第19話 ラーメンの麺ってどうやって作ってるの?

 最初は苗木だったトットもすっかり大きくなった。

 背丈はすでに私を大きく超えて、家の屋根にまで届きそうな勢いだ。


 枝葉も増えていて、もはや植木鉢には収まりきらなくなってきたため、元の場所に植え直している。

 寂しいかもしれないけど我慢してもらうしかない。


 よくシャルが木に登って遊んでいた。


「キキキキィ!」


 シャルがターザンのように枝にぶら下がって右に左にと身体を躍らせると、トットは、あーれー、お助けぇ~、とばかりに幹をぐるぐる回転させている。

 何で宴会芸やってんの、君たち?


「……わたしも登りたいわ」


 そんなシャルを、ヒューネちゃんがよく羨ましそうに見ている。

 豹の本能かな?

 でも生憎とまだヒューネちゃんの重さでは、トットが耐えられないだろう。

 もうちょっとトットが成長してからにしてあげてね。




 小麦の収穫時期がやってきた。

 豊作だ。しっかり実った穂が黄金色に輝いている。


 みんなでわいわい収獲すると、レオルくんが作ってくれた足踏み脱穀機で脱穀し、石臼をごりごりやって製粉する。普通なら大変な作業だけどうちには力自慢がいるので、あっという間に終わってしまった。


 おおっ、どっからどう見ても小麦粉だ。

 まぁ私は片栗粉と区別つかないんだけどね。

 確か片栗粉ってジャガイモから作るんだっけ? じゃあなんで片栗? よく分からん。

 ともかくこれで小麦粉がたくさんできたぞ!


「ラーメン食べたいラーメン」

「らーめん?」


 レオナちゃんが小首を傾げる。

 曖昧な知識で頑張って説明すると、理解してくれたようで、


「うん、とりあえずやってみる!」


 お願いします。


 できあがったのは豚骨ラーメンだった。いやオーク骨ラーメン?

 オークの骨をベースに、香草やキノコなどで味を整えたようで、ガツンとくる旨味の中にもすごく深みがある。うん、美味しい。さすがレオナちゃん、聞きかじっただけなのに、いきなり店を出せるレベルだ。


「おいしい!」

「らーめんすごい!」


 みんな絶賛している。

 でも何かが違うんだよね。


 何かっていうか、明らかに麺だ。

 だって白いもん。普通、ラーメンは黄色い。

 まぁ小麦粉を練って作ったら白いだけだよね……。


 たぶん小麦粉以外の何かを混ぜていたから黄色かったんだろうけど、生憎とまったく分からない。黄色……黄色と言ったら……卵黄? お、なんかそんな気がしてきたよ。

 鶏はいないけど、卵は野鳥から入手できる。


 で、それを混ぜてみました。

 うん、黄色くなったね。

 だけどまだなんか違うような……? 言葉にするのは難しいけど、中華麺特有の風味がない気がする。


「十分美味しいからこれでいいよ」

「だめ! お姉ちゃんがいう真のらーめんを作る!」


 なんかレオナちゃんに火が付いちゃった……。

 それからというもの、レオナちゃんは昼夜を問わず試行錯誤を続けた。


 幾ら料理の天才だと言っても、完成品を食べたことのないレオナちゃんにとって、それは茨の道。なかなか真のラーメンへ辿り着くことができない。

 私が安易な気持ちでラーメンを食べたいなんて言っちゃったばかりに……ほんと、ごめんね。


 途中、妥協して「うん、これだよ!」って言いたくなったけど、それはできなかった。

 だってレオナちゃん鋭いし。私の大根演技では速攻でバレる。


 レオナちゃんがラーメンとの戦いを初めて、およそ二週間。

 ついに納得のいくものができたらしい。


「へいおまち!」


 職人と化してる!?

 見た目は完全に中華麺だ。恐る恐る麺を啜ってみる。


「っ!?」

「どう、お姉ちゃん?」

「これ! これがラーメンだよ!」


 驚いたことに中華麺の食感や風味が完璧に再現されていた。

 一体どうやったのか訊いてみると、


「灰から出る水をまぜてみたの」


 なんじゃそりゃ?

 灰って、あの灰? 木とかを燃やすと出てくるやつ? 食べて大丈夫なの?

 何にしてもちゃんと中華麺になってるんだから凄い。


「次は蕎麦かな。……あっ」


 余計なひと言を言ってしまった。


「そばもおしえて!」


 ほら、レオナちゃんが喰い付いてきちゃったじゃんか。

 そもそも蕎麦は蕎麦粉から作られるということに気付いたのは、もう少し後のことだった。



   ◇ ◇ ◇



「みんな本当にすまない。おれがこんな依頼を受けようなんて言わなければ……」

「だから気にすんなって言ってるだろ、カイザ。最終的には俺らもその案に賛成したんだ。お前だけが悪いわけじゃない。連帯責任ってやつだ」

「ニックの言う通りよ。今さら過去を後悔しても仕方ないわ。必ずみんなで生きて帰ってみせましょう」


 深い森の中、草木を掻き分けながら三人組の男女が進んでいた。

 彼らが町を出発してから、すでに三日が経っている。当初の予定では一泊して帰還するはずだったのだが、未だその目途は立っていない。

 遭難してしまったのだ。


 彼らは冒険者だった。

 まだ全員が二十歳手前という若さでありながら、すでに彼らのパーティはBランクにまで登りつめている。

 これは異例とも言える早さであり、ゆえに驕りがあったのかもしれない。


 A級魔境の一つに指定されたこの森でしか採取できないという、特別な薬草。

 本来であればAランクパーティが挑むような難易度の高い依頼だったにもかかわらず、彼は自分たちなら大丈夫だと、能力を過信して引き受けてしまったのである。


 だが彼らを待っていたのは、今の実力では手に余るような魔物ばかりだった。

 森全体に濃い魔力が漂っているせいで、強力な魔物が出没しやすいとは聞いてはいたが、彼らの予想を大きく越えていたのだ。


 お陰で幾度となく逃げることを余儀なくされた。

 結果、予定していたルートを大きく外れ、遭難してしまったのである。


 現在かなり疲弊しており、その足取りは重い。それでも互いを鼓舞し合うことで、彼らは希望を捨てずに前進していく。


「方角はこっちで間違いないはずだ。このまま行けばきっと森から出られる」

「っ! 待て。何かいる」

「また魔物か……?」


 彼らは慌てて息を潜めた。

 しばらくすると木々の向こうを巨体が横切っていく。


か……」


 豚の頭を持つ巨漢が通り過ぎるのを、彼らは気配を殺して待ち続けた。

 ただのオークであれば、彼らにかかれば敵ではない。

 だがハイオークとなると苦戦は必至。

 特に疲労困憊している今は脅威だった。


「……行ったみたいだ」


 気配が遠くに消えたことで、ほっと胸を撫で下ろす。

 しかしハイオークが歩いていった方角は、ちょうど彼らが進もうとしていた方向だ。


「迂回するしかない」


 こうして魔物に遭遇するたびに遠回りしていては、ますます時間がかかってしまうが、仕方がない。今の彼らにはもはや魔物と戦うだけの体力が残っていないのだ。

 食糧も尽きかけ、ふらふらになりながら気力だけで進んでいった。


 と、そのとき。


「……なんだ、これは?」


 彼らの足が止まった。

 前方に明らかに人工的に作られたと思われる塀らしきものを発見したのだ。


「まさか、村か?」

「こんなところに?」

「でも聞いたことがあるわ。この森の奥地には獣人が住んでるって……」


 獣人は人族に迫害され、住む場所を追いやられてしまったことで、現在はこうした過酷な環境下で暮らしていると聞く。

 迫害されていると言っても、それは一部の層が積極的に行っていることであり、別に彼ら自身、獣人に対して思うところはない。


 だが獣人側にそんな考えが通じるとは思えなかった。

 ゆえにもしここが獣人の村だとすれば、自分たち人族は決して歓迎されないはずだ。


 しかしすでに体力も気力も限界だった。

 このまま森を脱出できる可能性は低いだろう。


 魔物に食われて死ぬか、獣人が慈悲を示してくれるという望みに賭けるか、二つに一つを選ぶしかないとするならば、三人の答えは決まっていた。


「行こう」


 塀の外側には堀が巡らされてあった。やはりこの森で暮らすには、これくらいの防衛設備は必要なのだろう。

 入り口は一か所しかないらしく、そこだけ堀と塀が途切れていて、代わりに木でできた門が設けられている。

 そしてその門を前に、三人は戦慄した。

 怖ろしく巨大な熊から剥いだと思われる、真っ赤な毛皮が飾られていたのである。


「これ、本物だよな……?」

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