第17話 男子三日合わざれば的な感じかと思ってた
迫りくる巨大熊。
体力がないと逃れないとか、そんな話じゃない。
そもそも恐怖で身体が動かなかった。
トラックやリューが突っ込んできたときはこうじゃなかったはずだ。
たぶん殺気がなかったからだろう。
この巨大熊は違う。私の身体から自由を奪うほどの獰猛な殺気を発しながら、こっちに向かってきている。
「ッ!?」
その速度が僅かに緩んだのは、横合いから猛スピードで槍が飛来してきたからだ。
巨大熊は驚く反応速度を見せ、咄嗟に腕でそれを振り払う。
だが一瞬遅れて飛んできていた二本目の槍には対処できなかった。
それが熊の足に突き刺さる。
「お姉ちゃん、逃げて!」
剣を手にしたレオルくんが、勇ましく巨大熊に突っ込んでいった。
熊の標的が私からレオルくんに変わる。
危ないってば!?
いや、今は彼を心配するより、早く私がここから逃げないと。
じゃないとみんなだって逃げられない。
あ、でも、腰が抜けちゃって……。
「おねえちゃん!」
ライオくんが駆け寄ってきて、私を軽々と担ぎ上げた。
もしかして私、太ってない? いやいや、そうじゃなくてライオくんが怪力なだけだ。
家のところまで運んでもらって振り返ると、レオルくんが巨大熊相手に交戦を続けていた。
当然力では勝てない。
けれど小さな身体とすばしっこさを活かして、熊の攻撃を悉く躱している。
しかも時折、隙を見て剣で熊の身体を斬りつけているし。
凄い。熊がめっちゃ苛立ってる。
さらにそんなレオルくんを援護するように、レオナちゃんが火炎弾を放つ。
でも斬撃や魔法を何度も浴びているというのに、巨大熊の動きが鈍る様子はない。
あの赤い体毛のお陰か、その体毛が盛り上がるほどの筋肉のお陰か、あるいはその両方か、ほとんどダメージを受けてないみたいだ。
そうして決め手がないまま、段々とレオルくんの動きが悪くなってきた。
「はぁ、はぁ……」
疲れてきちゃってる!?
そりゃそうだ。あんなに右に左にと動き回っているんだし、レオルくんだって無限に体力があるわけじゃない。
「っ!」
「レオルくんっ!?」
ついにレオルくんが巨大熊の攻撃を躱し切れず、吹き飛ばされてしまった。
十メートルくらい宙を舞って、ごろごろと地面を転がった。
咄嗟に腕でガードしたみたいだけど、熊の爪でその腕が切り裂かれ、かなり血が出ている。
「レオル!」
「ガルルルルァッ!」
レオナちゃんが急いで駆け付けようとしたけど、巨大熊がそれを許さない。
「さ、させない……っ!」
そこへ立ち向かったのがヒューネちゃんだ。
ちょっ、レオルくんがピンチだからって、ダメだよ! って、めっちゃ跳んだ!?
驚くべきことにヒューネちゃんは走り幅跳びの選手もびっくりな大ジャンプをして、巨大熊の横っ面に蹴りを見舞った。
「グガァァァッ!」
巨大熊の敵意がヒューネちゃんに向いた。逃げて!
迫る剛腕。だけどヒューネちゃんは素早く地面を転がってそれを回避する。
先ほどのレオルくんばりに、熊を引き付けながら、その攻撃を次々と避けていくヒューネちゃん。
いや、むしろレオルくんより動きにキレがある!?
「キキィィィィッ!」
さらにそんなヒューネちゃんに触発されたのか、それともバトルエイプと怖れられる闘争本能に火が付いたのか、シャルが巨大熊に向かっていく。
あっという間に背中から熊の頭まで登ってしまうと、顔を引っ掻き始めた。
これを巨大熊はかなり嫌がった。振り落そうと首を振るが、シャルは足でがっしり首にしがみついているので離れない。
苛立って殴りつけようとした瞬間、タイミングよくシャルが飛び降りたので、自分の顔を殴りつける羽目になってしまう。
「いまだ!」
「え、ええええいっ!」
そのときライオくんとチタくんが巨大熊目がけて走り出した。
背後から熊の両足めがけ、全力で連携タックルを見舞う。
「ッ!?」
巨体が後方に引っくり返った。
地面に後頭部を思いきりぶつけ、悶絶する巨大熊。
そこへ、レオナちゃんの魔法で回復したレオルくんが、槍を手にして躍りかかる。
急所の喉首を貫いた。
「アアアアアアッ!?」
断末魔の叫び(?)を上げる巨大熊。
「やったか?」
ちょっ、チタくん、その台詞はフラグだよ!
案の定、巨大熊はまだ死んでなかった。
喉から大量の血を流しながらも、信じられない生命力で身体を起こすと、怒り狂ってレオルくんたちに襲いかかる。
「グルルルルルァッ!!」
懐かしい雄叫びが聞こえてきたのはそのときだった。
しかも地面の中からだ。
そこで気が付く。戦いながらいつの間にか家の裏手に移動していた。そこはちょうど、あの子が冬眠している場所で――
地面が盛り上がり、そして爆発でも起こったかのように土砂が四散した。
舞い上がる土埃の向こうから姿を見せたのは、眠る前より随分とスリムになったリューだ。
「グルルルルァッ!」
真っ先に巨大熊に躍りかかった。
大きさはほぼ互角。全長ではリューが勝るけど、体重は熊の方が重いかもしれない。
速度はリューが圧倒していた。
手負いなのもあるかもだけど、巨大熊がほとんど反応できない速さで距離を詰め、負傷している喉首に噛みついた。
「アアアッ!」
巨大熊はリューを殴りつけたりして必死に暴れるが、硬く食い込んだ牙をリューは放そうとしない。それどころかさらに強く噛み締め、熊の骨がメキメキと軋む。
やがて巨大熊の身体から力が抜けた。
「グルルルルルルルッ!」
リューは勝利を宣言するように喉を鳴らした。
ていうか、単に痩せたってだけじゃなくて、見た目がちょっと変わってない?
もっとずんぐりとして可愛らしい感じだったのに、流線型でカッコよくなってる。
レオルくんたちによるとドラゴンは脱皮をするらしい。
それによって姿が変わることもあるのだとか。
冬眠中に脱皮したのかも。
今までの愛くるしい感じから、ドラゴンらしい力強さと凶暴さを感じさせる姿になったことで、胸中を不安が過る。
果たして目の前にいるのは、冬眠する前と同じ優しいリューなのだろうか?
巨大熊を圧倒する光景を目の当たりにしたこともあり、すごく怖くなった。
「クルルルル~っ(おきたよ~っ)」
……うん、以前のリューのまんまだ。
尻尾をふりふり、嬉しそうにこっちに駆け寄ってきて、私の身体をぺろぺろ舐め出した。
血がっ! 熊の血が付いちゃう!
「まったく……おはよう、リュー」
「クルル~(おはよ~)」
リューは少し首を傾げた。
「……クルル?(ふとった?)」
やばいバレた。
「太ってないよ?」
「クルル?(きのせい?)」
「そうそう、気のせい」
よし、誤魔化せたぞ。どうやら身体の大きなドラゴンにとって、人間レベルの体重の増減なんて大して気にはならないようだ。
レオルくんたちも集まってきた。
「リュー、おはよ! なんかかっこよくなったね!」
「ドラゴンっぽくなった!」
「クルル~? クルゥッ!?」
どうやら本人は今気づいたらしく、自分の身体を見てめっちゃ驚いている。寝ながら自然に脱皮していたのだろうか?
「それにしてもびっくりした……。こんな大きな熊がいるんだねぇ、この森」
春になって冬眠から覚め、餌を探していたのかもしれない。私がその餌にならなくてよかった……。
「ブラッドグリズリー」
「きいたことある。昔、別の村がおそわれてみんな死んじゃったって……」
ライオくんたちは村の大人たちから、この真っ赤な熊の話を聞かされたことがあるという。
どれくらい昔の話か分からないけど、遭遇してしまった私たちはよっぽど運が悪かったのかもしれない。
「みんなありがとう。お姉ちゃんを助けてくれて」
「とうぜんだよ!」
「うん!」
そう言ってくれるけど、どう考えても当然じゃないよね? 君たちは子供で、私は大人だからね?
でも本当にライオくんたちには驚かされた。冬の間、特訓していたのは知ってたけど、こんなに強くなってたなんて。
本当にみんな成長が早いね。
子供ってこんなに早く成長するものなのかな?
……いや、しないよね、普通。
異世界だから?
それとも……私の〈子育て〉スキルのせい?
うん、なんかそんな気がしてきた。
むしろそうとしか思えない。
なぜ今まで思い至らなかった……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます