コマンドー3 

予言者

第1話

朝の教室には誰もいなかった

男子生徒Yはこれまでにも何度か誰もいない教室を目にしたことはあった

だが今日、今、この朝この教室には本当に誰もいなかった

窓から見える街

遠くに聳

そび

える高層ビル

そこはもう誰もいない街だった

この世界から人間が消えていた

Yは思った

それは自分自身に原因があったようだと



1.邂逅

Yはついさっきまでバスに乗っていた。

学校へ向かうバスだ。

正直だるい。

実際眠い。

端的に面倒くさい。

怠惰な思考をしているがYは決して不真面目なわけではない。

無遅刻無欠席補習なし仮病なしサボリなし停学なし補導経験なし家出なし万引きなし…。

悪い生徒ではない理由を挙げていけばいくらでも見つかった。

学業についても同じで人並みの努力をすれば平均以上の結果が出せた。

だが人並み以上に努力したからといって上を求めればキリがないと知っていた。

だからといってそんな状況に嬉々として満足しているわけでもなく何をするわけでもなく、とりあえず何事に付けても周りに合わせるだけの浅はかな思考を持ったありきたりで平凡な少年だった。

今のところ期待できそうなゲームの新作情報も好きなアーティストのリリースの情報もない。

せいぜい来週の週刊マンガ雑誌の続きを待つくらいだ。

あるいは今朝パン屋で買ったピロシキを今日の昼もおいしく頂こうという程度の喜びだった。

バスはYを学校へ運ぶ。

窓の外にはいつもの風景が流れていく。

ふと閃いた。

「正しい方向へ進んでいながら、尚且つ学校から遠ざかっているとしたらどうなる?」

とんちあるいは禅問答みたいだなと思ったがすぐに理解した。

答えはとても単純。

そんなものは詭弁でしかない。

アキレスのパラドックスものの詭弁だ。

だがしかし、それが成り立つならこれほど都合のいいことはない。

遠ざかっているから学校へは行かなくていいし、方向が正しいから学校へ行く意志は示すことができる。

その行き着く先はどこだろうか?

少なくともいつもとは違う場所には違いない。

まあ屁理屈以外の何者でもないが二乗したらマイナスになる数だってあるんだしそれくらいあってもいいじゃないか。

反対の反対が反対のままでもいいじゃないか、賛成の賛成は賛成のままなんだから。

そんなくだらないことを考えていたらいつの間にか学校へたどり着いた。

ご丁寧に正門を通って植え込みのあるロータリーまで入って止まった。

学校は静かだった。

いつの間にか運転手も消えていた。



転生‥とでも言うのだろうか?

人間の消えてしまった世界。

Yは空っぽのバスを降り、いつもしていたように教室へ入った。

誰もいない、乾いていて、少しだけ埃っぽい教室。

たまに一番乗りした時と似ていると思ったが、何か違っているような気もする。

窓辺に立って外を見る。

精密正確にピント、絞りを調節して行儀よく切り取られた風景写真のような街。

昨日までの人がいた街の風景と同じままな気もするし、何か違っているような気もする。

ガラリ。

ドアを開ける音がしたので振り返ると見慣れない女子がいた。

「おはよう」

“この世界”で初めて出会った人間、そしておそらくは自分以外の唯一の人間はごく自然に登場し、

そしてその第一声もごくありふれたものだった。

ありふれた言葉は、彼女のよく通る声も相まって新しい世界の始まりを思わせるようで実に清々しかった。

「あ‥」

Yのこの世界での記念すべき第一声はとても言葉とは呼べない代物になってしまった。

突然未知の女子に声をかけられて戸惑ってしまう、今までそうだったようにごく自然に反応してしまった。

「初めまして。今日からこの学校の生徒になるXです」

「俺はY。よろしく」

転校生はまるでアニメのキャラクターのような風貌をしていた。

「せっかく転校してもらって悪いんだけど…もう誰もいないんだよな」

Xはきれいだった。

誰もを魅了し得る瞳、鼻筋、口元、輪郭、髪。

誰もいなくなった世界でなんの役に立ちそうもないが。

「うん、そうみたいね…その割には落ち着いてるのね」

「あまりにも日常からかけ離れるとパニック通り越して何も考えられなくなるっていうからな」

Yは紋切り型で定型文のような返事をしているなと思った。

「まあとりあえず座れば?俺の隣空いてるし。というかどこでも空いてる」

転校生はまっすぐ窓際最後尾の席に向かい、椅子に手をかけた。

「おっ、そこは俺の席」

「何よもう誰もいないのに」

「窓際最後尾は俺の思想信条。だからこれだけは譲れない!」

「なるほどね…ちなみに私は窓際最後尾よりは屋上派ね」

そういいながら窓際最後尾に勢いよく腰掛けた。

「え、何だよそれ!」

「言ったでしょ。もう誰もいないって」

「はあ…」

「ほしいものは力ずくで奪い取れ。それがこの世界の思想信条なのよ」

「弱肉強食ってか…」

Yが呆れていると窓の外に目をやりながらXが言った

「そう今からこの世界に■がやってくる。この世界を奪い取るか、壊すために」

「はい?」

とてもくだらないセリフだった。いい年してマンガの読みすぎだろといってやりたかった。昨日までなら考える間もなくつっこんでいただろう。相手が美少女転校生であろうと何であろうと。

Xは外に目をやったまま続けた。

「戦わないといけないのよ」

つい数秒前までなら、人間の消えた世界、それだけのことだった。何をしていいかわからずとりあえずいつものように教室まで来てみました。ほんとに誰もいないようです。それだけだった。

しかしながら間髪おいて時期を弁

わきま

えない転校生の登場。そしてその容貌はとてつもなく現実離れしている上にまるでヒロインのようなことを口走る。何もかもが出来すぎていた。誰もいない世界に美少女と二人っきり。

“とにかくおかしい、何かが”

「そんなにそこ座りたいならそこ座ればいいだろ…」

Yはとりあえず何かを言ってみた。

ガタンッ!Xが勢いよく立ち上がって言った。

「まだ聞いてない」

強い語気に押されたようにYの答えはたじろいだようになった。

「は?…なに言ってるんだ?」

言い終わる間もなくXは早足で距離を詰めてYの前に立ちふさがった。

とてもきれいな顔だったが、その顔は睨みつけているも同然だった。

「なんで誰もいないのにおまえだけはいるんだよ?って」

「……」

「おまえは一体なんなんだ?ここはどこなんだ?って」

その通りだった。それが一番知りたかったことだ。なぜ聞かなかったのだろう。いやさっきパニックで何も考えられなくなると自分で説明したじゃないか。混乱しているのだ。動転しているのだ。それにしても何もかもがわからない。ここはどこなのかわからないし。噓くさい設定の転校生が何者なのかもわからない。

すべてが夢なのか?

「ごちゃごちゃ言ってる暇なんてないの…死ぬわよ」

Yは今、この現実を理解し始めた。

だが言葉が出てこなかった。

Xは黙って遠くのビルを指差したのでYもその先を見た。

突然まっすぐな一条の光の線がビルを避雷針に見立てたかのように直撃した、瞬間。

視界が閃光に覆われた。目を開けると巨大な火の玉が遠く空に燃え滾

たぎ

り、そしてキノコ型の煙に変わっていった。不気味に光るキノコは二人を嫌な色に染めた。

「一体なにが始まるんだ!?」

彼女はこちらを向き何かをいおうとしたが衝撃波が襲った。


                                      ~~~~~続く

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