第20話 お客さんが来たっぽい
門のところに飾られていたのは巨大な熊の毛皮。
生きていた頃は、推定、四、五メートルはあったと思われる。
「ダガーグリズリー……?」
すぐに思い至るのは、ダガーグリズリーという熊の魔物だ。
口部にダガーのような鋭い牙を有していることが特徴で、冒険者である彼らも幾度か倒したことがある。それなりに経験を積んだ冒険者であれば、決して後れを取るような相手ではない。
しかし全長はせいぜい二メートルほどだ。
「サーベルグリズリーじゃない?」
紅一点のミルアが口にしたのは、ダガーグリズリーの上位種だ。
その名の通り、ダガーグリズリーよりも長い牙を有しており、体長も三メートルを超す。
Bランクパーティの彼らでも、相応の準備をして挑まなければ苦戦する魔物だ。
「だが、こんなに巨大なサーベルグリズリーなんて見たことないぞ? 爪なんてほとんどドラゴンのそれだ。何よりこの毛皮の色……」
と、そのときだ。
頭上からいきなり元気な声が降ってきた。
「こんにちは!」
それでようやく塀の上に誰かが乗っていることに気づいた。近づく気配すら感じなかったことに、とりわけシーフのニックは驚嘆した。
だがそこにいた人物を見て、さらに驚くことになる。
まだ十歳かそこらの少年だったのだ。
「に、人間?」
「しかも子供……?」
てっきり獣人の村だと思っていたが、現れたのは同じ人族だった。
少しだけホッとしたのも束の間、今度は頭に獣の耳が生えた子供たちが、塀から顔を出してきた。
「今度は獣人の子供?」
「どうなってるんだ……?」
こちらの困惑も余所に、最初の少年が訊いてくる。
「お兄ちゃんたち、何の用?」
どのみち後で村の大人に応えなければならないとなると二度手間だが、目の前の子供に警戒を持たれても困る。
カイザはそんな打算もありつつ、丁寧に応じた。
「おれたちはこの森に迷ってしまった冒険者だ。食べ物も乏しく、疲労困憊している。そんな折、偶然この村を見つけたんだ。ぜひ少しの間、ここで休ませてもらえないかと思っている」
「いいよ!」
子供があっさり返答してきたので驚いた。
「いや、大人の許可をもらいたいのだが……」
「そう? でもお姉ちゃんならいいって言うと思うから大丈夫だよ!」
「お姉ちゃん?」
この少年の姉のことだろうかと、カイザは推測する。
恐らく大人ではない。そんな相手がいいと言っても、この少年と大差ないのだが……。
しかしそんな彼らの前で扉が開いた。
「入って!」
そして少年たちに中に入れと促される。
いいのだろうかと三人は顔を見合わせながらも、おずおずと足を踏み入れた。
「これは……村なのか?」
「家が二軒しかないが……」
新たに彼らを驚かせたのは、塀で囲まれた村の中に二軒しか家が建っていなかったことだ。
二軒は仲良く並んでいるが、作りが大きく異なっている。
少年たちに案内されてその二軒の家へと向かう。
途中、家の前にある木が風もないのにやたら揺れていることが気になったが、ともかく丸太を組み合わせて作った大きい方の家の中へと入った。
「サオリお姉ちゃん! お客さんだよ!」
◇ ◇ ◇
いきなり客がきた。
二十歳になるかならないかくらいの若者たちで、剣やナイフなんかを持っている。
明らかに戦闘を生業にしている連中じゃん。
でも見た感じ悪い人たちではなさそうだ。
そもそも死にそうなくらい疲弊して、悪さなんてできそうにもないけど。
「迷っちゃったんだって! だから少し休みたいみたい!」
レオルくんが教えてくれる。
若者たちはこちらの警戒を解くためか武器を足元に置くと、そろって頭を下げてきた。
「突然の訪問、大変申し訳ない。おれはカイザと言う。おれたちは冒険者で、森に迷って偶然この村を見つけた。対価は支払うし、迷惑はかけないと誓う。だからどうか食事としばしの休息をいただけないだろうか?」
武骨ながら誠意を感じさせる嘆願で、お姉さん、好印象です。
「あ、はい。うちでよければ、どうぞ」
なのになんか締まらない言い方になってしまって恥ずかしい。
「あの……ここにいるのって、もしかしてお姉さん方だけですか?」
三人の中で唯一の女性が訊いてくる。ちょっと気の強そうなタイプの美人さんだ。森で彷徨っていたこともあって、今は大分やつれてるけど。
「一応、そうだけど」
頷くと目を丸くされた。
まぁそりゃ驚くよねー。正確には魔物もいるけど。もっと驚くか。
「とりあえず細かいことは後にして何か食べたらどう? えっと、レオナちゃん」
「はーい!」
色々と腑に落ちない顔をしている三人を座らせる。
レオナちゃんが手際よくスープを作ってくれた。時間優先ということで、パンは作り置きで我慢してもらおう。
それでもレオナちゃんが作ったやつは美味しいけどね。
ごくり、と視覚と匂いだけで喉を鳴らす三人。
「急ごしらえだけど、どうぞ」
「「「ありがとうございます!」」」
スープ一口目で、さっきまで疲労に満ちていた顔が嘘のように輝いた。
「美味しい!」
「なにこれ!?」
「めちゃくちゃ美味い!」
そのまま手を止めることなく最後まで食べ尽くす。
「お代わりする?」
「「「いいんですか!?」」」
結局、三人合わせて十杯も食べた。
「いやー、ほんと美味しかったっす」
食った食ったとばかりにお腹を摩りながら、ニックと名乗る青年が言う。
生真面目そうなカイザくんと違って、こっちは少しお調子者っぽい感じ。いつの間にかちょっと口調が砕けてるし。
「スープに入っていたのって、オーク肉ですよね?」
女性なのにスープ三杯をぺろりと平らげてしまったミルアさんが訊いてくる。
「そうそう。たまに獲れるから」
「獲れるって……この辺りにいるのはハイオークばかりだと思うんですが……」
「え?」
「え?」
ハイオーク? あれ、オークじゃないの?
「普通のオークはもっと小さいです。この森にいるのは二メートル以上ありますよね? だから上位種のハイオークのはずですが……」
マジですか。
みんな普通にオークって呼んでたし、あれがオークかと思ってたけど、違うらしい。
前にも似たようなことあったよね。ホーンラビットかと思ってたら、上位種のアルミラージだったっていうのが。
この森にはハイオークしかいなかったこともあり、獣人たちもオークと呼んでいたのだろう。
「ハイオークって、俺らでも簡単には倒せない魔物っすよ? 女子供だけでどうやったんすか……?」
うち、最近は子供一人で狩ってますけど……。
「みんなもう一人でも狩れるよ?」
「狩れるね」
「狩れる狩れる!」
レオルくんたちが当然だとばかりに答えると、冒険者たちは「嘘だろ?」という顔で視線を交し合っている。
ま、まぁ冒険者と言っても、きっとこの人たちはまだほんの駆け出しなんだろう。若そうだしね。
「私たちのようなBランクパーティでも苦戦するのに……」
Bランクってかなり上じゃん!
そんな人らが遭難するってことは、この森、もしかしてかなり危険……?
「えっと……この森はA級魔境に指定されているのですが……」
まさかご存じないのですか、的な目で見られた。そりゃあ、異世界から来て即ここでサバイバルだし、そんな知識ありませんって。
「A級魔境……?」
「大陸では十本の指に入る危険地帯です」
そんなヤバイ森だったんか、ワレ!
ちょっと、リューっ! なんてところに連れて来ちゃってんのよ! って、リューは狩りに出てて家にいないか。
と、ちょうどそのとき翼の音が聞こえてきた。
「クルルル!」
どうやらそのリューが帰ってきたらしい。
「「「え?」」」
家の前に着陸するリューを見て、冒険者たちが揃って固まった。
あ、しまった。事前に説明しておけばよかった。
ライオくんたちが初めてリューを見たときに、腰を抜かしかけていたことを思い出したけど、すでに時遅し。
「「「お、お、お、桜竜王!?」」」
……ん?
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