸しています。今朝、レギオンの代表取締役であるハンク・スペクター氏は記者会見にて「既に先例がある様に、彼らは適切な管理の下で運用している兵士であり民間人に危害を加える事は無い」と述べましたが、市議会の反PMC派はこれに強く反発しています」


 凛々しい顔つきをした女性のアナウンサーが、スラスラと原稿を読み上げながらニュースを伝えていた。


「市議会のボケ老人どもめ、大した仕事もせずにまた騒いでやがるのか」


 キースが苦虫を噛み潰したような顔で映像を見ながら愚痴を言った。すると、レイを筆頭とした女性三人がオフィスへと入って来る。


「おはよう…ってやっぱり見てたんだ。SNSの方でも色々言われてるわよ」


 そう言ってレイが見せたのは、様々なソーシャルメディアに書き込まれているレギオンやアレスに対するコメントであったが、大半は好意的なものとは言えなかった。


「どいつもこいつも似たようなハッシュタグを付けてるな、どういう事だ ?」

「ガリーナってアーティスト覚えてる ?ほら、ちょっと前に話題になってた…」

「ああ、そういえばいたなそんな奴。最近全然見なくなったが」


 不思議に思っていたマルコムに対して、エマが話を切り出した。


「その人を筆頭に、色んな著名人がレギオンやイナバに対して批判をし始めたらしくてさ…そしたらファンまでそれに食いついちゃって今の有様ってわけ」


 手でジェスチャーをしながら呆れた様にエマが言った。イナバは自分のせいなのかと少々罪悪感が湧いた。


「まあマスコミは著名人なんて言っているけど、大半は人気に陰りが出てすっかり話題にならなくなったような連中ばかりよ。おおよそスポンサーに言ってくれなんて頼まれたんじゃないかしら ?」

「ま、タレントになるような奴なんて大概は自己承認欲求が強いもんだろうからな。また注目を浴びれるし、スポンサーの機嫌も取れるんだ。やらない理由は無い」


 アビゲイルが自身の推測を語っていると、ナーシャもそれに同調した。そしてヘンリーとサミュエルが部屋に入ってくる頃には、どこか気まずい雰囲気が漂っていた。


「おっと…やっぱりこの話題か」


 モニターを見たヘンリーが少々面倒くさそうに言った。


「既に色んなデマもばら撒かれてる。俺やイナバみたいなアマルガムは人の姿をした知性の無い化け物で、レギオンの連中はそれを違法薬物で押さえつけているだけだとかな。禁断症状が出たら街で暴れ出すなんて言われてたぜ」


 サミュエルは溜息交じりに苦笑し、イナバを見ながら言った。キースはそろそろ場の空気を変えたいと思ったのか、ナーシャにモニターの映像を切り替えさせる。


「サムを兵士として仲間にすると決まった時も同じように苦情が来たが、結局はすぐに収まった。長くは続かないさ」


 映像が切り替わってから、キースは全員に聞こえるように声を少々張り上げながら言った。


「だが市民の中には本当に不安に思っている者がいるだろう。今は出来る仕事をこなして、評判を上げる事に努めよう。そうだろイナバ ?」


 キースは今後の活動方針を宣言してイナバを見る。ネットに書き込まれた自身への多くの意見を思い出し、やがて周囲のメンバー達からの視線を感じるようになると、いよいよ引き返せないところまで来てしまったのだとイナバは実感した。これから自分は何のために仕事をこなしていけば良いのかというモチベーションさえも定かでは無かったが、なるようになれの精神だけが自分を後押ししていた。そして、今はただ自分に出来る事をやろうという決心がついた。


「任せてください」


 短い答えであったが力強く、どことなく自信を感じられる返事が返ってくると、キースは納得したように頷いた。

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