序章 その二
「見てくれ……! これが、私の魔術だ」
朝早く集められた僕らの目の前でフェイザーは刻印を見せてくれた。
フェイザーの刻印は眼球にある珍しいタイプで、右眼を覗くと空色の瞳の中に小さな赤い刻印が刻まれていた。
フェイザーは皆に手を注目するように促し、手のひらを虚空に翳す。
燃えるような彼の刻印が施された瞳が燦々と煌めいて、刻印の無い僕にすらわかる何かの気配が彼の身体を覆った。
そんなイメージが頭に浮かんだその時。
「ゴォル!」
大きな火の玉が、空に向かって撃ち出される。
思わず腕で
その火力は刻印が出たての魔術とは思えず、人三人分離れていた僕らにさえ、その熱を感じさせる。
世界が赤色に染め上げられて一瞬、静寂が僕らを包み、フェイザーの吐息だけが鼓膜を震わした。
そして、
「スゲェ!!」
テルキの歓喜の声が静寂を破った。
慣れてないのか、炎弾一つで息を荒げ膝をつくフェイザーの元に皆集まって行く。
「す、凄いやフェイザー!」
「オレもバァーッと、凄い魔術を撃ってみたいぜ!」
「これが魔術なのね! どんな具合なの? 疲労感なの? それとも喪失感?」
「ミズキちゃん……今それはちょっと」
初めての魔術に僕らは大いに喜んで祝福した。
夜にはそれぞれの家からお金を出して五人だけのパーティを開いた。
パーティ会場は勿論僕の家だ。
親がいない僕の家は、こう言った集まりでは有用活用出来る。
使い古された見窄らしい木の机の上に広がる場違いな、豪華な食事達。
皆が皆、特にフェイザーの親が金を奮発してくれた為子供が食べるにしては勿体ない程、高級な食事だった。
いつもなら食べることの無い鳥がまるまる焼かれた肉や、行商人が紹介してくれた遠い地方原産の“けーき”とかいうお菓子は今までで一番甘くおいしい食べ物であった。
「皆! 私が真っ先に刻印が出たが心配はいらない! 私はお前らを置いていかない。私もまだまだ未熟だ、特訓をして君達を待つ。刻印を出して私に追いついて来い!!」
「足を机の上に置くな」
終わり近づくパーティの場で、どんっ、と机の上に足を乗せ高々に宣言するフェイザー。
それをミズキが目を細めて注意する。
そのいつもの風景が、僕らに爆笑の渦を発生させた。
皆で笑い合った後は、目を合わせて頷き合う。
言葉にする必要はない。
僕らはフェイザーに続いて刻印を発生させるだけだ。
そうして月日が経ち、次に刻印を身体に見せたのは、ミズキだった。
「こ……れが、わたしの魔術」
フェイザー同様、寝ている間に生まれたミズキの刻印は、手の甲にあった。
青い線で描かれた模様は、フェイザーのとは別の模様であった。
どうやら個人個人で刻印の模様、及び色は違うらしい。
そして、使える魔術も。
早朝に呼び出された僕らはミズキの魔術を囲むようにして見ていた。
手のひらから出現した水は、重力に逆らってふわふわと浮いて玉状になったり、馬になったり、剣になったり、形をミズキの意思で変えることが出来るようだった。
「水属性……なるほどな。書物で勉強していたことはどうやら無駄じゃないみたいだぞ」
「一人一つの魔術には疑問を持っていたけど、もしかしたら、これそういうこと?」
フェイザーの独り言めいた声に対し、僕は肯定の意思を示した。
シナヒがミズキの水芸に夢中になる中、僕とフェイザーの参考書の読み直しが始まっていた。
魔術には七つの属性が確認されている。
火、水、風、土、光、闇、無の属性だ。
これらの属性は刻印の色によって習得のしやすさが関わってきており、相対的な関係となっているらしい。
火⇔水
風⇔土
闇⇔光
無
とこのように、火の属性の人間は水属性がほとんど習得出来ず同様に土と光も習得しにくい。
代わりに火属性の刻印の人間は風、闇、特に火属性の魔術が習得しやすい。
となっている。
無属性はどの人間にも均等的に習得しやすいらしい。
つまりフェイザーが現実的に習得するなら、火、風、闇、無属性。
ミズキならば、
水、土、光、無属性。
ということになる。
全く覚えられないというわけじゃないが難しいのは確かだろう。
まだ後三人残っているし、属性も五つ残っている。
これから誰がどの刻印を使えるようになるのか、想像するだけでも楽しいものだ。
僕は一体、何の刻印が生まれるのだろうか。
先が楽しみだ。
「ん? なんの話してんの。オレも混ぜろよ!」
と、テルキはまるで分かっていない感じだったが、彼は勉強をほとんどしていなかったので仕方ないだろう。
とりあえずフェイザーとは二人で苦笑いしておいた。
「う、動きがシンクロしてる。気持ち悪りぃなぁおい」
そうして、フェイザーに続きミズキが刻印を身体に発現させてからも、僕達五人は差別なく鍛錬を続けていった。
魔術を使えるようになった二人はそれぞれの魔術の特訓に励んだ。
なりたての彼らは持久力を増やすべく何発撃っても疲れないようにする特訓や、火力や操れる水の量を増やす特訓をしているようだった。
それに対して僕らは変わらず武術、魔術についての勉強をしていた。
テルキは相変わらず魔術についての勉強はしなかったが、模擬戦では誰にも負けず、知識面ではシナヒに勝てるものは誰もいなかった。
そこまで極めて行くと見えるものが違うのか、彼らも彼らで別の特訓を始めていた。
そう、僕以外の皆はやる事を、やるべき事を見据えて動いていたのだ。
武術も魔術の知識テストも、丁度中間地点。
家事などを一人でこなさなければならないハンデがあるにしても、四人の伸びしろが尋常ではなかった。
シナヒは今では薬草から回復ポーションを作れる程まで知識と技術を高めていたし、テルキの柔軟な動きは全く読めないし、強硬な拳は防御しても外側から崩すだけの破壊力を持っていた。
僕は兎に角、中途半端だった。
フェイザーやミズキの様に魔術は使えないし、シナヒの様に知識に長けているわけでもない。
テルキの様な肉弾戦に強いわけでもない。
僕は、一体、何の役に立てるのだろうか。
一人考える夜が増えた。
元々家には相談する相手もない一人暮らしだ。
ペットもいなければ、相談相手は窓から見える月くらいなものだ。
とりあえず夕食に使った食器を洗って、夜の鍛錬に励まなければ。
セケン草の茹で汁を溜めた鍋の中につけた食器を取り出して、その茹で汁から作った石鹸で泡だてた布で食器を洗う。
洗った食器を、水を汲んだ桶の中に入れて洗浄終了だ。
床に置いてるからしゃがんで、洗わないと行けないから、いつも腰が痛くなる。
最近では慣れてしまったけれど、それでも長時間は腰に悪い。
随分と鍛錬を始めた時期から、時も経ち今では僕は八千回の正拳突きを木に打ち込んでいる。
昼にこなしたのは半分だから残り四千回残っている。
それだけではない。
他の皆に遅れを取らない様に、木の枝に足を引っ掛けての腹筋に、背中に岩を乗せた腕立て伏せそれぞれ五十回。
そして塔の周り一周も残っている。
ダンジョンに出る際に役立つ知識もまだまだ覚えきれてない。
一日ノルマである三十ページの半分を昼までに終わらせるつもりがまだ十ページしか終わっていない。
早く、早く。
──早くしないと。
コンコン。
と、軽く木の扉を叩く音に、僕は少々過敏な反応を見せた。
上下に動かす手で思い切り桶の水を叩いたのだ。
水飛沫が上着に下着に、顔に思い切りかかる。
自分でも後々驚いた。
どうして、今、僕は苛ついたんだろうか。
「ロミアくん……いる?」
玄関扉の奥から聞こえるのはシナヒの声であった。
僕は急いで食器から手を離して、近くに置いておいた手拭きで手を拭いて、取手に手をかけて捻って引いた。
「ご、ごめん! 食器洗ってて……どうか、した?」
「……! ふふ。びしょびしょ」
「──あっ」
くすくすと笑うシナヒ。
彼女の目線を追えば、水滴る僕の服。
しゃがんだ状態じゃわからなかったが、想像以上に濡れていたみたいだった。
「話出来るかな。少しだけ、話したくて」
「え、あ、うん。全然、構わないよ。うん。寧ろ嬉しいくらいだ。大歓迎さ。でも、着替えてからで、いい?」
「ふふ、もちろん。場所は一本木の下ね」
「わかった! ご、ごめんね!」
僕は急いで濡れた服を放り捨てて新しい服に着替えると、彼女に指定された木の下へと向かう。
僕らがいつも集合場所に指定している一本木は塔の麓の町では比較的有名な場所であり、昼には観光客も多い。
夜はカップルが集まって告白する場所でもあるから、夜に行くと少し大人の気分を味わえるから、いつもより緊張してしまう。
その相手が女の子で二人きりだと言うのだから尚更だ。
僕の家は町外れにあるが、それでも走ってすぐ付ける距離だった。
急いで向かうと案の定、大人の男女が肩を寄り添って星を眺めていたり、キスをしていたり、少し気まずい雰囲気。
その中に一人体育座りをした、緑色のおさげをなびかせた彼女──シナヒがいた。
側によると彼女は眼を丸くして、
「は、早いね。ビックリした。今着いたばっかりだよ」
「これでも基礎鍛錬は欠かしてないからね。テルキには負けるけど、それなりに力は自慢なんだ」
ムキっと力こぶを見せると、くすくすとシナヒは笑う。
「凄いね……皆。話っていうのはね、弱音を聞いて欲しかったの。私、ほら勉強しか出来ないからさ」
「え、どういうこと? シナヒは皆より一番知識があるじゃない。ポーションも作れるし、誰よりもダンジョンに入った時頼れる人だよ」
「そうでもないよ。戦闘になったら魔術が使えない人間は役に立てない。今のままじゃダメなの。いつ刻印が出るかもわからないし……私、皆に置いてかれる」
シナヒは顔を伏せる。
彼女が吐露した心情は、僕がつい最近ずっと心につっかえていた悩みと全く同じであった。
だからかもしれない。
十二歳の餓鬼がなんだと思われるかもしれないが、今この瞬間、彼女を苦しいほどに愛おしく思ったのは、きっと間違いじゃない。
「大丈夫だよ。僕も、テルキもまだなんだ。例え誰が最後になっても、僕ら四人は誰も置いて行ったりなんてしないよ」
肩に手を置くなんて出来ない臆病な僕は、ただ隣に同じ体育座りをしてそう言った。
少しの間を空けて、シナヒは目尻に沢山の涙を溜めて顔を上げた。
「本当かな……本当に皆、私が最後でも、待っててくれるかな……」
「あぁ、当たり前だよ。だって僕達幼馴染じゃないか」
僕が出来る最高の笑みで言った。
変に歪んで気持ち悪くなってないと良いけれど。
そう思うと、彼女は
「そっか……安心した」
と微笑み返してくれた。
照れ臭くなった僕はそのまま、彼女に別れを告げて日課の鍛錬へと走った。
脳内を掻き乱す煩悩が、今日は特にうるさかったが、鍛錬は頭を空っぽにしてくれる。
全て終わる頃には、身体も疲れ果てて静かにベッドで眠りについた。
だが僕は全く予想していなかった。
この彼女との約束が、すぐに破られてしまうなんて。
「すまない。私とミズキは先にダンジョンに行く」
そうフェイザーから告げられたのは、シナヒと約束をした二日後の朝の話。
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