第三話 いざ冒険へ
暗い暗い闇の中、愉快で歪な独唱が木霊する。
木造の身体をカタカタと鳴らし、狂気の世界へと身を落とした可哀想な精霊は一人踊る。
「ケタケタケラケラ、セケラケラ。
ケケケケラケラ、セケラケラ。
楽しい楽しい旅の始まりサ!
笑って踊って歌って弾けて、
欲望に正直に、絶望に抗って、
希望を捨てずに、本望で突き進め!
ケッセケセケセセケラケラ。
例え死ぬ事があっても気にするナ、お前の魂は永遠不滅。続くは天国? はたまた地獄?
地獄に行きたくなけりゃ死ぬ気で足掻け。
天国に行きたけりゃ死ぬ気で戦え。
精々楽しんでくれヨ?
ボクらも充分に楽しむからネ」
虚しく響く。愉しげに歌う。
永久の日々を闇で過ごし、遂には壊れてしまった彼を救う人間は、果たして。
---
闇の中は寒くもなく暑くもない丁度いい温度で、周囲全てが闇に染まり視認できるのは僕とアマンダだけだ。
地面が無い足元はやっぱり闇で、硬い感触を足裏で感じながらもいつ落ちてしまうかと不安になる。
「天を突く程の巨大な建造物だ。構造把握が先決。各階層毎にダンジョンボスはいるか、階層毎にどういう構造になのか……なにぶん情報がない。とりあえず、慎重に行動すべきだろう……」
顎に手を当てて考え込みながらアマンダはそう言った。
僕はそれに首肯して答える。
「でも、どうしてこの
「知らん。知る為にも早くこの闇が晴れる事を祈るが……かれこれ数時間は経ったか」
「それは誇張のしすぎでは……? まだ百歩も歩いてないと思いますけど」
体力に自信が無いのか、少し歩いただけでアマンダは疲れた顔をしている。
お嬢様だったのだろうか?
僕に関しては毎日鍛えているし、一日中歩き通しでも食事さえあれば疲れる事はないと自負している。
エルフは筋力を代償に魔力を上げたみたいな細い身体つきだし、それも仕方ないのかもしれない。
それでも、彼らは森の中で生活しているから身のこなしは軽やかなイメージがある。
単純にアマンダの体力が無いだけか。
と、思っていたが突然、
「……なに?」
アマンダは一人驚いた。
顎に拳を当てて考え事をし始めたが、結局何も言わなかった。
横で考え込むアマンダと共に歩き続けていると、漸く闇に変化が訪れた。
顔が見えないそれは後ろを向いていた。
赤いとんがり帽子が特徴的で、着ている服はボロボロ。
最早服と呼ぶより布を巻いていると言ったほうが正しいだろう。
露出する肌は木で、関節は丸い玉で繋がった紛い物。
そこに立っているそれが木造の人形である事は、一目でわかった。
「おぉ……あ、あれが噂の」
「……? どうした?」
そして、それが居る意味を知っている僕は次の展開へと目を輝かせる。
眉を顰めてアマンダは横から僕を覗いているが御構い無しだ。
どうせ説明しなくてもすぐにわかる。
そう、思った時首がこちらを向いた。
「む。人形……?」
黒の中心に黄色の丸が描かれた奇妙な眼に、上下に開くだけの口は、だらしなく開かれている人形の顔。
にょきりと枝のように伸びた鼻が特徴的な古臭い人形だ。
突然の動きに加え、恐怖を誘うような無表情は女の子ならば叫ぶかとも思ったがどうやらアマンダは肝が座っているようだった。
首の動きに連動し胴体、腰、脚と続いて回転して向き合う人形。
挙動は早い癖に、カクカクと動くから不気味なことこの上ない。
生物では真似出来ない狂舞を踊る。
片足を上げ両手を広げ、飛行機で飛んでいるような姿を見せるとそれは止まった。
虚空を見つめる双眸が頭部と共に僕ら二人に視点を移して凝視する。
そして、だらしなく開かれていた口がおもちゃらしく上下して声を出した。
「ケ、ケケケ。セケラケラ。待ってたヨ。待たせたナ。七の数字を冠す
子供のような陽気さで感情が感じられない薄気味悪い声。
カタカタと快活に上顎と下顎を合わせて音を鳴らして喋る人形は、声と音両方で悪寒を感じさせてくる。
人形とは思えない俊敏な動きで姿勢を正し、両腕を広げてそれは言った。
「ズィーリッヒ・ワンダー、全てのダンジョンの傍観者。迷える子羊を導く説明書であり、一切の干渉しないただの人形。ケケケ
、ボク、ズィーリッヒ・ワンダー。よろしくナ。よろしくネ。無謀なる冒険者」
「凄い! やっぱりここは初まりの場所、ズィーリッヒ・ワンダーの闇の空間か!」
まるで表情で伝わらない感情を動きで表現するように忙しなく身体を動かすズィーリッヒ。
ズィーリッヒ・ワンダーは、冒険者志望者の為に名高い冒険者達が情報を提供して書き記された、“冒険者目録(初級編)”の冒頭に紹介されるダンジョンに出て来る人形である。
操り人形のような
まさか、本当に会えるなんて。
僕が本当に冒険者になったと実感させてくれる。
しかも本に書いてある通り、初見だとかなり不気味に見えると言う情報もそのまんまだ。
僕は思わずリュックの肩ベルトを握る拳が強くなる。
「誰だ、お前は。ロミア、お前の知り合いか?」
「違いますよ……さすがにこんな動き回る人形と知り合いなほど僕は顔が広く無い。いや、まぁ……別の意味では顔は広いですが」
「……?」
アマンダは首を傾げる。
まぁ、気づかないならそれでも良い。
「ケケケ。嬉しいネ。嬉しいヨ。久しぶりの初々しい反応は実に心地イイ。出会った二人。惹かれない二人? ズィーリッヒ・ワンダー、もっと絆、望む。オマエラ、何者? 何故、ここに来た?」
ズィーリッヒに会話が通じているのか通じていないのか分からないが、僕らが口を開く前に次々と喋り出す。
「ᛚᛁᛒᚱᚨ《ライブラ》、永遠の監獄。裁定の檻。記憶の追悼。後悔の航海。さぁ、手にしたいか? 手にするよナ、一つの宝。強力な道具に、完璧な情報。選べるのはただ一つ。これはゲーム、命を賭けた賭博なのサ」
人形の身体は曲がらない関節などなく、くねくねくねくねと関節を回して踊るズィーリッヒ。
なまじ人間味が少しあるから、かなり不気味であった。
「
首は言葉に連動して左右をいったり来たり動き、地面と平行に伸ばされた腕は肘で曲がって、同じく手も首に連動して右回転、左回転と、規則正しい動きで僕らを挑発した。
「勿論、勝利だ。私は、その為に来た」
「僕もだ! この冒険に……この塔に用がある」
そう断言すると、ズィーリッヒはカタカタと口を鳴らして笑った。
徐に出した手のひらの上には小さな鍵が置かれていた。
それをズィーリッヒは握り締めて何もない空間に刺しこんだ。
「素晴らしい! 喜びに満ち溢れている! 後悔はするナ。精々楽しめ。ズィーリッヒ・ワンダーもそれを望んでいる。さぁ、開け放つ、扉。開かれる、新たなる世界。次に会う時その時は、オマエラがクリアした後だって。待ち遠しいネェ……。オマエラ来る時その時を鼻を伸ばして待ってるサ……ケケケケラケラ、セケラケラ……ケッセケセケセセケラケラ」
歓喜に踊りながら空間に刺しこんだ鍵を中心に、闇の空間に亀裂が入っていく。
ガラスに石を投げつけたように蜘蛛の巣状にヒビは広がっていき、木霊するズィーリッヒの声を聞きながら、僕達は光の世界に飲み込まれた。
「言い忘れてタ──ごめんナ。ここの
その瞬間──不意にズィーリッヒの声が頭に直接響く。
そして告げられる言葉は、
「この
「な──眩しっ」
物申す前に、強烈な光に目を閉じる。
研ぎ澄まされた感覚は色々な物を感じさせた。
冷たいそよ風が肌を優しく撫で、
鼻孔を擽る新鮮な空気は吸うだけで気分を爽快にさせ、
風に草木が揺れて葉の擦り会う音が一つの音楽のように、雑音一つなく奏でている。
まるで今まで狭い水槽で暮らしていた魚が大海原に出たかのような快感は、しっかりと目を開けた時、その理由が目の前に広がっていた。
地平線の彼方まで見渡す限りの草原と、青い空に浮かぶ白い雲。
遠く、彼方には山や森さえ見えるここは確かに草原だった。
「な……なにが、一体……」
「なるほど。先程の人形の空間はこの為か……」
納得したように晴れた顔をするアマンダ。
僕は状況を把握出来ていないのだ。
勝手に納得されては困る。
さっきと立場が逆じゃないか。
というかそんな事よりも!
「ア、アマンダさん! さっきのズィーリッヒの話聞きましたか!?」
「ん?
「そうです! 一度入ったら出られないなんて……、僕らはクリアするまで出られないってことに!」
「それがどうかしたか?」
「……えっ!?」
暗闇から放り出され這いつくばる僕を見下ろすアマンダ。
その眼に動揺は一切見られなかった。
「私達がクリアすれば良い。それだけの話だろう?」
そっとアマンダは手を差し伸べる。
彼女の言うことは最もだった。
今ここでうろたえても始まらない。
判明した事は、情報が出回らないその理由だけ。
出られない事に、絶望はない。
僕は、彼女の小さな手を握って立つ。
想像よりも小さく、細い手だった。
「まぁ……その通りですね。お見それしましたよ」
「もっと敬え。それに応じて私もお前を守るとしよう」
「敬わないと、守ってくれないんですか!?」
「ふふ……、さて、どうだろうな」
僕よりも小さい子に守ってもらうと言うのは、中々苦しいものがあるがしょうがない。
魔術を使えるものと使えないものとでは天地の差があるのだ。
魔物も魔術を使う以上、僕の出番は少ないだろう。
「というか、この空間は一体……」
「ふふ、どうやら状況が理解出来ていないようだな。ロミア」
「ええ。ちんぷんかんぷんですよ。なんで僕ら原っぱにいるんです? 確かにあの入り口をくぐって真っ直ぐ歩いて来たつもりでしたけど」
「距離など関係ない。ここは塔の中に作られた超圧縮空間、若しくは異空間に作られた小さな世界。この世界がどれだけ広かろうと、空間内に終わりががあるのかどうかは、私にも分からないが兎も角。ここは塔の一階としてあてがわれたバトルフィールドということだ。町程の広さかもしれないし、もっと広いかもしれない。まずはこの階層の魔術について知る必要があるな」
素直に驚く。
僕は魔術の本を読んでも内容が触りすら分からない為、全くそちらは勉強していない。
それよりもダンジョンで役に立つだろう薬学や鉱物学、魔物学などを便器していたから、純粋にアマンダを尊敬の眼差しで見てしまう。
それに気付いたのかアマンダは満足げに眉をあげると鼻を鳴らした。
「ふむ。これでも魔術学は里でも一番の成績だったのだ。魔術に関しては、なんでも聞くと良い。因みにこの空間魔術は極大魔術。何十人もの詠唱を重ねる事によって発動するタイプの超魔術の筈だ」
亜人達についても、これからパーティメンバーを組むかもしれないと沢山調べていたが、
まずパーティに組もうという人間も少ないだろうし、冒険者にもなってないのかもしれない。
分かったのは邪神アトルムから派生した一族と、元は皆、
「そうさな。これだけの規模の魔術。他の階層までは知れぬが、他の魔術が併用している可能性は少ない筈だ。今のところ、出られないと言う危険性以外は問題ない」
「じゃあ罠は比較的少ないって事ですね。さすがに一階層目は、優しい設定なんですかね」
「かもしれない。その辺り、もう少し調べておきたいところだが……その前に──最初のお客人が来たようだ」
アマンダと共に草原の一点を見つめると、身体を極限まで地面にへばりついて擬態した魔物が三匹。
獲物に姿を見られたや否や、殺気を振りまきながら立つのは
片方のみの革の胸当てに、腰に巻いた革のベルト。
左手には上等な木質の子盾は腕に取り付けられ、右手には刀身が赤ん坊程もありそうな大きさの湾曲した刀。
全身を覆う緑の鱗に、裂ける程引き
指から伸びる肉を斬り裂けるだろう長い爪、細い木なら余裕で薙ぎ倒せそうな太い尾。
所謂、人型爬虫類。
装備だけを見れば冒険者と何ら変わらない格好だが、付けているのは魔物だ。
装備まで整えているとは用意がいい。
魔物と動物の違いは、動物は水と肉で出来ているが、魔力で出来ている事だ。
魔物はダンジョンにしか存在せず、倒すと紫の煙となって消える。
偶に魔物の部位が消えずに残り、武器防具の素材に使われたり、インテリアにしている人もいるらしい。
だから殺す事に躊躇はいらない。生きる為と僕も野山の熊や猪を食べる事はあるがいつも解体は慣れないものだ。
血が流れている姿はどうも心のどこかを痛ませる。
魔物を前にして僕は少し足を引いて、リュックを地面に降ろそうとした。
勿論、僕は荷物持ちとしてここに来ているわけだが、それでも外でしてきた鍛錬の成果がどれほど通用するのか気になってしょうがない。
それで僕が拳を構えた瞬間、の事だ。
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