序章 その三
「ど、どういう……事なの。教えてよ、フェイザー。納得できる理由を」
「…………」
いつも同じく、皆を集めての早朝集会。
だがそれはいつもの楽しい雰囲気とは真逆の空気で満たされていた。
皆が口を開くのをためらって、噛み締める。
僕だけを残して。
「ね、ねぇ。なんか言ってよ。なんか言ってくれないと、分かんないだろ!」
らしくもなく声を荒げた。
背後でシナヒがびくりと身体を震わす。
それほどに僕が怒鳴るのは珍しいのだ。
僕も、初めて湧き上がる怒りの感情が抑えられない。
「皆で約束したじゃないか。なのに、なのになんで……なぁ、なんか言ってくれよ!」
「……すまない」
フェイザーは下を俯き、唇を噛み締めている。
どんな怪我をしても泣かずに笑っていた彼が、ここまで苦しそうな表情をしているのも初めて見る光景だ
そして顔が上がった時、そこにあったのは決意を固めた、険しい表情だった。
「私は、もう待てないんだ」
「……! そ、んな、事って」
彼の瞳の奥にある刻印がメラメラと燃えて、僕を突き刺す。
確固たる意志。揺るがない信念。
曲げられない決意。
彼を突き動かす何かがあるのは確かだ。だがそれを察する事は出来ないし、理由を言わずに納得して引き下がれる程、僕らの付き合いは短くない。
「せめて……理由を、理由を教えてよ! 僕やシナヒやテルキを置いていくのか!」
「理由は、言えない。だがもう、時間がないんだ。私達は先に行く」
「……っ! じゃあ、ミズキ。君はいいのか! 僕らを置いて……約束したのに……」
「うるさいわね。ギャーギャーと」
「……な」
今まで口を噤んでいたミズキが発した声音は、いつもの調子とは違う“怒り”を帯びたものだった。
「仕方ないでしょ。私達は昔から冒険者に憧れていた。待てども待てども貴方達は魔術が使えない。悪いのはどっち? はい」
答えを求めるかのように手のひらを僕の前に出す。
──何を、言っているんだミズキは。
「ねぇ、ロミア。私達はまだ子供と言われる歳かもしれない。それを押し通しても尚、私達に与えられている“冒険者”の夢は短い物。10歳で冒険に出る人がいないわけじゃない。つまり貴方達にかまけてられる時間は、ない。夢を失いたくないの」
「──────」
声が出なかった。
約束どうこうよりも、彼女の言う事が完全に間違いと断定する事が出来ず、結局非は僕らにある事実が、あまりにも悔しくて。
ただ、息を飲んだ。
「ミズキ……それは」
「フェイザーは黙ってなさい。アンタに任せられる状況じゃない」
ミズキは片腕を上げるだけでフェイザーを制した。
その様子が固い結束に結ばれ、気持ちが傾くない事実を見せつけている様に見えた。
言いようの無い怒りと悲しみがこみ上げるが、僕の感情を制したのはテルキだった。
「もう行こうぜ。こんな奴ら……仲間でも友達でもねぇよ」
「で、でも」
「いいや、シナヒ、ロミア。こいつらとはここでお別れだ」
踵を返し、帰ろうとするテルキに対しシナヒが声を掛けるがこちらも気が変わる様子はなかった。
尚振り向かずさっさと歩いていくテルキの説得にシナヒは向かい、二人は先にこの場から離脱する。
「……では私達も行くよ。会えるなら、また、ダンジョンで会おう」
「運良く会えたらその時は、パーティを組みましょ。……待ってるわ」
そう言って、彼らは塔へと歩いて行った。
もう親にも別れを済ませているのかもしれない。
腰には剣をぶら下げていたし、そのまま装備を整えて本当に塔へと入っていくのだろう。
事実が現実となっても僕は去る姿もみず、ただ名残惜しくその場に立っていた。
僕達幼馴染の習慣はそれでも終わることはない。
二人が抜けても三人でスキルを高めあった。
最初は少しギスギスした雰囲気はあったが、十回も日が昇れば、皆忘れていた。
いや、忘れようとしていただけだろう。
ただ必死に。突きつけられてしまった現実から。
僕もそうなのだから。
数日後、太陽が真上を過ぎた頃、突然テルキが訪ねてきた。
「よ。すまねぇな。突然」
金髪を陽光に輝かせて、テルキはバツが悪そうに頭を掻きながらそう言った。
「いいよ。僕も、今は休憩中だったところだ」
実際僕も昼ご飯を食べて食休みをしていたから、全然構わないのだが。
なぜか、とても居心地が悪そうだ。
目線を合わせないし、ずっとそわそわしている。
とりあえず椅子に座らせて、水を出したが一向に喋る気配がない。
「それで……どうしたの? 何か、悩み?」
「! い、いや! そんなんじゃ、ねぇ事もねぇが……、いや、すまねぇ! 何でもない、すぐ話す!」
彼は自身の頬を思い切り叩いて、気を取り直すテルキ。
彼にしては凄い真面目な顔だった。
一体何の話なのだろうか。
「実はな……オレはもうとっくに刻印が出てるんだ」
「──な」
んだって、と続ける前にテルキは袖を捲ると、左腕全体に白色の刻印が刻まれていた。
淡く、薄く、光るそれが塗料で描いた冗談半分のものでない事はハッキリと分かった。
何より、一度フェイザーやミズキの刻印を見ているからわかる。
あれは、本物だ。
「実はフェイザーが刻印を出す前から出てたんだ。一年、くらい前にな。起きたら出てたんだ。言い出すの渋ってたらよ。いつのまにかこんな事になっちまったぜ」
一年前、という事はフェイザーが刻印を出す一年前という事になる。
つまり二年と少し、長い間テルキは刻印が自身の身体に刻まれたことを、他に刻印者が出る中で、誰一人相談せず自身の胸の内に秘めていたのだ。
その理由は、彼の大雑把な性格からは想像もつかない繊細な理由の筈だ。
テルキの様にプライドが高く、他者より力が上である事を証明する為に鍛錬をしてる様な人間は、刻印が刻まれたならば真っ先に僕らに吐露した筈なのだ。
だがしない。
その理由はただ一つ。
純粋に、僕らの仲が引き裂かれるのを恐れたのだ。
今回のフェイザーの件の様に、刻印が刻まれる事による仲違い。
少なくとも刻まれる前と後では、僕らの互いの見方は確実に変わってしまっている。
魔術が使える者とそうでない者。
そんな差別が無意識的に浮上するのを防いだのだ。
だとすると新たな疑問が浮かび上がる──
「何で……フェイザー達と一緒にダンジョンに入らなかったんだ……?」
テルキはこめかみをぽりぽり掻いて照れながら言った。
「んなの……言わなくても分かるだろうが。その、あれだ。みなまで言わせんな」
未だに照れ続けるテルキを僕は観念しろ、という気持ちを込めて睨み付ける。
彼はうっと、声を漏らし、咳払いをして向き合った。
「えっと……その、オレらは皆で塔に登るんだろ?」
その言葉が、どれだけ嬉しかっただろうか。
当たり前の約束の言葉一つが僕の心をどれだけ救ったかは分からない。
僕自身ですら分からないほどの、救いの言葉だった。
「……お、お! ロミア……? な、泣いてんのか?」
「……え」
言われて気付く。
いつもやんちゃしている憎たらしい顔付きのテルキが、珍しく心配の色を見せていた。
自然と目尻に人差し指をかけると、小さな涙が生まれていた。
気づいたら、涙はポロポロ流れ出し、自分の意思では止められなくなっていた。
「ロミア! すまねぇ、オレ、なんか悪い事……、全然オレ、気ィ使えねぇから、またオレ……」
「違う……違うんだ。嬉しいんだ。嬉しいんだよ、テルキ」
「ロミア……」
僕はそっと広げられたテルキの胸板に潜り込んで泣いていた。
男同士だとか、あれだけ肉弾戦が強かったテルキの胸板が僕よりも小さい事とか、無駄なことは吹き飛んでいた。
もう十二歳にもなるのに、泣き散らかしてテルキはそれをずっと慰めてくれた。
背中をさすって声を掛け続けてくれた。
そうして、充分に涙を出した後、照れ臭くなった僕は、テルキの身体を思わず突き飛ばす。
「ご、ごめん……。男らしくもないね……」
「い、いいんだ。気にすんなよ。あんな事があった後だから、な」
変な空気が流れてしまった。
幼い頃からずっと一緒だが、さすがに男に恋愛感情は芽生えない。
泣きついたのは勢いだし、勘違いはしてはいけない。
吊り橋効果なんて言葉もあるくらいだし、男にも適用されるのだろうか。
「そ、そういえばよ! お前、あれだろ。ずっと気になってたんだけどよ」
「ん……ん、な……、に?」
涙でまだ違和感ある目を上着の裾で擦って取る。
すると、さっきまでの雰囲気が嘘の様にテルキはいつもの調子を取り戻し、僕に詰め寄っていた。
ビックリして、背もたれに全体重を乗せて仰け反るが、構わずテルキは顔を近づけた。
「あのさ、お前さ」
「う、うん」
ニタァ、といやらしい笑みを浮かべたと思ったらすぐテルキは口を開いた。
「シナヒの事、好きだろ?」
「な! ちょ、ばっ……な、何言ってんだ! 何言ってんだよ!」
「おーおー、顔真っ赤にして可愛いでやんの。図星かよ」
逃げようとする僕の身体を無理矢理肩を組む事で捕縛する。
僕の退路は断たれてしまった。
いっそのこと舌でも噛もうか。
自身の気持ちを完璧に隠しているなんて自惚れはしたつもりはないが、バレたのがよりにもよって、テルキというのが痛い。
一番、恋に縁のなさそうな奴だと思っていたからだろう。
完全に偏見であった。鋭い男だ。
もしくは、僕が分かりやすいだけなのか。
「応援、してるぜ。お前ら後二人が刻印を刻んで、フェイザー達に追いついてやろうぜ。そんで、もっかい……仲直りをしようぜ」
「テル……キ」
ふざけた調子から一転して、肩を組むテルキは心に焼き付ける様にして言った。
僕がフェイザーが先に行ってしまったことを気にしている様に、テルキも気にしていたのだ。
テルキは少し、たわいのない話を交わした後夜も遅いからとそそくさと帰っていった。
その後、僕は日課の訓練をこなした。
そして、次の日いつも通り一本木に集まった僕らは目を疑った。
いつも、いの一番に到着し本を読んでいるシナヒがいない。
体育座りで本を読みながら、緑色のおさげを片手で弄っていつも必ずどんなときも最初に彼女はいた。
だがその彼女は今日に限り一番最後だった。
最後に来た彼女は泣いていた。
「どうしよう……これ……どうしよう」
こうして遂に僕は、幼馴染グループ五人組で、唯一の未刻印となった。
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