チャプター3:始動
第11話 弱きを助け強きを挫く
一人で寛いでいたアイザックは部屋のモニターから通知を受け取ると、音声認識システムに対して応答をするように命令した。モニターに現れたのは、市議会における反PMC派のリーダー、アキラ・クサカベである。
「君の言う通り、レギオンに対しての風当たりは強くなっているよ。協力に感謝する」
初老の男は作業をしながらアイザックに対して現状を伝えて礼を言った。
「礼には及びません。私自身も、治安維持における民間軍事会社の存在については良く思っていませんでしたからね」
「しかし、ソーシャルメディアを中心にあそこまで話題を大きくさせるとは…恐ろしい手回しの良さだな」
「伊達に広告代理店の仕事をやっているわけではありませんから。様々な団体との人脈を利用したまでです」
自身が取った戦略をアイザックはクサカベに語る。クサカベは感心したように頷きながら話を続けた。
「なるほど。しかし、こういう形で著名人を利用してしまったとは何だか悪い事をしたな」
「フフ…注目されることが大好きな連中ですし本望でしょう…まあ、市民の皆様があそこまで食いついたのは想定外でしたが」
「周りに流されるだけで何も考えていないのだろう…嘆かわしい。何にせよ世話になった。額に関してはいつも通りで良いか?」
「そちらにお任せします。では…」
アイザックは話を終えて接続を切ると、革製のソファに腰を下ろした。テーブルに置いていたコインを手に取り、指先で弄びながらモニターで報道されているニュースを見る。先程話をしていたクサカベが記者たちからの質問に答えている映像が流れていた。
『治安維持を行政でもない民間組織に依存させ続けるというのは、警察や軍の仕事を奪わせている様な物だ!レギオンが街から撤退するような事があったらどうなってしまう?この街に風穴が空いてしまうでしょう。現市長による横暴を止めて自分達の力で街を守らねば…」
「自分達の力で…ねえ。どの口が言っているんだか」
そんなことを言いながらソファに寝そべっていると、部屋の入り口から誰かが入って来るのが目に入る。黒髪の女性であった。羽織っていた厚手のコートを椅子に掛けると、アイザックの元へと近寄って来る。
「オルガか…とりあえず報酬を貰えることは確実だ。他の奴らは?」
「後で来るわ。それと、例のアイツへの対策を本格的に始めようと思ってるの。好きにやらせてもらって構わないかしら?」
互いに状況報告をしてから女性が隣に座ると、アイザックは彼女に腕を回した。
「ああ、捕まえるか…最悪の場合は殺す事が出来れば何でもいい。街を支配するための脅威を取り除ければ目的は叶ったも同然だ」
「でも、いつまでも政治家達と組むのは難しいんじゃないかしら?彼らが裏切る可能性だって――」
「裏切った所で奴らには何の得も無いさ。それに、俺達はそこらの人間とは違う…好き勝手出来るだけの金も力もある。そうだろ?」
「そうね…心配するだけ無駄だったわ」
いちゃつく様に絡み合いながらそうやって話していると、他の仲間たちが続々と部屋に入って来た。二人は意に介することなく見せつけていたが、揃って立ち上がると仲間たちの元へ向かって行った。
――――レギオン内部にあるトレーニングエリアでは、イナバがサミュエルに殴り倒されていた。
「ハァ…ハァ…」
上体を起こそうとした直後、近づかれていたサミュエルが腹に目掛けて膝を入れる。鈍い痛みと押しつぶされそうな圧迫感が一気に襲いかかった。
「すぐに起き上らないからこうやって追い討ちを食らうんだ」
淡々と解説するサミュエルは、イナバの服の襟を掴んで力ずくで起き上らせる。吐き気や苦しさを抑えながらイナバは再び構えを取って連続でパンチを仕掛けるが払い落とされ、ついには腕を掴まれて封じられる。そのまま一本背負いを食らい、再び地べたで悶える羽目になってしまった。
「…分かるか?武装形成が使えないとなった途端にクラスCの俺にすら手も足も出せなくなる。同程度の身体能力を持っているにも拘らずだ。何度も言うようだが、少しでも早くお前は実戦に耐えうるだけの技術を体で覚えなきゃならない。きついだろうが、恨まないでくれよ」
「任せてください」などと啖呵を切ったが、なぜこんな仕事を引き受けてしまったのかとイナバは改めて後悔した。ディープバレーパーク前での戦いが終わってからというもの、この地獄の様な特訓が連日続いていた。戦闘訓練が終わればフランクやキースからアマルガムや未確認生命体に関する知識を教え込まれ、レイやマルコム、ヘンリーからは装備の使い方を教わる。栄養補給さえすれば疲労や肉体の損傷を回復できるアマルガムとしての能力も今となっては恨めしく感じてしまう程であった。しかし、仕事を引き受けた以上はやり遂げなければならないという使命感と、辞めるなどと言おうものならどうなるか分からないという不安が、不思議とこの生活を持続させてくれた。
訓練漬けの生活に慣れ始め、久々に休日となった日の朝であった。イナバが自室の机に置いていたデスクトップ端末を開くと、口座への振り込みに関する通知が来ていた。開いてみると、そこには給与明細も添付されていたが、イナバは一瞬思考が停止してしまう。
「二百万コズ…?」
イナバはそんなわけはないと何度も見返してみるが、やはり桁の数え間違いなどはなかった。
『おはようございます…ってあれ?イナバさん、どうかしました?」
「キッド、この明細の額って何かの間違いじゃないのか?」
端末からキッドを呼び出したイナバは、不思議そうにするキッドに問いかけた。
『調べてみますね…ああ、初任給ですから少し減らされているみたいです。でも、しばらくすれば――」
「そうじゃなくて、こんなに貰えるのか!?」
『ええと…そうですね。マルコムさんやヘンリーさんは命がけの仕事なんだからもっと欲しいくらいだってよく愚痴を言いますけど」
キッドから質問の答えが返ってくると、イナバは押し黙った。二百万コズという額は、スーパーでバイトとして働いていた頃の自分の年収とほぼ同額である。それをたった一か月で賄えてしまうという事実が彼を唖然とさせた。税金を取られても余裕で生活できる金額など久しぶりに見た気がしたイナバは、妙に活力が湧いてくるのを感じる。
落ち着かない様子で部屋を出たイナバは、朝食を取ろうと食堂へ向かった。何を食べようかと考えていた時、不意に後ろから声が聞こえる。なぜかアロハシャツを着ているフランクが歩いて来ていた。
「やあ、君も休みだったか!」
機嫌のいいフランクと共に食事を選んだ後に同じテーブルに着くと、イナバの持つ能力についての話題を彼から切り出される。
「イナバ、君の武装形成だが名前を付けることにした」
「名前?」
「ああ。それぞれの形態に名前があれば、指示が出しやすいとキースに言われてね」
ソテーの付け合わせについていたブロッコリーを皿の隅にやりながらイナバがフランクと話をしている最中に、レイも食堂へやってきた。
「おはよ。何話してるの?」
レイが二人の向かいに座ると、武装形成で使う形態の名前を決めあぐねている事をイナバは伝えた。
「難しく考えずにシンプルで良いんじゃない?」
レイがサンドイッチを頬張りながらアドバイスをすると、フランクも一理あると同意した。最終的に拳をブロウラーの外殻の様なものでで覆った形態を「フィスト」、両腕を剣状に変形させた姿を「ソード」と命名する。そして三人で食事の続きをしようとした時であった。辺りに警報が鳴り響き、アナウンスでアマルガムの出現を告げられる。
「アマルガムが…?」
「とにかく急ぎましょう。じゃあねフランク」
レイとイナバは食べ終わった食器を片付けて大急ぎで自分達のオフィスへと向かう。既にエマやキース達が待機しており、真剣な表情で二人を見た。
「現地からの映像も確認済み、間違いない。分かっているだけでもクラスAの個体が一体、その他が二体。イナバ、サムと一緒に対処に向かってくれ。レイは他の奴らと同じように格納庫で待機だ」
「了解です」
「分かりました」
イナバは格納庫に向かいながら纏っていたジャージを戦闘服へと替えて、レイと共に格納庫へ向かう。整備班からヘルメットを渡された際に「頑張れよ」と声を掛けられながらサミュエルと合流した。
「もし奴らを見つけたら躊躇うな、たとえ命乞いをされてもだ。俺達がやろうとしてるのは害虫駆除、相手は喋る害虫とでも思え。いいか?」
「ああ、分かってる」
『ゲートが開きました。お二人とも気を付けてください!」
キッドから出発の許可が下りたことを伝えられると、サミュエルとイナバは一斉に駆け出し、ターゲットの現れたギークリースタジアムへと急いだ。
「さあ、頼むぞ二人とも。平和ボケした市民と不届きなアマルガムに力を見せつけてやれ!」
「…もう何度も言ってるが、ここは俺達のオフィスであんたの部屋は此処じゃないだろ?」
「そんな固い事言わんでくれ、寂しいんだ」
いつ間にかいたハンクがカメラ越しの映像を見ながらはしゃいでいると、キースが呆れた様に注意をする。ハンクは少し落ち込んだように言い返した後も部屋に居座ってモニターの映像を眺めていた。
――――様々な催し物やスポーツの試合などで使われるギークリースタジアム付近の広場では、逃げ惑う市民やどうにか対処しようとする警察官、そして彼らの前に立ちはだかる三体のアマルガムがいた。顔がバレない様に覆面を身に付け、目に入った市民や警官を片っ端から攻撃していく。
「おい、ジェイソン。殺すんじゃないぞ、暴れるだけだ」
「分かってるよー」
警官達は拳銃で応戦しようとするが、成す術も無く倒されていく。行動を共にしていた新人警官は恐怖のあまりその場から逃走しようとしたが、ジェイソンと呼ばれていた一体のアマルガムが変形している右腕を彼の方へ向けると、まるで獲物に狙いを定めた蛇の様に驚異的な速さで伸びていく。そのまま足に巻き付き、宙づりにしたまま自分の元へと引き寄せた。
「み…見逃してくれ…」
「さ~て、どうしてやろうかな?」
「ジェイソン、避けろ!」
「ん?」
ジェイソンが泣きそうになっている警官を揶揄っていた時、近くにいた仲間の一人が叫んだ。気配を感じたジェイソンが右を向いた瞬間、彼の目に写っていたのはタクティカルブーツの靴底であった。マズいと思った頃にはそれが顔面にめり込み、大きく吹き飛ばされた後に自販機に叩きつけられ、自販機を破壊してしまった。ジェイソンが腕から手放した警官をキャッチしたイナバは、彼を開放して救急車を呼ぶように指示をする。
「な、なんだてめぇ!」
「おっと、後ろに気を付けなよ」
慌てふためく他のアマルガム達にイナバが注意するものの、背後に回り込んでいたサミュエルが片方の首を刀で跳ね飛ばし、すかさずもう一人の首根っこを掴むとそのままへし折った。破壊された自販機からジェイソンが起き上がった頃には、自分の仲間がヘルメットで顔を覆われた兵士の一人に吸収されてしまっていた。
「いきなり塀を飛び越えていくから何事かと思ったぞ」
「キッドに頼んで監視カメラの映像を送ってもらった。だから場所的に不意打ち出来そうだと思って」
「なるほどな」
そんなやり取りをしていた二人が、自分に気づいたらしくこちらに向かってきた。
「ちくしょう!」
捨て台詞を残しながら逃げ出したジェイソンを二人は追いかける。付近の交差点に差し掛かった時、逃げていたジェイソンは右側の道路からバスがクラクションを鳴らして向かっている事に気づいた。ニヤリと笑い、拳銃を取り出してからタイヤへ向かって数発程発砲する。タイヤが破裂し、ブレーキやハンドルが利かなくなったのか、バスは滑る様にしながら歩行者が待っている歩道へと突っ込みそうになる。逃げ惑う人々に揉まれ、子供が倒れて動けなくなっているのを先行して追いかけていたイナバは目撃した。
「マズい…!!」
イナバは咄嗟にバスの前に立ってどうにか受け止めようとする。凄まじい衝撃が体に伝わるが、何とか踏ん張ろうとバスを肩や胸で押しつつも、ソード形態へと変形してから両腕の剣を地面に突き刺した。突き刺さった剣が地面を抉り、バスは歩道へと突き進んでいたが、やがて完全に動かなくなった。
「サ…ああ違ったスサノオ、奴を頼む!」
「分かった。任せておけ!」
通信でサムに連絡を取ってから、イナバは周囲に被害が出てないかを確認する。背後で転んでしまって泣いている少女を見つけると、彼女の元へ駆け寄って優しく起こした。もし止められなかったのならこの子はどうなっていただろうかと一瞬想像してしまい、身震いをしたくなった。
「大丈夫だった?」
「う、うん」
イナバが少女に話しかけると、狼狽えながら少女は返事をした。安心した様にイナバは少し頭を撫でてから周囲の無事が分かると、次はバスの中に入る。力ずくでドアをこじ開けて中に入ると、急にバスが止まってしまったせいで乗客達が軽いパニックになっているらしく、おしくらまんじゅうの様になっていた。
「皆さん落ち着いて!怪我をした方や体調に異常がある方はいますか?」
イナバが大声で呼びかけると、乗客達は周囲の様子を伺った。やがて打撲や体を痛めてしまった事を訴えかける者達がいると分かり、安静にするように伝えてからイナバはエマに連絡をして救急の手配をする。
バスから降りると、周囲からはどよめきが聞こえた。
「あれって確かニュースに出てたアマルガムじゃない?」
「レギオンが飼ってる化け物だ…」
「何があったんだ一体?」
化け物扱いには少し腹が立ったものの、先程起こしてあげた少女が親だと思われる一組の男女に抱きしめられているのが分かると、イナバはホッとしながらその場を後にする。
「本当に良かった…!」
「あのね、あのヘルメットのお兄さんが助けてくれたの」
「彼がか…」
娘の無事を喜んでいた両親は、彼女の語る体験談に少し驚きつつも、指をさす方向へ走り去って行く人影に心の中で感謝をした。
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