第26話 Bridge to chorus

【9/19 午後22時 @梅ヶ谷家】

 ベッドに身体を放り投げてお風呂上がりの火照った身体をゆっくりと冷やしていく。日中にはしゃいで走っただけあって全身がじんわりとした徒労感に包まれている。ただ、以上に幸福感が頭の中を満たしていた。

 帰宅する直前、園内から出た場所でみーくんと二人でもう一度写真を撮った。私は家族に、みーくんはバイト先にお土産のお菓子を買って2時間ほど電車に揺られてきた。行きは湊さんに送ってもらった。それはまた楽しい時間だったけれども、帰りはそれ以上に幸せな旅路になった。

 みーくんは30分ほど電車で揺られた後に「寝てていいよ。」と言ってくれた。きっと私の目尻が下がっていたのがバレバレだったのだろう。「だいじょうぶ。」なんて口では言ったけれどもその幸せな誘惑には抗えなかった。カタンカタンと一定のリズムを刻む車内でみーくんの肩を借りて眠った。私達よりも温かな身体、しっかりした体躯。安心する。

 その中で夢を……というよりも思い出だろうか。懐かしい出来事を思い出していた。


 ⁂


「さーちゃん、次はそっちのダンジョンに入るんだって。」

「レベル足りるのこれ?」

「とりあえず入っちゃって良いんじゃないー?」

 二人して一枚のテレビ画面を共有する。携帯用のゲーム機は2つ買ってもらえたけれども据え置きのゲーム機は2人で共有するのが常だった。

「あ、入れない……。」

 ゲームのシステム画面に無情にも入場不可の文字が表示される。

「えーなんでだろう。推奨レベル超えてるのにー。」

「あ、パーティじゃないとダメなんだって。」

 細かなエラー表示の文字を追うと確かに4人でロールを決めてからじゃないと入れないと記載がある。

「私達はヒーラーだから、アタッカーとディフェンスが足らない?」

「足らない。」

「「……?」」

 オンラインゲームって難しいな。友達でこのゲームをしている人はいるのかな。二人思案するも良い答えは思いつかなかった。見ず知らずの人に声をかけて手伝って貰うしか無いのだろうか……。ダンジョンの入り口で困り果てた私達対処法をそれぞれネットで検索していた。

 すると、ゲーム画面からピロリと聞いたことがない音がなり響いた。

「何の音?」

「なんだろう。うーん……。あ、メッセージが来てる。」

 いつのまにか” Lala Miller”というキャラクターが私達のアバターの近くに立っている。

“もしも入れなく困っているなら一緒に行きませんか?”

 それは天から助けに近かった。能動的に誰かに声を掛けるのを躊躇っていた私達にとっては何よりも嬉しい言葉だった。

「あーちゃん。返事!返事!」

「え、どうやってやるの?」

 ゲームパッドをぽちぽちと操作して1分後くらいにようやく送信出来た言葉は”いきます”だけだった。今考えると素っ気のない返事だ。微動だにしない私達をゆっくりと待ってくれていた彼は喜びのエモートをしている。やり方を最初のチュートリアルで習った気はするけれども使わずにいたので二人共全く覚えていない。

 彼のパーティに招待されると4人揃った旨が表示される。パーティリストを眺めると私達の倍くらい離れたレベルが3人表示されている。

“よろしくね”

“はじめまして、よろしくねー”

“よろしく”

「わ、皆レベル高くない?」

「私ちゃんと皆回復できるかなー?」

“おねがいします”

 精一杯送ったメッセージはまたしても30秒ほど後。優しい彼らはゆっくりと私達の進行に合わせてくれた。後になって分かるのだけれども、このダンジョンに彼らが来る理由は何もなくて“Lala Miller”さんが声を掛けてくれたのはただの善意だった。気まぐれだったのかもしれないし、私達に特別にしたわけでもないのだと思う。困っている人がいたから彼は助けてくれただけ。いつものゲームプレイの一環でしかなかったのだと思う。

 だけれども、私達にとっては特別な始まり。些細な始まりでここまで想い膨れ上がるなんて考えもしていなかった。

「さーちゃんこの人なんて読むの?」

「なんだろうねえ。みらーさんかな。」

「それは読みにくい名前だねー。隣の人はミナトさんだって読みやすい。」

 みーくんと呼ぶのはまだもう少し先。同じギルドになって、私達がキーボードで会話ができるようになって、彼の優しさをもっと知った先の話。

 初めて彼の声を聞いたとき、多分そのときには知らずの内にみーくんに夢中になっていた。見ず知らずの大学生を好きになるくらい初心な恋心を持っているなんて思っていなかった。


 ⁂


 約1ヶ月後の10/29。私達の誕生日。彼は二人で過ごしたいと言ってくれた。もう告白みたいなものだと思う。あの時の観覧車の中での彼を思い出す。

 陽の光がガラス越し飛び込んできて反射してきらめいている。遠目には薄い雲が広がっていて2人空に浮かび飛んでいるようで心地よかった。

 いい難そうに目を伏せながらも私達の名前を呼んでくれた。

「なあに?」みーくんの言葉ならなんだって応えるよ?

「空けられる?沙羅の……誕生日。」私達の誕生日一緒に過ごしてくれるの?うん。もちろん喜んで。貴方のためなら。

 

 そろそろ彼の前で入れ替わるのはお終い。

 静かに目を瞑って。彼の心臓の音に耳を済ませる。自分の心臓の鼓動の方が大きいけれども、肩越しに彼の鼓動も間違いなく聞こえる。似てるようで確かに違うリズムが身体を伝わって聞こえる。柔らかな笑顔、包み込んでくれる掌。全部大好きです。

 この半年間というよりもずっと彼の前では誠実だったとは言えない。だけれども、ただのわがままだけれど、叶うのなら隣にいる彼とこの先もずっと3人で一緒にいたい。

 2人とも受け入れてくれるかはまだ心配でしかたない。だけれども、彼に嘘を付くのはもうお終いだと心に誓った。私達はちょっぴり人よりも多い、2人分の想いを伝えることを決めた。


【10/9 午後20時 @喫茶店 La Lune】

 10月に入り、赤色と黄色の金木犀が花を咲かせ、独特の良い香りが街路を満たしている。夏は嵐のように過ぎ去ってしまって桜や紅葉も葉の色を変えて冬支度を始めている。もうすぐにコートを棚から取り出さないとならない。

「三崎くん最近よく働くねー。」

「あ、先輩お疲れ様です。ええ、ちょっと。」

 バイト上がりの片付けを終えた辺りで白波先輩に声を掛けられた。

「なになにー。ついにプレゼント決めた?」

「まだどれかまでは決めてないですけど、大体……。」

 ニコニコと微笑む先輩はモップを杖代わりにして掃除の職務を放り投げて俺に興味津々だ。

「真面目だねー。いいなー。私もプレゼント欲しい。」

「先輩、モテるじゃないですか。」

 誰かと付き合っているとは聞いていないけれども、見目や性格含めて周りの評判はすこぶる高い。

「三崎くんくらい純情な子から貰うのが良いんじゃないの。」

 ちょっとだけいじわるなところもきっと一部の人には好評だろう。

「白波先輩。御波をあまりいじめてあげないでください。」

 隣のフロアから湊が顔をだす。

「んーいじめてないよー。幸せな三崎くんをからかってるだけー。ごめんねー?」

「謝るようなことじゃないですよ。」

「良い子だねー。先輩冥利に尽きるー。」

 その先輩の様子にふっと湊が笑う。人が居なくなった店内にはまだ静かにBGMが流れていて最後の余韻を保っている。


「皆掃除してねー。」

 事務所から店長が声をかけてくる。さすがに固まりすぎた。

「「はーい。すいませんー。」」

 各々止めていた手を動かして掃除を再開する。

「怒られちゃった。ごめんねー。」

 そう言って先輩はモップを床に広げて悠々と駆け出した。テーブルの上を綺麗に拭いていきながらも頭の中は考え事でいっぱいだった。

 アクセサリーショップで延々と悩む俺に店員さんは声をかけることをすっかり諦めて優しく見守ってくれていた。最終的には過度な装飾はなくて細く銀の環とピンク色の輪が連なったあのペアリングにしようと決めた。内側にワンポイトで小さな碧色と朱色の宝石が埋め込まれているのもなんとなく気に入った。

 沙羅は喜んでくれるだろうか?年下の彼女へのプレゼントにしては重い気がしたのだけれども、湊は悩む俺にそれが良いとアドバイスをくれた。彼女のセンスならそこまで外れていないはず。

 それはそれで問題がなくなったのだけれど、やっぱり2本分のお値段は中々懐事情に厳しいものがある。だから今月は店長に頼んでシフトを増やしてもらった。

 手を止めないで夜の街をガラス越しに見つめるとキラキラ光る駅の方角には並んで歩く男女が何組も見える。きっと彼らのようになれるように……。そう願いを込めて残りの作業に勤しんだ。

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