第25話 誕生日への約束

【間章 9/19 午後12時半 @遊園地の端にあるベンチ】

 遊園地の中心からかなり端にある休憩エリア。この辺りは賑やかなアトラクションの周りとは違い午前中の時間帯にはゆっくりとした時間が流れていた。行き交う人影もまばらで落ち着いていたこの付近もランチタイムを迎えて休憩をする家族連れなどでそれなりの賑わいを誇っていた。

あいちゃん、お待たせ。」

「わー。みなとさんおかえりなさい。」

 木の陰にある3人がけくらいのベンチの端、ちょこんと座る少女は読んでいた本から顔を上げて朗らかな笑顔見せた。

「結構テイクアウトも混んでてね。大分時間かかっちゃった。ごめんね。」

「すいません。一緒に並べたら良かったんですけど……。」

 髪の毛を二つくくりにして縁の太い眼鏡をかける彼女はステレオタイプな真面目な文学少女のように見える。

「いくら鈍感な御波みなみでも、愛ちゃんの顔を並べて見たらきっと気がつくよ。」

「んふふー。どうですかね。さっきのアトラクションでもみーくんは気がついてなかったですからー。」

 彼女は開いていた本に葉をモチーフにした綺麗な金属の栞を挟み込み柔らかく微笑む。

「俺は笑いを堪えるのに必死だったけれどね。ふふ。」

 私は返送して、自分を演じながら御波をからかう楽しさに気がついてしまった。御波を騙している双子2人の事を責めることはできないかもしれない。

「お昼ごはん、なんですか―?えへへ。お腹空いちゃって。」

「サラダとかホットドッグとここのオリジナルバーガー適当に買ってきたよ。」

「わー嬉しい。――湊さんいつまで男の子の声出してるんですかー?ふふ。」

 愛ちゃんは私の仕草が気になるようだ。確かに辺りに御波がいるわけでもないけれどもなんだか癖になっていた。

「いつ御波に見られるかわからないだろ?」

「ゲームの中でも男の子声、ボイスチェンジなしでできちゃうんじゃないですか?」

 普段はもうちょっとむさ苦しい声質にソフトウェアで変えている。自分の声帯だけでは限界があるので所謂思春期を迎えたくらいの声の低さしか出せない。

「流石にバレちゃうよ。」

「えー。きっと今使ってる声よりずっとモテモテになるのと思うのになー。」

「次のゲーム始める時に検討してみるよ。」

 些細なことだけれどポケットに手を入れて歩くのだって楽しい。頭では分かっているけれども、確かに自分の声だけでどこまでできるか試して見たい気もする。

「えへへー。受験が終わったら湊くん?湊先輩の声楽しみにしてます!」

 愛ちゃんは普段はパッチリとした大きな目を細めて心の底から楽しげな声音で応えてくれる。御波が惚れ込むのがまた分かる。女の私でもこんな子から言い寄られたら揺らいでしまいそうだ。

「ふふ、分かった分かった。ほら、温かいうちに食べよう。」

「はーい。いただきます。」

「いただきます。」

 綺麗に足を揃えて彼女は丁寧に両手を合わせる。私もいつもはそうするけれど、今日は足をベンチから放り出して粗雑に食べ始める。癖で挨拶は出てしまうのだけれども。


 午前中の少し強かった風が緩やかになって、空を流れる雲の速度も遅くなっている。そよそよと揺れ木の葉が擦れる音が天然のBGMとなっていつものカフェにいるみたいで心地いい。時折飛び込んでくる悲鳴だってアクセントになる。

「湊さんは今日私達といて楽しいですか?」

「うん、もちろん。」

 どこか遠慮がちな顔で何度も聞いてくる。いや、沙羅ちゃんから聞かれたのだから何度もではないのかもしれない。

「御波と回れなかったエリアに行こう。そしたら出会うことも少ないだろう?」

「やった。私も言ってみたかったんですよ。一人だったら行けなかったかなー。」

「じゃあ、ご飯食べたら行こうか?」

「はい!」

 快活な返事と彼女のその言葉が聞けただけでも今日という日が良い日であることが決まってしまったようなものだ。


「そういえば、沙羅さらちゃんと御波は何を食べているの?」

「んー。えっとー。まだ食べてないのかな?」

 愛ちゃんはスマートフォンを取り出して何やら眺めている。はしたないけれどもちょっと気になる。でもきっと双子専用の何か秘密のツールがあるのだろう……。触れてはイケナイ気がする。

「まだ前のアトラクションが終わってないのかな――?」

「ん。ん。確か――。」


【9/19 午後12時半 @太陽の光が届かない場所】

 午前中の陽射しが届く場所ならこんなにもジメジメしないのに。辺りにはかび臭い香りが充満している。どこからかぴちゃりぴちゃりと水滴が滴る音と蛞蝓が這いずるような音。先程のいた鏡の空間と同じ閉鎖空間のはずだけれども、全身が感じるのは誰かから見られているようなもどかしくて怖気立ちそうな視線の感覚。隣に寄り添う彼女は頬を引きつらせたまま無表情のまま固まっている。

「サラ?大丈夫?」

「みーくん。大丈夫大丈夫。さーちゃんが付いてるからね。」

 きっと大丈夫じゃないんだろうな。さーちゃんって沙羅のことなのか?

「ほら、一歩ずつ階段降りていこう。」

 沙羅は差し出した手を取り恐る恐ると降りる。でも、ここきっと降りきったら来るよな……。さっきから背中感じる視線と流れる冷気が空恐ろしい。

「はあ。何もおこら……ひっ。」

「サラ?」

 階段を降りきった沙羅が俺の背中の方角を見て再度硬直している。首を曲げて後ろを振り返ると血まみれの人形が天井からぶら下がっている。

「あぁーー!大丈夫じゃないーーー!」

 沙羅は我慢できずに長い廊下を駆け出していく。人形にも驚いたけれどもどちらかと言うと思っていたよりずっと強い沙羅の力の方に驚いてしまう。

「ふふふ――。」

「みーくんなんで笑ってるのー!もうーー!」

 握りしめた手を離さないように二人大きな歩幅で駆け続ける。さっきまではきっと待ち構える演者からしたら待ちくたびれるくらい階段を降りるのは遅かっただろう。けれどもこの直線は今までの誰よりも速いかもしれない。そのくらいに沙羅の足は速かった。



【間章 9/19 午後13時 @遊園地の端にあるベンチ】

「んー。確か――。廃校をテーマにしたお化け屋敷ですねー。」

 さーちゃんからの最後のメッセージは、逝ってきまーす。入る前まではきっと少しだけは余裕があったのだろう。私も行ってみたいけど行ってみたくない。きっと今朝のジェットコースターとも違う怖さに違いない。

「あ、行きたい。」

 湊さんが私の言葉に即答する。夏の暑さがまだ残っていただろうか。木陰で涼しいはずなのにつうっと冷たい水滴が背中を伝う。折角回避できたと思ったのに……。

「湊さんが……行くならいきますー……。」

「愛ちゃんも怖いの?」

「えへへ……。」

 湊さんがクール笑みを見せる。それにわざとつられて私も笑ってごまかすことにした。

 私も逝ってくるねさーちゃん……。


 ⁂


「もうちょっとマイルドでいいと思うな。」

 珍しく沙羅がむっとした表情を滲ませて拗ねている。あの後彼女と前を歩くお客さんを追い越しそうになるくらい廊下を全力で駆けていった。

「最後のラッシュは怖かったね。」

「ほんとだよー!」

 保健室から骸骨は飛び出してくるわ、廊下の窓ガラスは景気よく割れる、通り過ぎたトイレからはうめき声のような低い声が這いつくばるように響いて。トドメに来た道から追いかけてくる幽霊に追いつかれないように必死に校舎を飛び出した。


 今は肩で息をしていた彼女に飲み物を渡して一休みし終えたところ。

「そろそろお腹すいた?」

「むーー?……――うん、行こう!」

 滲んでいた不満の表情を吹き飛ばして彼女は綺麗に笑う。喉元過ぎれば熱さ忘れる、いや、通り雨が過ぎ去って晴れ渡ったのだろう。いつまでも引き摺らない性格も彼女の美徳だと感じる。



 さっきまで自分たちが並んでいた列の中、ふわりと揺れる髪が視界の端を横切った。何故かその後ろ姿が気になってしまった。


「みーくん、どうしたの?」

「あ、いや。何でもなかった。」

 二人で並ぶ男女が遠目に見える。男が女の子の頭をぐっと抱き寄せて耳元で何かを囁いている。スラリとしたキレイ目とは違うストリート系のファッションはとてもカッコイイ。実は憧れるけれど俺には着こなせる自信がない。あの男くらい細身で白い肌だったらきっと女の子にも受けが良いに違いない。

「もしかして、他の女の子を見てた?」

「いやいや、見てないよ!」

「ほんとかなー?」

 目の前の彼女から視線を外してしまったのは何故だろう。ぎゅっと指圧マッサージみたいに指で掌を押される。小悪魔な彼女が姿を現してしまった。


「これだけは乗っておきたいやつとかある?」

 少しだけ強引に話題を変えることにした。

「あ、今日帰る前には観覧車乗りたいなー!」

 沙羅は園内の中心で大きな時計のように回る環を指差す。シンボルマークのようにそびえるそれの外周には色とりどり明るい原色で塗られたゴンドラがぶら下がっている。

「俺も行きたい、いいよ。」

「一緒?なら良かったー!」

 ちょっとだけ話の舵を無理やり切ったことは功を奏したようだ。陽の光に照らされた小道。風爽やかなその道、二人食事を取るため歩き始めた。


 ⁂


 止まない雨なんてなんて大袈裟な表現だけれども、何もかもがこの半年で変わったと思う。藍沙とも仲違いを解消できたし、アルバイトも大学生活も一人暮らしも順調に軌道に乗っている。何よりも沙羅と出会えた、いや元から出会っていたのだけれども。それがとても嬉しい。

 今だったら雨の中で濡れていたっていい。隣にいる彼女とこの先もずっと並んでいたい。秋風が香るこの日、外聞とか釣り合ってないかなとか、余計な心配は全て投げ捨てることを心に誓った。もうすぐ訪れる彼女の誕生日にこの想いを伝えることを決めた。

 


【9/19 午後16時半 @観覧車の中】

 太陽が、俺達が住んでいる街と反対の方角、山間の向こうへと落ちていっている。夕日と呼ぶにはまだ高すぎるけれども確かに赤みを帯び始めている。ゆらゆらとゆれるゴンドラの中には俺と沙羅の文字通り二人だけだった。向かいの席へ座る彼女は俺と同じ方角を見つめて空と地面の向こう側へ目を凝らしている。交わす言葉数は随分と少なくなってしまった。だけれども適当で曖昧な言葉を重ねなくてもなんとなく同じ気持ちになっているはず。

「もうちょっと居たかったなー。」

「そうだね。もっと一緒に居たかったね。」

 アトラクションで濡れていた彼女の髪の毛はすっかりと乾いた。俺の服も少しシワにはなっているけれども水気は乾ききった。ゴンドラに差し込む光は彼女の横顔を照らしている。


「沙羅…その……。」

「なぁに?」

 消えかけるかと思うくらい情けない声しか出せなかったけれども、彼女はこちらを真っ直ぐと見つめてくる。

「その……来月の10/29、空けられる?沙羅の……誕生日。」

 彼女は少しだけ驚いた顔をした後に、差し込む光に負けないくらいの表情をしながら頷いてくれる。

「……――いいよ。えへへ。」

「家族と一緒じゃなくても大丈夫?」

「んー?――うん。大丈夫。」

 彼女はそっと立ち上がり俺の隣に座った。ゴンドラが二人分の体重が偏って傾斜がつく。

「その日も二人だけ?」

「うん。そう……だね。」

「ふふ、わかった――。今日よりも楽しみ……。」

 彼女はそっと頭を肩に乗せてきて寄り添って。静かに目を瞑っている。流れる髪、服越しに伝わる体温、観覧車の軋む音さえも愛おしい。


 ⁂


 観覧車に乗っていた時間にしたら10分くらいだっただろう。彼女の手を取り観覧車から地面に降り立った。どこか二人共惚けた表情をしていたと思う。

「ね、みーくん。お願いがあるんだけど。」

「ん?どうした?」

「ちょっとだけ待ってて。お手洗い行ってくる。あ、えっとそうじゃなくて……もう一回だけ観覧車乗りたいなあ。ダメ?」

 閉園間際になった園内からは帰宅する人影がまばらに見える。今の並びだったらもう一度乗ることはできるだろう。

「分かった。じゃあ、並んでるから行っておいで。」

「……!うん!」

 一層辺りを照らす太陽が落ちていき人影が伸びていく。きっともうすぐ辺りが寒くなる。帰ってきた沙羅にジャケットを渡すことにした――。

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