第7話 新人研修

 張り詰めていた緊張が解け、ヘンリーやナーシャが自己紹介をイナバにしていた直後、ドアが開いて一人の女性が入って来た。


「やっほ」


 金髪の髪をなびかせて入って来た褐色肌の女性は、そんな軽い挨拶をしながら自分の席に少々派手な色のリュックサックを置くと、イナバの元へ歩いてくる。薄っすらとボディラインが分かりそうなTシャツを着ていたが、ズボンは迷彩柄の物騒な代物を穿いていた。


「もしかして、話はもう終わった ?」

「今から面接だよ…まあ、採用はほぼ確定だがな」

「そっか…私はレイ・ウィルバート。よろしくね新人君」


 ハンクが微笑みながら言うと、レイは少し安堵した様にイナバに近づいて自己紹介をする。少しいい匂いがした。


「さて、面接を始めるとしよう。といっても君の情報は大体調べてあるがね…ジン・イナバ25歳、出身地はナインビータウン。ここから少し離れた田舎だな。地元の高校卒業後、すぐにスカーグレイブへ来たという事で合ってるかな?」

「ああ」

「よろしい。仕事には恵まれなかったみたいだな…東ゲートウェイ付近の商店で店員として働いていたが、トラブルが原因で客と傷害沙汰に。責任を取る羽目になってリストラ…と。何か間違いがあったら言ってくれ」

「…特には」


 傷害については、厳密に言えば過剰防衛である。酔っぱらっていた男性客が、店内にいた女性客へセクハラをしていた事に対して注意したところ口論になり、殴りかかって来た相手に反撃をした。その結果怪我を負わせてしまい、今に至るのであった。


「まあ、大丈夫だろう」


 ハンクはずっと眺めていたタブレットを机に置くと、改めてイナバを見た。


「お前に所属してもらうのは、未確認生命体…ああ、俺達の界隈では”ビジター”と呼んでいる化け物の相手をすることが多いチームでな。主な業務はホールやそれに乗じて出現するビジター達への対処、そして君の様なアマルガムが引き起こす犯罪への対策だ。対ビジター強襲部隊…『CVATシー・ヴァット』と我々は呼んでいる。このレギオンでもトップクラスの精鋭たちだぞ。そして、君が今いるこの場所は彼らのオフィス。お気づきだろうが、今この部屋にいる連中はもれなく全員がそのメンバーだ」


 両腕を広げながら語るハンクに釣られて、イナバが辺りを見回すと、ヘンリーを始めとした他の者達は妙に得意気な顔をしていた。「トップクラスの精鋭達」という部分がよほど嬉しかったのだろうとイナバは考える。


「まあ生憎だが、出払ったり休暇を取っているメンバーが今は多くてね。もうすぐ帰ってくる頃だ」

「仕事は分かった。それで、俺は何をすればいい ?」


 ハンクの話が落ち着くと、ようやくイナバは質問を切り出す事が出来た。ハンクはそれも当然説明するつもりだと言って、コーヒーを飲みながら話を続ける。


「曲者揃いなうちの中でも君はさらに特殊なポジションになる…簡単に言えば、戦局を左右する切り札になって欲しいんだ」

「切り札 ?」

「つまりは最終兵器さ。通常業務だけじゃなく他のメンバーでは手に余り、どうしようもないという戦いや任務を行ってもらう。特殊作戦要員とでも言うべきか」


 ハンクが説明をしている最中、再び扉が開く。今度は中々の大所帯が部屋に入って来た。その全員が物珍しそうに見慣れない青年を見ながら、ハンクに報告をする。


「ハンク、任務は終わったが…こいつは ?」

「御苦労さん。報告を聞く前に紹介させてもらおう。新入りのイナバだ…アマルガムの」

「捕獲したアマルガムって…こいつがか?」


 スキンヘッドの男性がハンクに尋ねると、彼は勝手にイナバの事について説明をする。一方で、彼の後ろにいた大柄な黒人の男性は信じられないという風に言った。眼鏡を掛けた小柄な女性と、彼女の隣にいた鋭い目つきをしている白い肌の女性も信じられないとでも言いたげな視線をイナバに送る。イナバは少し気まずそうに目を逸らした。


 目を逸らした先には、いつの間にいたのかは知らないが黒い長髪を持つ男がデスクに座って緑茶を淹れていた。こちらの事を気に掛ける素振りも見せずに呑気に茶を啜っており、どこか不思議で冷たい雰囲気を持っている。


 直後、コンピュータの方に外部からの連絡が入った。ナーシャが応答し、暫く会話をした後に連絡を切ると全員の方を見た。


「ホールが出現したらしい。場所はディープバレーパーク、池の付近だ」


 ナーシャは説明をしながら部屋の中央にあるホログラムディスプレイに街の地図を映し出しながら説明をする。すぐに向かおうとする一同だったが、ハンクが突如全員を呼び止めた。


「全員、今回は待機だ。口で言うより見せた方が早いだろうからな…新入り、頼めるか ?」

「はぁ!?」


 その場にいた全員が困惑した様な声を上げる。言わずもがなイナバも戸惑いを隠さず顔に出すと、ハンクは悪びれもせずに続けた。


「まあまあ…お前達もお手並みとやらが気になるだろう?今回はいわば新人のための実地訓練ってやつだ。念のために出動できる準備だけはしておいてくれ。ええと…あったあった…イナバ、これを付けていけ。連絡用のカメラ付き通信機とこれだ」

「…これは?」


 通信機と共に手渡されたホッケーマスクを怪訝そうに見ながらイナバは聞いた。


「ほら、プライバシーを守るためだよ。外を出歩けなくなるよりはいいだろう?手錠は外してやるが、代わりとして首にこれを付けろ。爆破装置付きの首輪だ…本来は捕獲した未確認生命体に使う物なんだがな」


 拒否権は無さそうだと悟り、イナバは大人しくそれらを身に付ける。ラフな服装と不釣り合いなマスクを身に付けて、耳に通信機を装着するとナーシャのデスクにあるモニターに映像が表示された。ナーシャはすぐにその映像を大型のモニターに映し出す。

 

「準備万端だな。じゃあ、行ってくれ。健闘を祈るぞ」

「行ってくれって…車とか貸してくれないのか?」

「この状況じゃ走った方が早いだろう。少なくとも君の場合は」


 イナバが送り迎えが無い事に愚痴をこぼすとハンクにそう返されてしまい、諦めた様に部屋を出て行った。建物を出てからすぐさま道路を走って行くが、なるべくは民間人の迷惑にならないように努力はした。道行く人々や車に乗っている運転手達は何事かと疾走する人影を見送るばかりであった。


「新入り、気を付けるんだ。そこからは車や人通りも激しい。周りを巻き込むなよ」


 街に入るとナーシャから連絡が入った。了解と返事をしてから、人々や車を飛び越えつつイナバはスカーグレイブの街を疾走する。やがて、警察によって封鎖されている区域へ差し掛かる。案の定ではあったが恐ろしい速度で走って来る異常者を前に、警官達は思わず持っていた銃を構える。


「と、止まれ !」


 警官達の制止を無視してイナバはバリケードごと飛び越えてディープバレーパークへ向かう。ディープバレーパークは街の南方に位置している巨大な公園である。人工的に植えられた木々が生い茂り、アクティビティを楽しめる専用の区画も存在する住民達の憩いの場となっていたが、今日に限ってはもぬけの殻であった。パークの中央一帯に存在する池のほとりにはカフェがあったのだが、店の目の前にはホールが出現し、おどろおどろしい雰囲気を放っていた。


「何でよりにもよってうちの前なのよ…」


 念のために備えておいた鉄製のシャッターを全て降ろした後に、オーナーである女性は愚痴を言いながら状況を調べようとニュースサイトの中継を確認する。ホールからとうとう未確認生命体達が現れているらしかったが、ドローンからのカメラが突如ホールに近づいている謎の人物を映し始めた。


「馬鹿なのコイツ ?」


 オーナーはホッケーマスクを被ったその人物に呆れつつ、なるべく物音を立てないように事態が収まるのを待ち続ける。


 一方で、ようやく到着したイナバはホールから出現する未確認生命体達を凝視する。この間見たものとは違う血走った目と細く引き締まった体が特徴的な個体であった。


「そいつはリッパー、巧みなチームワークを武器に襲って来る。手から生えてる爪は人間の肉や安物の防衛用シャッター程度なら切断してしまう切れ味だ。くれぐれも注意してくれ」

「もう分かってると思うが、相手は人間じゃない。躊躇わずに殺すんだ。民間人に被害が及ぶ前にな」

「分かった…忠告どうも」


 わざわざ親切に教えてくれたナーシャとハンクに礼を言うと、イナバは以前の戦いを思い出しながら、拳に鎧を纏わせるようイメージをする。手から発現した粒子が少し付近に舞った後、腕に附着していった。粒子達が消え、鋼のように変貌した両腕が露になると、イナバは拳を握って具合を確かめた。敵の数はおよそ両手で数える程度であり、気を引き締めつつ彼らの元へ歩いていく。


「まとめてかかって来い」


 イナバがそう言うと、リッパー達は一斉にイナバへ向かって行った。飛び掛かろうとした一体を躱そうとしたが、背中に鋭い痛みが走った。いつの間にか背後に回り込まれていたらしく、別のリッパーによって背中を切り裂かれていたのである。後方に気を取られてしまったイナバは、そのまま前方から来ていたリッパー達の攻撃を思い切り食らってしまう。腹に爪を突き立てられ、肩や首筋に噛みつかれたイナバは一歩も動けずに立ち尽くしていた。


 体のあちこちから滴っている血液を口に入れようと、リッパー達は食らいついて離れようとしなかった…獲物である人間が反撃しようとしている事にも気づかずに。首筋に噛みついていたリッパーは突如すさまじい握力で首を絞めつけられた。息苦しさや痛みのあまり口を離した刹那、獲物である人間が仮面越しに殺意の籠った目でこちらを睨みつけている事に気づいた。


 首を掴まれたリッパーは、顔を一発殴られてからそのまま路上に叩きつけられた。地面が陥没し、顔から体液が溢れ出る。殴る際に腕を振り回したせいで肩などに噛みついていた他のリッパー達も振り払われてしまった。だが中には、本能的に危険を察知し、自分から離れた者もいた。


「痛ってぇ~…!」


 イナバは呻きながら、近くで倒れたままにリッパーをトドメと言わんばかりに踏みつけた。再び粒子が肉体から現れ、リッパーを包んで体に吸収させると、傷が修復され、出血も治まったが、ふと腕に妙な違和感を感じる。イナバがあの時と同じだと思っていると、粒子達が腕を勝手に変形させていった。


「これって…」


 鎧の様な外殻が取り払われ、グロテスクな筋繊維が露になっていたが特に目を引いたのは細身の刀の様に変貌している自身の腕先であった。鋭利そうな見た目に加え素手の状態と比較してリーチも長くなっている。リッパーの一体がようやく襲い掛かってくると、イナバは右腕の刀身を振りかざした。飛び掛かったリッパーは頭から刃に当たり、真っ二つになると色々な物をぶちまけながら動かなくなる。


「何だと⁉」

「マルチ・ホルダーだったか…!」


 オフィスからイナバのカメラ越しに状況を見ていたナーシャとハンク達は驚愕した。次々と襲い掛かって来る群れを、新たに手に入れた力で斬り殺し、串刺しにしていくイナバの姿を地下の車庫で待機中だった白い肌の女性や黒人の男性は絶句しながらモニターを通して見ていた。


 結局、ホールからさらに現れた援軍達も斬り伏せてようやく戦いが終わった。


「ハァ…ハァ…終わった」

「付近に他のビジターの反応も無い様だな。問題無さそうだ…イナバ、帰投してくれ。場所は覚えてるよな?」


 ホールもすっかり消失してしまった事で安心し、イナバが一息入れいている最中にハンクから連絡が入った。適当に返事を済ませてから、イナバはゆっくりとその場を立ち去って行く。パークから少し離れているビルの屋上からその様子を眺めている影があった。


「ふ~ん、面白そう」


 双眼鏡から目を離しながら赤毛の少女はそう呟いて、腕に付けていた端末で誰かと連絡を取り始めた。

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