第16話 お鍋が美味しい季節です

 本格的な冬がきた。

 毎日めちゃくちゃ寒い。

 でも新しい家と暖炉のお陰で快適に過ごすことができている。


 アルミラージの毛皮で作った服も寒さ対策に一役買っていた。例のごとく作ったのは私じゃなくてレオナちゃんだけど。

 裁縫までできるなんて、ほんと良いお嫁さんになれるよ。


 寒空の下にいたトットは可哀相だったので、植木鉢を作ってそこに身体を移し、家の中に持ってきてあげた。

 いやー、助かりましたわー、ここは温かくてええですなー。

 そんな感じで喜んでいる。たぶん。


 この時期は魔物も動物も大半が冬眠するようで、ロクに狩りができない。

 そのためレオルくんたちは暇を余しているようだった。リューがいないと土木系の仕事も難しいしね。

 だからか、家の周りの広場を使って何やら特訓を始めていた。


「はぁっ!」

「よっと」

「うぎゃっ」

「でいっ!」

「えい」

「うわっ?」

「たっ!」

「ほい」

「きゃっ!?」


 ケモミミーズは三人がかりにもかかわらず、レオルくんに軽くあしらわれている。

 ただし三人は無手で、一方のレオルくんは棒を使っている。


 獣人はそもそも武器を使うのがあまり得意ではないらしく、狩りでもその身体能力を活かして素手で獲物を倒すのだとか。

 ちなみにレオルくんは普段、槍を使ってるけど、安全を考慮して棒にしているらしい。


 それにしてもレオルくんの棒術の巧みさは、素人目から見ても凄い。

 まるで自分の手足のように操って、飛びかかってくる相手を上手くいなしたり、投げ飛ばしたりしているのだ。


「強すぎるよぉ」

「やっぱレオルさんには敵わないや」

「……うん」

「そうかなー? でも三人だって前より強くなったと思うよ!」


 それにしても子供は元気だね。半袖だし。動いてるとはいっても、寒くないのかな?

 私は寒いので家の中に戻ろう(←軟弱)。


 冬になって鍋料理が増えた。

 大変ありがたいです。


 みんなで一つの鍋を囲んで、はふはふしながら食べる鍋。

 最高だよね。


 するとトットが、ちょっとみなさん、あっしも交ぜてくれまへんか? 仲間外れは寂しいでっせ、という感じで枝をわさわささせていたので、近くに連れてきてあげた。ちなみにだんだん関西弁っぽくなってるけど、単に私の勝手なアフレコです。


 楽しいお鍋。

 でも何かが足りないな~、と思ってたんだけど、気づいた。

 炬燵だ。


 冬と言えば炬燵。常識だ。

 でもまぁ暖炉があるし、それで十分だろう。一応、レオルくんにこんなのもあるよって伝えておいたけど。別に作ってくれるのを期待してるわけじゃないよ? 本当だよ?


「お姉ちゃんすごい! その発そうはなかったよ! 天さい!」


 やめて、そんなに褒めないで。私が考えたわけじゃないから。





 レオルくんたちはほとんど毎日のように外で特訓してるけど、さすがに今日はお休みだろう。

 というのも雪が降ったからだ。

 それもかなり積もっていて、辺り一面、真っ白に染まっている。


「わーい! ゆきだーっ!」

「ゆきゆきーっ!」

「キィキィ!」


 やっぱりどこの世界でも子供は雪が好きらしく、みんな大はしゃぎしている。シャルも初めての雪に大興奮だ。


「秘技、人体スタンプ!」


 ばふっ。

 いい歳して私もはしゃいでるけど。

 大の字になって思いきり雪に飛び込むと、私の身体のシルエットが雪の上にできあがった。

 うん、いい感じにできた。


「すごいお姉ちゃん! レオナもやる!」

「レオルも!」

「おれも!」


 子供の琴線に触れたのか、みんな私の真似をしてどんどん雪に飛び込んでいく。

 それから雪だるまを作ったり、雪合戦をしたりと、めいっぱい遊んだ。ていうか、みんな身体能力が高過ぎて、ぜんぜん玉が当たらないんですけど。


 家に戻ると、トットが寂しそうに揺れていた。

 ええですな、みなはんは、自由に動ける身体がありまして、あっしなんてこんな狭いところに捕らわれた身で……。

 なんか、ごめん。





 初雪のときはそんな感じで大人げなくはしゃいじゃったけど、基本ずっと家の中だ。

 だって外寒いし。


 でも暇だ。

 だから家の中でできる娯楽を作った。


 将棋。

 日本の伝統的な遊びだ。


 私がお願いすると、すぐにレオルくんが木を削って将棋盤や駒を作ってくれた。この世界に漢字はないので、駒にはこっちの言葉に翻訳した文字を書いてもらった。

 できたやつで早速レオルくんと対戦した。


 私が勝った。しかも圧勝だ。


「すごいお姉ちゃん! つよい!」

「ふふふ」


 将棋はよく祖父とやっていたので、これでも結構得意なのだ。小学校の頃にちょっと学校で流行っていたことがあったけど、勝率は九割を軽く超えていたと思う。

 って、子供相手にちょっと力を出し過ぎちゃったかな?


 それからレオナちゃんやライオくんたちともやったけど、私の全戦全勝。


「やっぱりお姉ちゃんは天さいだね!」


 いやそこまで言われるとなんかすごく恥ずかしい。私だけ大人だし……。

 どうやらレオルくんたちは将棋にハマってしまったらしい。


 新たに二セットも将棋盤と駒を作り、毎日のように対戦し合っている。

 やばい、このままだとそのうち負けちゃうかも?


 ……そのうちどころか、三日後には負かされました。

 レオルくんだけじゃなく、翌日にはレオナちゃんにも負けた。

 それでもまだ互角の戦いだったけど、一週間もすれば私はまったく勝てなくなってしまう。


 ねぇやっぱり二人とも成長するの早すぎない? 

 どう考えても天才なのは君たちだよ。


 二人に続いたのはチタくんだ。一週間後に初めて負かされ、二週間で完全に実力を追い抜かれた。

 ヒューネちゃんとライオくんにはしばらく粘ったけれど、それでも一か月後には敵わなくなってしまっていた。


「キィ……」


 でもまだシャルには勝てるよ!

 いや猿だからね。そりゃ勝てて当然だよね。

 でも気づけばシャルもどんどん強くなって……もうやめて、私のライフはゼロよ!


 最終的にはトットと互角の対戦をするようになってしまった。

 相手、植物ですけど何か?







 ようやく春が近づいてきたらしく、最近徐々に温かい日が続くようになってきた。

 そろそろ運動しないとなぁ。

 冬の間に全身にたっぷり贅肉が付いてしまったし……。


 ずっと家でごろごろしてたのだから当然だろう。

 だって外は寒いし、お鍋は美味しいし。


「今のぷにぷにしてるお姉ちゃんもレオナはいいと思うよ?」

「嬉しいような嬉しくないようなフォローありがとう……」


 これじゃリューのことを言えやしない。

 彼が冬眠から覚める前に痩せないと。


 そんなわけで、私は家の周りでランニングをすることにした。

 か、身体が重い……!


「ひぃ……もう無理……」


 あっという間に息切れして、立ち止まってしまう。

 うん、いきなりハードなメニューをやったら身体がびっくりしちゃうよね。


 まずは歩こう。それからだ。

 しかし我ながらこの脆弱ぶり……ここは現代日本じゃないんだぞ。

 それなりの体力がないと、万一のときに走って逃げることなんてできないじゃないか。

 例えば魔物に襲われたときとか。


「ガルルルルァッ!」


 ほら、こんなふうに。

 って!?


 雄叫びとともに塀が粉砕されたかと思うと、巨大な生き物が敷地内に侵入してきた。

 まるで大量の返り血を浴びたかのような、真っ赤な毛並みをした熊だ。


 全長はたぶん四メートルから五メートルくらいあるだろう。昔、博物館で見たホッキョクグマの剥製でももっと小さかったよ!

 口にはサーベルタイガーのような短刀状の牙が生えていて、手足の爪はゲームで登場するクロー系の武器みたいに長く鋭い。


「ブラッドグリズリー!?」

「お、おねえちゃん!」


 後ろからライオくんたちの悲鳴。どうやらこの熊、ブラッドグリズリーというらしい。随分と物騒な名前だ。

 直後、巨体が一番近くにいた私に躍りかかってきた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る