メサイア・コンプレックスー世界に座する十二の試練ー

武藤 笹尾

序章 忘れ難き幼き悪夢

序章 その一

 

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 では本編をどうぞ!



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 ──いつ見ても、デカイなぁ。


 塔へと続く赤石造りの階段。それは子供の僕らにとって恐ろしく遠い、長い階段。

 その長い階段の先に、塔の入り口がある。


 僕は4人の幼馴染と共に天を貫く円柱型の塔をじっと見ていた。


 壮観の一言に尽きる。視界の全てを埋め尽くす程に巨大、見上げるだけでその果ては見えず首が痛くなってくる。

 驚くべきは高さだけでなく直径が一つの街を包む程もある巨大建造物である点だ。

 名を“ ᛚᛁᛒᚱᚨライブラ”。世界に十二しかないダンジョンの一つである。

 そして背後で賑わう町の喧騒は、憧れの空間であった。


 塔へと向かう冒険者達に飯屋や武具屋、薬屋などが声を上げて販売を行っている。

 売り手が冒険者を間違える事は無い。

 手の甲、胸、頬、珍しいところでは目まで。

 身体の部位に刻まれる様々な形・色の紋様は冒険者の証、刻印である。

 刻印を持つ人間を世では刻印者マーカーと呼び、約99%が十歳を機に刻印をその身に宿すと言われている。

 それはつまり、この世界のほとんどの人間がダンジョンに挑む権利を持たされているのだ。


「私も、父のようにいつか必ず塔に登る」


「ええ、私も登るわ」


「へっ。負けるかよ。オレを置いてくんじゃねーよ」


「わ……私も。頑張る」


 幼馴染達がそれぞれ口にする。

 リーダーのフェイザーが、

 しっかりお姉さんのミズキが、

 兄貴肌のテルキが、

 淑やかお嬢さんのシナヒが、

 それぞれの決意を口にした。


「僕も。いつか必ず冒険者になりたい……いや、なるんだ」


 僕も決意を口にする。

 塔に──ダンジョンに入る権利は刻印者マーカーであることが条件である。

 刻印が刻まれた人間は魔術が使える人間の証であり、そして僕らは漸く十歳を迎える歳になった。

 これから、僕らの冒険の日々が始まろうとしている。


「なぁ、私達が魔術使えるようになったらパーティ組もう! きっと最強のパーティだ!」


 フェイザーが両手を広げて言う。

 塔の麓の町で育った僕らはいつも一緒に過ごしている。

 彼がリーダーシップを取るのは父親が冒険者ということもあり、自身を持っているからだ。

 皆はその言葉に首肯し、僕も胸の前で拳を握り締める。


「まぁ、オレの足手まといにならないように気をつけろよお前ら」


「それ、あんたが言う? 足引っ張る筆頭がテルキだと思うけど」


「な! んなことねぇだろ! なぁ、シナヒ!」


「え、うん。皆で支えて行けるといいね」


「シナヒに逃げるんじゃないよ。一番緩い子なんだから」


 ふざけるテルキをミズキが牽制、それをニコニコ笑ってみるのがシナヒ。

 僕とフェイザーは二人で笑っている。

 いつもの風景だ。

 変わる事のない日常。


「魔術が使えるようになる前に力をつけとかないとね。特訓……そうだ! 皆で特訓をしようよ!」


 僕がそう提案すれば、フェイザーが肩に手を回して、


「いい案だ。勉強も、体力も、必ず必要になってくる。私達、皆で共に力を合わせよう!」


 と、強く肯定してくれた。

 フェイザーの音頭取りは本当に凄い。

 僕には出来ない事を軽々とこなしてしまう。

 彼のようなカリスマは僕には無い。

 だから僕は、精々彼のサポートに回って彼の役に立つ事を考えよう。

 彼らの、邪魔にだけはなりたくない。


 ---


 親のいない僕は比較的自由な暮らしをしていた。

 いつから親がいないのか、なぜか覚えていないけれど、周囲の人間の言葉を聞く限りどうやら五歳の頃から親はいないらしい。

 死んだわけでもなく、冒険者だったわけでもなく、突然の移住者だったらしい。


 ある日突然やってきた、女の名はアイ・アナスタシス。

 ボロボロの装備で雨に濡れながらやって来たその女は子供を抱えており、家を建てるとそこに子供を置いていなくなってしまったらしい。

 周囲の人間に子供の面倒を見てくれと、平民が持つにはあまりに多い金を残して。


 その子供が僕、ロミア・アナスタシスだ。


 周囲の人間に助けられて僕は成長していった。

 五歳程だった僕は、その頃からほとんどの家事をこなすことが強要された。

 もちろん、金を受け取ったのだから村人達は僕に対しての助力を惜しまなかったが、出来ることは自分でやった。

 衣食のほとんどを彼らに任せてしまっている僕が、それ以上を求めるのは何か違う気がしたからだ。


 とまぁ、子供の僕がそんな事を考えていたわけではない。これは今の僕の考えだ。


 単純に大人の目が嫌だった。

 金目当てにやってくる大人、腫れ物を扱う様な態度の大人達。

 そういった彼らから身を守る為、僕は一人で生きることを決めたのだ。


 だから、僕は自由だった。

 町近くの森が隣接した小高い丘の上に作られた掘立小屋に住んでいた。


 母親が困らない程度に金は置いていったから、冒険者達の為にやってきた行商人から沢山の書物を買って勉強した。

 そしてそれを幼馴染にも共有した。

 男達は専ら体術の書物に興味を示し、女の子のミズキは特に魔術関係、シナヒは語学関係を主にしたダンジョン知識に興味を示し、それぞれの特訓が始まったのだった。


「魔術を使えるようになってからも使える瞑想法らしい。早速試してみよう!」


 と言って、フェイザーが先導し僕らは四人で町の名物である一本木に集まって特訓を開始することになった。


 町にたった一つある塔に負けずと天に向かって今も成長していると言われる大木だ。

 とはいえ、高さは大きな家二つ分といったところで、町の中から頭一個分飛び出たところで塔には勝てない。


 木の根本で円を描く様に僕らは座禅を組み集中した。

 身体の外ではなく、内に向ける事で体内の力を感じるのだそうだ。

 魔術も、体内に蓄積された魔力を使用しての術式らしいから、無駄にはなりそうはないが、効果もあるかは期待出来ない。

 因みにシナヒは一人本を読んでの勉強なので、四人で円を組んでいる。


「……よし! オレらの体術訓練は木に巻いた布にとにかくパンチだ! 一日毎に10増やして行くぞ!」


 突然思いついた風にテルキが立ち上がる。

 ジッとする訓練が苦手なのだろう。


 体術の訓練では僕達の身体を丸ごと飲み込める程の丸太を森から見つけ出し、布を巻き付けて何回もそこに拳を繰り出すと言う訓練。

 初日は握り拳が痺れ、血が出たりもしたが繰り返す内に慣れは出てきたと思う。


 皆それぞれの特訓を重ねながら、二年の時が過ぎた。

 そして──初めて、魔術が使える人間が生まれた。


 最初に刻印が出たのはフェイザーだった。

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