第9話 不釣り合い

「ダウンディス地区か、そりゃまた随分と粗末な場所に住んでたな」


 荷解きが終わって寮からレギオン本社へ向かっている最中にヘンリーはイナバに行った。


「あの辺って未だにビジター用の防衛機能を取り付けてない建物がかなり残ってるって聞いたわよ…治安もあんまり良くないって話らしいじゃない」

「でも、金はかからない」


 自分がこれまで住んでいたオンボロなアパートが存在するエリアにまつわる噂をレイが話していたが、イナバは数少ないメリットを挙げて反論した。二人は呆れた様に首を振る。


「それはそうだが…よほど困窮してない限り、まずあんな場所は候補に入れない。仕事はしてたんだろ?」

「フリーターだったよ。まあ、すぐに辞めさせられることが多かったけど…揉め事を起こすか、『アンドロイドを導入するからもう来なくて良い』なんて言われたり」

「単純な作業させるだけなら、初期投資は掛かるけど後になって得するものね…」


 イナバが経歴について語り出すと、周囲は段々と同情気味に彼を見始めた。対照的にイナバは気づいていないのか楽観的に喋り続ける。アマルガムになってしまったせいで、厄介事に巻き込まれ始めているという部分に関しては薄々勘付いてはいたが、生活を心配する必要がない環境が手に入った事が何より嬉しかった。それに、今なら力で何とでもできそうだという自信さえもある。


「イナバ、さっき連絡が入っててな。この後は研究棟に向かうぞ。フランクのやつが、色々と話をしてくれるらしい」

「分かりました」


 キースが腕輪型の端末を弄りながらイナバにスケジュールを伝えた。イナバも今度は敬語で彼に返事をする。再び研究棟を一同が訪れると、なぜか分からないが上機嫌になっているフランクが出迎えた。


「来てくれてありがとう。さてイナバ、君にはこの仕事をする上で重要になるビジターこと未確認生命体、そしてアマルガムについて僕から解説をさせてもらう」

「手短に頼むよ、朝から何も食ってないんだ」


 フランクが語り出す前に、ヘンリーが少々急かした。「勿論だとも」と言いながら、フランクはモニターを起動してから映像と共に解説を始める。


「まずは未確認生命体についてだ。メディアでも散々語られている事だが、最初にその存在が確認されたのは三十年前、ホールの出現と共に認知されることになった。その後、ホールに関する事件が増加していくにつれて様々な機関が調査に取り掛かったんだ」


 モニターには世界で最初にホールの存在が明らかになったとされる「ノーモント事件」に関する映像の一部始終が流れていた。フランクが映像を切ると、次に写し出されたのはコンピュータ・グラフィックによって描かれているホールや未確認生命体達の図である。


「ホールの発生した原因や仕組みについては残念ながら未だに分かっていない部分が多い。だが、未確認生命体達については近年になって多くの事が判明した。最大の特徴はコミュニケーションの取り方にある。電動義手の操作方法は知ってるかい?特殊な装置を用いて脳波を検知して意思通りに動かすというタイプの物があるが、なんと彼らは、我々が道具を用いらなければ察知する事が出来ない脳波を体にある耳や脳に該当する器官で感じ取る事が出来るらしい。それによって一部の個体の命令を聞いたりしているんだ」


 モニターを指でなぞりながらフランクは彼らの生物的特徴について触れる。


「このコミュニケーションの恐ろしい所はその速さ。例えば人間が他者と連携をする場合、言語を通して相手に伝え、その言葉の意味を脳で理解し、ようやく脳が体に指令を送るというプロセスが一般的だ。ところが未確認生命体達は言語を使い、脳でその意味を理解するというプロセスを省く事が出来る。応じてさえくれれば別の個体であろうと自分の体の一部の様に迅速に連携が取れるんだ」


 ここまで言うと、フランクはイナバが話についていけているかを確認するため、一度彼の方を見たが表情から問題が無さそうだと分かると、再び話を続けた。


「未確認生命体達はもしかすれば、違う次元からやってきた人間とは異なる進化を遂げた生物である可能性も否定できない。だから来訪者という意味を込めて”ビジター”と僕たちは呼んでいるんだ。もっと詳しい調査を進めなければならないところだが…今のトレンドはそこじゃない。君だよ。君のような”アマルガム”と呼ばれる存在が大いに注目を集めているんだ」


 話題が未確認生命体からアマルガムへと移り始めると、フランクが指をさしながらイナバに言った。


「人間でありながらビジターの力を持つ存在…それがアマルガムだ。大半は後天的な原因によって生まれるらしいけど、決して確率自体は高くない…おまけに個体によって能力にも差がある」

「差…?もしかして、この間言っていたクラスAがどうとかっていうのがそれなのか?」


 フランクの言葉に対してイナバが尋ねると、良い質問だと言う様にフランクは指を鳴らした。


「ああ。アマルガムは使用できる特性の種類によって危険度としての意味合いを持つランクを付けられる。一番多いのはクラスD、わずかに身体能力が向上している存在だ。次にクラスC、Dとは比べ物にならない程に肉体が強化されて、肉体の治癒能力も少し向上している。クラスBはそれに加えて、コンシューミングと呼ばれる触れた物を栄養として吸収できる力を持つ。そしてクラスA。吸収するだけでなく、限度はあるが吸収した生物や物の特性を使う事が出来る力を持つんだ。武装形成はまさしくその最たる例。肉体を構成する粒子を操り、吸収した生物の持つ特徴を基に武装として肉体を再構築してしまう」

「じゃあ、つまり…俺はクラスAって事か?」


 他より優れているという優越感からか、イナバは少し高揚を顔に出しながらフランクに聞いた。ところがフランクは首を横に振って不正解だと告げる。


「アマルガムに変異する確率自体は少ないが、上位クラスに至ってはさらに確率が絞られる。それでもクラスAが武装形成で扱えるようになる形態というのは一つだけなんだ。大概は最初に吸収したビジターの力を受け継ぐことになる…が、ごく稀に複数の形態を発現させられる存在がいる。”マルチ・ホルダー”と我々は呼んでいる存在だ」


 フランクが真面目にそう言うと、ハッとした様に全員がイナバを見た。


「映像を見させてもらった…二つも形態を持てるのなら間違いなく該当している事になるな。放って置けば最も恐れられている『クラスS』にさえなってしまう可能性を秘めている。本来ならすぐにでも駆除されるんだが…今回はボスの提案もあるしな」


 駆除という冷徹かつ殺伐とした言葉が飛び出た時、イナバは動悸が激しくなったような気がしたが、既に殺すつもりが無さそうだと分かってからは心の中で安堵した。


「クラスSっていうのは?」

「アマルガムの中でもコードネームが付けられている程に危険視されている特殊な個体だ。大体はお前と同じマルチ・ホルダー…このスカーグレイブにもそいつによってコミュニティが作られているって噂もある」


 イナバの疑問に対してすかさずヘンリーが答えた。


「君の成長速度は、明らかにデータに残っているアマルガム達とは比べ物にならない。だからボスは期待しているんだ。とにかく―――」


 フランクが言いかけた直後、ブザーがあちこちでけたたましく鳴り響いた。やがて業務連絡によってホールの出現が伝えられると、キースの元へ連絡が届く。


「ディープバレーパーク前、北方面だ。何人か連れて急行してほしい。現場の指揮はお前に任せた…だがイナバも連れて行け。念のため警察には話を通してある。『状況によっては、うちの新しい戦力を投入する可能性がある』とな」

「了解だ」


 キースは連絡を終えると、イナバとレイに準備をするように指示を出した。そして再び端末で誰かと話をした後にフランクに軽く挨拶をしてから出ようとする。


「待ってくれ !イナバ、戦闘服が完成しているから持っていくんだ。アマルガム専用だぞ」


 フランクはそう言うと、研究員たちに頼んで二つのアタッシュケースを持ってこさせた。どちらも鈍い光を放ち、頑丈そうであったが大きさが少々違っていた。イナバは両腕で二つを掴むとキース達と共に地下の格納庫へと向かう。


 格納庫についたイナバは、着替えをするために急ぎ足で更衣室へと向かう。誰も見ていない無い事が分かると、家でやった時と同じように服を消して見せた。下着だけの姿になったことを確認すると、アタッシュケースを開けて中身を取り出した。黒と灰色を基調とした迷彩柄であり、関節部にはパッドも備わっている。上着の胴体部分にはボディアーマーとして装甲が取り付けられているが、動きを邪魔しないようにするためか、使用は最小限にとどめられていた。何より目を引くのは胸の真ん中、ちょうどファスナーが通る場所に大きく描かれているレギオンのシンボルである。


「俺が着るって分かってたら言わなかったのにな…」


 この間フランクが悩んでいたのは、この戦闘服のデザインだったのかとようやく理解したイナバは、溜息交じりに用意された装備を身に付けていく。グローブやブーツも身に付けてから近くに置いてあった姿鏡で確認をしてみると、イナバは少々恥ずかしくなった。おおよそ修羅場らしいものを経験していない人間に似合うような代物では無かったのである。少し暑苦しく感じ、袖を捲りながらアタッシュケースの元へ再び近づくと、キースも身に付けていた腕輪型の端末に通信が入っていた。


「やあ、気に入ってもらえたかな ?」

「着心地は悪くない」

「よしよし。今通信しているその端末はレギオンが支給しているものだ。君の様にアマルガムが使う物には、警察が試験的に配備している未確認生命体用探知機「オウルアイ」に対して君の肉体が反応しないように周囲に特殊な電磁波を張ってくれる。これで普段も街を歩こうが問題ないってわけさ」


 フランクの解説を聞きながら、イナバは端末を腕に取り付けた。


「さて、もう一つのケースは見たかい ?きっと驚くぞ」


 フランクに唆されてイナバが残りのケースを開けると、分厚いクッションに守られているヘルメットがあった。フルフェイスであり、無骨かつ直線的なデザインが特徴である。被ってみると何かが起動するような音が鳴り、ガラス部分に様々なインターフェイスが視界の邪魔をしない程度に現れた。


『初めましてイナバさん !』


 妙に和やかで可愛げのある声が耳元から聞こえてくる。


「これは…?」

『申し遅れました。私、レギオンのサーバー管理及び戦闘時のサポートを行っているナビゲーションAIのキッドです。これからよろしくお願いしますね」

「わ、分かった…よろしくなキッド」


 あまり馴染みのない話し相手に困惑したイナバだったが気を取り直して挨拶をすると、フランクが満足そうに連絡を入れた。


「凄いもんだろう ?このヘルメット一つで防具や使用者のプライバシー保護、戦闘のサポートまで行ってくれるんだ。さあ、皆も待ってるだろうから早速向かってくれ」


 イナバが更衣室から出てくると、キース達もイナバが来ている物とは違う戦闘服に身を包んで待っていた。


「中々似合ってるじゃん」

「そうか?…ってあんたはヘルメットとかいらないのか?」

「ああ、通信機からでもキッドには話しかけられるし、別にいいかなって」


 レイがイナバを褒めると、照れくさそうに視線を逸らしながらイナバは礼を言った。二人で装備について語り合っていた時、キースの元に近づいてくる人影があった。


「悪いなサム、わざわざ指名して」

「構わない。お前が新入りか」

「ジン・イナバ…よろしく」


 オフィスで見かけた長髪の男性は鋭い目つきのままイナバに近づいた。少々気圧されながらもイナバが返事をして手を差し出すと、男性は軽く握り返した。


「サミュエル・イェーガー。サムで良い…お前と同じアマルガムだ。もっとも、俺のクラスはCだがな」


 突如そう告げたサムをイナバは驚いたように見つめるが、キースからすぐに出発すると伝えられ、慌てて用意されていた車両に乗り込み現場へと向かった。


「イナバ、アマルガムとしてのお前のコードネームが決まったぞ」


 キースが乗り込んだ際にイナバに言った。


「”アレス”。昔の神話に出てくる戦いの神の名前だ」

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