第23話 秘密のダブルデート
【間章 9/19 午前8時 @どこかの高速道路】
からりと晴れた土曜日。残暑らしく夏の陽射しは依然降り注ぐれれど、時折吹く風はどこか秋めいた香りを伴っている。
道を歩けばふと秋の花が顔を覗かせていることに気がついて、後少しで今年の夏も終わる気配を感じる。汗ばむ季節の終わりに清々とする気持ちもあれば、どこか夏を寂しく思う気持ちもある不思議な季節。
ただ、今日は待ちに待ったみーくんとのデートの日。そんなセンチメンタルな気持ちは彼に会えばすぐに吹き飛ぶはず。今日は先にさーちゃんが会う日なので、いつもの手筈なら1つ次の電車に乗って彼らを追いかける。
今日の行き先は近所の駅から電車で2時間以上もかかることもあって暇が多いはずだった。イヤホンで音楽を聞きながら車窓の景色を眺めながめ、時折さーちゃんからの報告に目を通し、彼との会話を想像して胸を踊らせて……そういう予定だった。
助手席の窓から外の景色を確認すると、隣の車線で止まったような大型車何台も追い越していく。ちらりと運転席の速度計をみると時速100km/hは超えていることは分かる。私の目線に気がついたのか、運転席に座る彼?はこちらに一瞬目配せしてニコリと微笑む。
「愛ちゃん、もうすぐインターチェンジだから速度落とすよ。安心してね。少し急いだおかげできっと
髪をまとめ上げキリッとした印象の目。女の私から見ても一見性別がわからない中性的なメイク。オーバーサイズの男物のTシャツは本来の身体のラインは隠している。
「あ、心配してるのバレちゃいました?えへへ。間に合うなら良かったー。」
どちらかというと内心この速度が速すぎないかについて、少しの不安感が残っているけれど知らないふりをした。
「向こうに付いたら入り口で入れ替わるんだろう?」
「その予定です!さーちゃんが付くまでの2時間みーくんを独占しっぱなしですからねー。着いたら代わって貰います!」
「私は
「
さーちゃんは、今私達とぐるっと反対周りで目的地の遊園地へと向かっている。きっと直線距離にするとまだ100km近く離れている。今から折り返してぐっと距離を縮めていく。
私達二人を応援すると言った言葉通り湊さんは色んな手伝いをしてくれる。今日も湊さんは朝早くから出かける私達双子を家の前まで車で迎えに来てくれた上に、わざわざ私達の両親に挨拶をしてくれた。
「愛ちゃんと沙羅ちゃんを今日一日お預かりします。必ず、怪我はさせませんので。」
湊さんはその時はまだ髪は降ろしていて女性らしい振舞いだった。丁寧にお辞儀をする年上の女性が現れたことに両親は眠気眼ながらもとても驚いている様子だった。その湊さんよりもずっと恐縮していたのは私達の両親二人のほうかも知れない。車はそのままさーちゃんを駅へと送り届けて私達はそのまま目的地へと向かい始めた。
「一人で遊園地の中を追いかけるのは寂しいでしょう?御波とデートして空いた時間は私とデートしましょう。」
私達が双子だって湊さんに指摘されてバレてしまったあの日。湊さんは気遣うように、いやあるいはイタズラのようにそう提案してきた。それはみーくんにはちょっと悪いけれども、とっても楽しそうだったので私達2人揃って快諾をした。
いつか私達2人のことをみーくんに話すことができれば今日の出来事も共有できればいいのに。
「さーあと少しだよ。ここからバイパスに乗り換えたらもうすぐそこ。」
「ふふ。湊さんありがとう!」
眼前に広がるのは青空と立派な山々と自由に浮かぶ白い雲。先週までは台風を心配していたけれども、今は雨の気配なんてどこにも感じない。きっとさーちゃんも同じ気持ちで空を見上げているはず――。
【9/19 午前8時 @電車内】
「サラは富士の方に来たことはある?」
特急の電車の中、ボックス席に沙羅と2人並びカタンカタンと軌条の継ぎ目で起こる振動に身を任せる。その揺れで隣の彼女と触れ合うのが心地よい。窓の外はすっかりと樹林に包まれているけれども、木々の隙間からは青空から溢れる光がこぼれ落ちている。
「んー。昔は家族でキャンプとか来てたかなー。えへへ、でもどこに行ってたのか分かってないー。お父さんが運転してくれていたね。」
「子供の頃に乗った電車とか車とかの行き先なんて覚えてないよな。」
「みーくんも一緒?えへへ、そうだよね。あとー、よく車の後ろで寝てたしー。でも、たしかそんな行き先の看板が見えてたから合ってるとは思うよ。」
後部座席で眠る子供の頃の彼女は……いや今の彼女でも。きっとその姿は見ているだけレで笑みが溢れるだろう。
「今日も眠かったら寝ていたら良いよ。」
「帰りは疲れて寝ちゃうかも。でも今は、みーくんと一緒にいてワクワクしてるから寝ないよ!」
「あ、湖見えたよ!ほら!」
沙羅が指差す車窓の向こうには太陽の光を波目状に反射した水面が見える。キラリキラリと反射した光が窓越しの俺達を照らしだす。
「湖も見えたしもうちょっとで乗り換えかなー。」
「写真!みーくん。撮って!」
彼女が嬉しそうな声でスマホを取り出して手渡してくれる。
「いいよ。ほら沙羅、ピース。」
渡されたスマホを構えて彼女をフレームに入れ込む。
「ちがうよー!ほら、一緒に。」
「わっ。」
彼女は俺の腕を引っ張りあげて自分の方へ抱き寄せる。窓辺の席に2人、ぎゅうぎゅうと押し込まれる。高鳴った胸を隠しながら窓の外と俺達を映してシャッターを押す。ギリギリフレームの中に押し込まれた俺達の笑顔が水面に負けないくらい輝いていた。
「なんでも一緒がいいの。」
「あはは、俺も一緒がいいよ。今のちょっとびっくりしちゃった。」
「えへへ。ごめんね。――でも次はびっくりしないでね。」
屈託なく微笑む彼女は人差し指で俺の頬をちょんと小突く。ここが周りから見えにくい囲われた席でよかった。これじゃあただの浮かれたカップルでしかない。いや、まあその通り想われても仕方ないのだけれど。
「わかった。次は驚かないように最初から2人で撮るようにするよ。」
「うんー。それがいいねー。」
カタンカタンと規則的なリズムで揺らしていた電車は段々と速度を落として、山間の急カーブを蛇行しながら目的地へと向かっていく。
ぐっと横向きの加速度で2人が押し込まれながら寄り添うけれど、依然みたいに照れ合うことはなくそのまま2人手を握り合って身を委ねている。いやその表現はちょっとだけ嘘を付いてしまっている。まだ照れ合って元耳くらいを紅く染めているくらい。握りあった手はお互いの気持ちを確かめ合うように段々と強くなったり弱めたりしている。声に出す会話に代わりモールス信号で会話するようにして。
「沙羅。」
「なあに?」
「ふふ、なんでもないよ。」
本当に何でもなかった。ただ彼女の綺麗な名前を呼びたかっただけだ。
「御波くん?」
「なんだ?その呼び方。」
「もしもみーくんと同級生だったらっていう設定―。えっへ、どうだった?」
「耳が慣れてなくてくすぐったい。」
みーくんという呼び方の方が甘くて甘ったるくてとても甘過ぎるはずで。そのはずだったのにもうすっかりこの耳はみーくん呼びに慣れてしまったようだ。
「えー。御波先輩の方がいいの?」
彼女は少しだけ調子に乗ってきたようで、時折見せるイタズラな表情のまま俺の反応を楽しんでいる。
「それは大学で呼んでくれ。」
「わかった。入学したら皆の前ではそう呼ぶね。」
2人きりのときは何て呼んでくれるの?そんな分かりきった質問は問いかける必要もなかった。
「2人のときはみーくんだから。」
流石にもう堪えられなかった。その甘えた子猫みたいな声に耳元だけじゃなくて頬まで紅く染まってしまったと思う。
「……わかった。そうしてくれ。」
その声を絞り出すので精一杯。通路側の方に目線を動かして、隣のボックス席にだれも座っていないことを確認して安心する。左隣の彼女は満足そうな顔のままだった。
【9/19 午前9時半 @遊園地の入り口】
2人揺られた特急から乗り換え、さらに単線の電車にさらに揺れられること1時間。目的地の目の前へとたどり着いた。駅前には桜の樹が植えられていて、標高が高い関係なのか都会と比べていち早く色づき始めている。大体の葉はまだ夏の青い緑色をしているけれども、黄色と朱色に変化した葉がちらりちらりとその中で目立っている。あと数日程度朝方に秋らしい気温の低い日が続けばきっとその全身が紅葉に染まるだろう。
辺りには俺達と同じようなカップルや子供連れなどが開園前の入り口の前に列を作っている。都心の遊園地と違って人の波に飲み込まれるほどではないけれど、行楽日和らしい賑わいを醸し出している。
「わーい。とーちゃくだね!」
「結構かかったねー。」
「みーくんと一緒だったから合っという間だったよ。」
そのセリフは女の子に言われたいセリフのランキングを作ればきっと上位に入り込む。
「俺も時間は経ったけどなにも気にならなかったよ。」
「んふふ。嬉しい。」
彼女が笑ったのと同時にごぉっと遊具が通り去る音が辺りに響く。子供達がその光景を見てきゃっきゃと楽しそうにはしゃいでいる。
「ジェットコースターすごいねー。」
「怖いの本当に大丈夫?」
「私は大丈夫だよ。でも、隣にちゃんといてね?」
か弱く見えるくらい小さな手にジャケットの袖ぎゅっとを掴まれて断れるほど意地悪な性格はしていない。
「ちゃんといつもいるよ。――開園まで少しあるけどお手洗いとか大丈夫?」
「んんー。そうだねー。」
沙羅はスマホを取り出して時刻をみているのか思案している。まあ、入園してからでも用意はされているだろうし大丈夫だとは思う。
「あ、一応行っておくねー。――怖いの乗る時絶対に手を離さないでね。」
何故か忘れ物を取りに帰るような具合で沙羅に念押しをされる。
「ああ、分かってるよ。行っておいで。」
「待っててねー。」
今日の彼女はいつもの革靴やヒールと違ってスニーカーを履いている。髪もアップにまとめ上げているのでとても動きやすのだろう、軽やかに人の隙間を駆けていく。そのステップに合わせて揺れるTシャツの裾はまるで秋風に揺られる花弁のようでいつまでも見ていられそうだ。
「どうようかな、チケットは買ってあるしなー。」
財布から事前に買っておいた二人分のチケットを取り出して少しだけ眺める。ふっと空を見上げて周囲の音に耳を済ますと、喧騒に紛れてさっき目の前を通ったジェットコースターのように遊具を調整している音が遠くからいくつも聞こえてくる。
山の天気は変わりやすいと聞くし、この季節柄台風が来ないかをずっと心配していたけれども雨の心配なんてしなくてよさそうだ。空を見上げてそう感じた――。
【間章 9/19 午前9時半 @遊園地の入り口近く】
「さーちゃんこっちこっち。」
建物の裏から小声であーちゃんが呼ぶ声がする。
「あーちゃん、時間通りに来れたんだねー。」
「うんー。湊さんのおかげ!」
「や、3時間ぶりだね沙羅ちゃん。」
髪を帽子の中に入れ込んで束髪感を出した湊さんはその声を聞かなければ男子高校生みたいだ。
「えへへ、少しぶりです!じゃあ今からあーちゃんとチェンジです!」
あーちゃんから薄手の上着を受け取りハイタッチする。
「みーくんは今は券売機の前で待っててくれてるよ。」
「いってらっしゃい。御波と楽しんできてね。」
「はーい!」
あーちゃんはさっきここまで駆けてきた私と同じように軽やかに辿っていく。
「開園するまで時間まだあるし陽射しもあるし車で待っていようか。」
「はーい。――湊さんはあーちゃんと何してたんですかー?」
2人して駐車場の方へ戻っていく。1人きりだったらちょっと暇になってしまうけれども、今日は楽しい共犯者がいてくれる。待ち時間も退屈しなさそうだ。
「同じ話ちゃんとするよ。御波の好みの話ね。」
「えー、どんなですか!」
「その顔、さっきも見たね。本当、狐に化かされているみたい。」
湊さんはくすくすと笑いながら肩を揺らしている。昔から同級生に似たような反応をされたことがある。ちょっとむっとしたこともあるけど、尊敬する先輩の笑い声では全然嫌な気持ちにならない。
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