性と狂気と儚さを描いた映画「ゆれる人魚」
木谷日向子
人魚の姉妹 シルバーとゴールデン
去年から「人魚のブリュンヒルデの歌」というファンタジー小説を執筆し始めた。この話は元々脚本教室の課題「誘惑」で書いた短い脚本を膨らませて書き続けている話だ。ライン川のローレライ伝説を発想の種としており、ある若き海軍と少女人魚の交流を描いている。
当初はこの話を長編として書くことは全く予想していなかったが、今では続きを書くことが楽しみな作品になりつつある。
このラインより上のエリアが無料で表示されます。
この作品を書き続けていくに辺り、人魚を題材にした作品を鑑賞して勉強したいと考えていたところ、「ゆれる人魚」をようやく鑑賞する運びとなった。
「ゆれる人魚」は小説執筆以前から、イラストレーターのmiiiさんの感想とイラストをInstagramで拝見したことがきっかけで、名前と雰囲気だけは何となく知っていた。miiiさんの愛らしいイラストも相まって、興味を抱いていた映画だった。
女性監督でポーランド発の映画ということで、ポーランドの映画をほぼ見たことのない私は、凄く新鮮な気持ちでわくわくしながら再生ボタンを押した。
80年代のナイトクラブバーのような所で、歌手として働く2人の美しい人魚の姉妹。妹・ゴールデンは切れ長の眸に黒髪のクールビューティ。姉・シルバーはブロンドで丸い鼻の愛らしい乙女。
姉がブロンドなのに名前が「銀」を、妹が黒髪なのに名前が「金」をそれぞれ示しているのが皮肉で面白い。
この映画はアンデルセンの「人魚姫」を題材としながらも、人魚との幸福なファンタジー映画ではなく、人魚が肉食で、歌によって人を惑わし人を喰らうというダークファンタジーとして描かれている。
私も「人魚のブリュンヒルデの歌」で描いている人魚は人間を襲うという設定があるので、人魚への捉え方に似通ったものを感じ、「これはいいぞ」とほくそ笑んだ。自分の気質にあるダークファンタジー好きなところを自覚した。
ゴールデンはめぼしい男を水辺にその魅力を用いて誘い出し、普段は隠している牙を剥きだし、襲って食べてしまう。シルバーも妹と共に人間を喰らう。
全体がホラーテイストで描かれているにも関わらず、何故か陽気な印象も得ることが出来るのは、要所要所で挟まれる音楽のおかげだろう。シルバーはバンドメンバーの人間の青年に恋をし、その青年とセックスをするために手術で人間の女性と下半身を交換する。その代償として、彼女は歌が歌えなくなってしまう。(この手術シーンがなんともグロテスクで、まな板の上で捌かれている魚のようだった)
人魚の下半身を手に入れたシルバーは、青年ともう一度セックスをしようとするのだが、手術の継ぎ目から血が溢れる彼女の体に恐れおののいた青年は彼女捨て、新しい人間の女性と結婚してしまう。その人間の女性との情事の際に、シルバーから貰った彼女の鱗のピックを排水溝に流し捨ててしまうシーンは切ない。
青年と人間の女性の結婚式に招待されたシルバーは、そこでゴールデンと半魚人の男に青年を殺すように言われる。何故なら青年を殺さなければ、彼女は泡となって消えてしまうからだ。
迷いながら青年と2人きりになるシルバーであったが、青年に抱きしめられて彼の深い愛情を確信し、幸せそうな顔で眦に涙を浮かべながら青年を抱きしめ返す。くるりと青年が反転した時には泡となってシルバーは消えてしまう。
このシーンが美しくも切なく、金色の朝日に包まれながらシルバーの泣き笑いが柔らかで幸福に満ち溢れていたのが印象的であった。
姉が泡となって目の前で亡くなったことに絶望し、発狂したゴールデンは青年に飛び掛かり、首を噛みちぎって殺してしまう。そして他のバンドメンバーが驚愕の表情で見つめる中、一人海へと消えてしまう……。
幻想的で恐ろしい、そんな映画であった。以前鑑賞した「シェイプ・オブ・ウォーター」は半魚人と人間の女性の恋であったが、海に属する人外との恋愛物語は、海から始まり海へと帰ることで終わる物が多いように思う。(人外物ではないが「ベニスに死す」も確かそうであった)今作もそうだった。
ラストシーンで、人魚と共存しようとした人間がいかに愚かであったかという自然への畏怖のようなものも感じた。
人魚を扱う作品に手を出してしまった者として、本作は最初の印象とは違い、人魚に対する自分の感性とは少し違うものを感じた。それは監督の個性に彩られた新たな人魚像だ。ポップでエロくて愛らしくも残酷。
やはり心に残るのは人魚の姉妹のビジュアル(愛らしい帽子を被りながら巨大グラスの中で歌う姿や、魚とは言いづらい蛇に近いその下半身)と、その歌だ。CDアルバムが出ているのならば、ぜひ購入して聞き込んでみたい。
ゴールデンの低いアルトが未だに耳に響いている。
性と狂気と儚さを描いた映画「ゆれる人魚」 木谷日向子 @komobota705
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます