第3話 ただいま逃走中

 スカーグレイブ郊外の緑地に建てられている施設は、閑散としており人気が無かった。要人警護や戦地への傭兵派遣、そして未確認生命体への対処及び研究など多岐にわたる分野で活動を行う民間軍事会社「レギオン」の拠点であるとは、言われなければ気づかない程に平和かつ呑気な雰囲気に包まれている。施設内にあるオフィスでは窓から見える暗い海を眺めながら、懐かしさの漂うフォークミュージックを流している初老の男性がいた。レギオンの代表、ハンク・スペクターである。


「…暇だな」


 そんな事を呟いていると、机に座ってモニターを眺めている職員の一人が彼を見た。派手な髪型をしているその職員は、苦笑いを浮かべながら男を見たが、すぐにモニターに視線を戻す。


「こんな時間ですからね…まあ市民にとっては願ったり叶ったりですよきっと」


 職員はそう言いながら、施設の監視カメラを切り替えてふざけていた。


「その代わり臨時収入は無いんだぞ…どいつもこいつも出払っちまうわ、夜勤はしたがらないわ…ナーシャ、何か面白い話無いか?」

「無茶振りしないでくださいよ」


 ハンクからの無茶振りにナーシャが困っていると、市街局番から連絡が入った。スカーグレイブからである。一瞬で顔つきが変わり、すぐさまモニターを操作して応答を始めた。


「レギオンです。ご用件は?」

「こちらスカーグレイブ市警、暴行事件が発生。容疑者が逃走中だが、そちらから借りている探知機に反応があった。擬態能力を持つ未確認生命体、もしくはアマルガムである可能性あり。至急応援を求む」


 アマルガムという言葉に二人は反応し、すぐに向かわせると伝えてから通信を終えた。


「ボス、どうしましょう?」


 ナーシャは所属している兵士達をモニターで検索し、動けそうな者達をリストアップしていきながら尋ねた。


「今日の夜勤担当は誰だ?」

「二人です。ヘンリー・ショウとレイ・ウィルバート」

「すぐに連絡をして出動させろ」

「了解」


 ――――数十分後、地下の車庫にて二人の人物がいた。肉体への衝撃に耐えられるようにボディアーマーも兼ねた戦闘服を身に纏い、装備の確認をしつつ雑談を繰り広げている。


「何でこういう日に限って事件が起きるんだ…ったく」

「文句言ってる暇あるならさっさと仕度して。それを承知で引き受けたんでしょ?」


 先に準備を終えた褐色肌の女性は拳銃をホルスターに仕舞い、アサルトライフルをスリングで背中に担ぎながら、バイクのエンジンを起動した。一方で白髪交じりの男性は強化外骨格で体を覆っている。両腕に装着された射出型フックや短機関銃、背中に装備している大振りなマチェットの確認を行っていた。


「罰ゲームで引き受けただけだ…本当なら今頃街で飲んでたよ…」


 男性はそうやって愚痴をこぼしながら準備を終えると、気合を入れるために深呼吸をした。重い上に窮屈な外骨格を早く外してしまいたいと思いながら、地上への入り口に続く坂道の前で待機する。


「二人とも、一応話をしたが改めて確認。目的は標的がアマルガムかそうじゃないかで変わってくる。ただの酔っ払いや薬物中毒者なら鎮圧して終わり。ただ、もしアマルガムである場合は…装備と一緒に支給している麻酔薬の出番だ。それを使ってこっちまで運ぶ。いいね?」

「勿論」

「はいよ」


 耳に装着している小型のカメラを備えた通信機を通してナーシャから任務を伝えられると、二人はすぐに返事をした。


「気を付けろ…特にヘンリー。この間、捕獲しろと言ったはずの標的を殺したのは忘れてないからな」

「分かってるよ。いちいち五月蠅いな…そんなこと言うならレイだってこないだしくじっただろ !」


 ヘンリーがそうやって以前の話を持ち出すと、白髪交じりの男性は怪訝そうに女性を指差しながら言った。


「アレは事故よ」

「下手な言い訳だな」

「無駄話してないでさっさと行け !」


 言い訳をするレイとそれに文句を言うヘンリーに対して、ハンクは出動を促した。ゲートが開くと、レイはバイクを走らせ、ヘンリーは外骨格の身体強化機能を利用して驚異的な速度で走り、彼女の後を追いかけていった。



 ――――街の中を行き交う人々を押しのけながら、イナバはひたすら警察官から逃げ続けていた。


(逃がすかよ…これでも学生時代は百メートル十一秒台だったんだぜ)


 警官はそんな自慢を心の中でしながら目の前の容疑者に食らいつこうと追いかけた。次第に距離が離れている様な気がしていたが、工事中の道路へと差し掛かると、ようやく追いかけっこが終わると思い安堵した。


 地下の設備の点検のためか道路が封鎖されており、イナバは慌てて周囲を確認する。すると右手に柵がある事に気づいた。その向こうにあるのはディープバレーパークという名の公園である。柵を越えるためにイナバは急いで近づき、柵の手前で軽く飛び跳ねた。


 一瞬何が起こっているかが分からなかった。軽く飛んだつもりではあったが、壁を乗り越えるどころかその遥か上で伸びている木の枝に顔をぶつけてしまう。思わぬ目潰しを食らい一瞬だけ前が暗くなるが、目を開けた瞬間に地面が近づいているのが分かった。着地は出来ずに盛大に転んでしまい、周囲からは奇異の目に晒された。


「アレ?」


 立ち上がろうとしていた時、思わずそんな言葉が口から洩れた。


「何今の…」

「凄くない?」

「何かの撮影かな?」


 周りからの声に恥ずかしくなり、イナバは大急ぎでその場を後にする。


 一方で街に辿り着いていたレイ達は、手分けをしながら街を捜索していく。スピード制限や標識すら無視しながら爆走し続けていたレイは、ディープバレーパーク付近の通りへと差し掛かると、入口から汗だくになっている青年が現れたのを目撃した。余程疲弊しているのか一息ついている。


「レイ!今公園から出てきた男で間違いない!」

「何!?レイ、お前今どこにいるんだ?」


 ようやく警察から映像が送られてきたナーシャから通信が入ると、レイはヘンリーに場所を告げる。そして標的がこちらに気づいてない事を確認し、こっそりとバイクを道路の脇に停め、慎重に標的の元へ近づいて行った。


「ねえ、そこのあなた」


 想像以上に疲労が回復した事に対して呆気に取られていたイナバは背後から突然話しかけられると、驚いたように振り向いた。物騒な服装と装備を携えている一人の女性が自分を呼んでいる事に気づくと逃げ出そうとしたが、「待って」という一言で少し落ち着いた。レイは下手に刺激しないように少し両手を上げて敵意が無い事をアピールする。


「追われているんでしょ?大丈夫何もしないから…あなたには今、暴行事件に関する容疑が掛かっている。一緒に来て何が起きたのかを話して欲しい。それだけ」

「…話せばちゃんと帰してくれるよな?」

「まあ、話の内容によるけど努力はする」


 二人がそんな駆け引きをしている最中、付近のモニターからニュースが流れ始めた。


「臨時ニュースです。先程、東ゲートウェイ通りの交差点ににて、ホールが出現しました。近隣の皆さまはすぐにシャッターのある建造物へ入るか、もしくはエリア付近から避難をお願いします。また、そのほかのエリアにいる皆様は…」


 恐らくアンドロイドによるものだと思われる無機質な音声でそのような警報が告げられた。


「ホール…?」


 そんな風に少し興味を惹かれた矢先、背後から重量感のある足音が聞こえてきたような気がする。イナバが振り返ると、女性が現れた反対方向にある通りの曲がり角から無骨な外骨格に包まれた大柄な人影が飛び出して来た。以前ネットで見た事のある対未確認生命体用の武装である事を思い出し、彼らがこの街を拠点に活動している民間軍事会社レギオンの兵士である事を静かに察した。


「パーク通りって…あ」


 連絡が入ったヘンリーはどこの場所なのかを調べようと立ち止まったが、レイの前に立っている標的と目が遭った瞬間に、自分が大変な失敗をしてしまったと悟った。


「やっちまった…」

「…マズいぞこれ」


 念のためにと武装をさせたは良いが、却って仇になってしまったと、モニター越しに見ていたナーシャとハンクは後悔する。


「…なあ、アレ何だよ?」


 イナバがレイに尋ねると、彼女は何か答えるわけでも無く愛想笑いを浮かべた。次の瞬間、イナバは彼女の方へと全力で駆け寄り、そのまま飛び越えて行った。レイは慌てて腕に付けていた端末でバイクの自動操縦をオンにし、自分の元へ近づかせてから飛び乗って彼を追いかける。ヘンリーも当然後に続いた。


「クソッ逃げられたか」

「全部アンタのせいよこのバカ !」


 呑気にほざくヘンリーに対して通信機で怒鳴りながらレイはバイクを加速させていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る