第19話 夏の思い出
【間章 8/19 午後8時 @梅ヶ谷家】
今日、
「さーちゃん、ちょっと出すの遅くなかった……?」
沙羅が言い訳がましくさっきの非常に公平な勝敗について異議を申し付けてくる。
「ううん。遅なかった。」
きっぱりとあーちゃんに言い張る。少しだけタイミングがズレた気もするけども知らないことにした。
「えー。次からビデオ判定導入しようかな……。」
「そうしても私の勝ちがはっきり写っちゃうだけだよー。」
「むーあやしい………しかたない、かー。」
あーちゃんは少しだけ唇を尖らせて私の机へと座る。私の机のほうが部屋の入り口が近いので外からの音が聞きやすい。部屋にもしも誰かが来そうだったら、机を2度叩くのが合図。急いでみーくんにばれないようにしなければならない。
「じゃあ、よろしくー!」
「はーーーい。」
がっくりと肩を落として机に座った愛を見て片耳にイヤホンを付ける。いつものアプリを立ち上げて、彼のアカウントを選択しプライベートコールをかける。軽やかな呼び出し音が聞こえた後、数秒の空白を経て彼の気配が耳元で聞こえる。
「みーくん。こんばんは!」
私は元気よく挨拶をする。彼に少しでも良く思って貰えるようにしたいからだ。
「沙羅、こんばんは。」
そうだよ、今日は沙羅で正解。声には出さないけれども。
アカウント名をサラにしておいて良かった。こうして彼に名前を呼んでもらえる。それだけでとても幸せだった。
他愛のない話をしていく。今日友達としたこと。とても楽しかったけれども今もそれよりもっと楽しい。みーくんは電話の向こうでどんな格好をしているだろう。もしも私が顔を見たいっていえば見せてくれるだろうか。
でも、私の顔を見せてほしいって言われたちょっとだけリスクが高い。それにあーちゃんにこっぴどく怒られそうだ。
⁂
えへへ。嬉しいな。みーくんが今度、私達を遊園地に連れて行ってくれるらしい。心の底からの二つ返事で快諾したしたつもりだった。
「嬉しいな。そんな良い返事くれるの……。でも、サラが行きたい……。」
みーくんがなにか言いかけた時に、電話の向こうから甲高い音が響く。結構遅い時間だけれども来客だろうか?
「あ、お客さん?」
「ちょっと待ってね、ごめんね。」
それとも訪問販売?もしかして湊さん?
「ううん。行ってらっしゃーい。」
そう言うと、みーくんはマイクをミュートにして行ってしまった。大好きな食後のデザートを食べようとした寸前で取り上げられたみたいでもやもやする。
しばらく待ってみたけれども中々みーくんは戻ってこなかった。
「んー。あーちゃん。」
布団から潜りだしてさーちゃんを呼ぶ。
「あれ?みーくんは?」
「なんかお客さんみたい。ちょっと抜けちゃった。」
「この時間に……?それ、あやしい……。」
あーちゃんも私と同じ感想のようだ。私達は二人揃って首をかしげる。
そのままもう1分くらい待っていたらみーくんが帰ってきた音がした。急いで布団へ潜り直して元の定位置に戻る。
「ごめん、ちょっと遅くなったね。」
みーくんの様子が少しだけおかしい。ちょっと浮ついている。
「あ、みーくんおかえりー。どうしたの?大丈夫だった?」
「ああ、藍沙がちょっと荷物を渡してくれたから時間かかった。ごめんね。」
聞き捨てならない言葉が聞こえた。幼馴染特権があればこんな時間にみーくんの家に上がれるの?
「……
自分でもむっとした声が出てしまうのが分かる。
「あ、ああ。」
みーくんは私の声に少しキョトンとしているようだ。それはちょっと鈍感だと思うな。だからここは攻めどころだ。
「みーくんのお家に私もいく!お邪魔します!……いいよね?」
みーくんに断られないように最後にはめいっぱい可愛く念押しする。
「はい、イイです。」
「やったー!じゃあ約束だよ!」
ちょっと予定とは大きく違う流れだったけれども、みーくんの家に行く約束を取り付けてみせた。私の声にびっくりしたあーちゃんが布団の隙間から覗いている。後で作戦会議をしよう。あーちゃんにウインクをしてアイコンタクトする。きっと、わかってくれる。
【8/20 午前7時 @三崎家】
昨日の朝はあれだけ暇だとぼやいていたのが嘘のように、夜から今にかけてとても忙しかった。藍沙が突然尋ねてきたと思ったら俺に手土産として手作りのケーキをくれるし、そのことを沙羅に口を滑らせてしまったら家にあげる約束をされてしまった。確かにちょっと失言だった。それは反省したけれども、通話が終えてから急いで片付けをしていたら興奮してしまったのか、中々に寝つけなかった。最後に時計を見た記憶があるのが午前3時。4時間も寝ていないのだと思う。
沙羅がこっちの駅まで来るまでまだ3時間ほど時間があるけれども、今寝てしまったら寝過ごしてしまいそうで怖い。とても眠たかったけれども致し方ない。寝不足のせいなのか身体が少し重かった。だけれども、元気のない姿を沙羅にみせるわけにはいかないのでコーヒを入れてカフェインを身体に取り入れる。苦いその味で少し目が覚めた。
「あ、そういえば。」
藍沙に貰ったケーキを冷蔵庫に入れたままだった。丁度コーヒを入れたのだ。一緒に食べようとして冷蔵庫からケーキを取り出した。
昨日彼女の前で箱を開けて少し見ただけでもわかったことだけれども、とても綺麗にできたケーキだ。正直、手作りと聞いたら食べるのが勿体ないくらい。ここまで上手くできるようになるのにどれだけ努力が必要なのだろうか。
鳥の鳴く声が外から響く良い朝。口の中が苦いコーヒでいっぱいになっていたところにケーキを一欠片口に含む。甘い味が広がった後にチョコレートのほんの少しビター香りが鼻の奥をくすぐる。素人の俺にはもうお店で買うような既製品との違いは分からない。バイト先の喫茶店にこのメニューがあればきっとよく売れるだろう。今の疲れた身体に染み渡る。とても美味しい。また彼女に会ったら伝えよう。
⁂
沙羅が乗換駅に付いた連絡を受けて家から出ることにした。今日の彼女はどんな服装だろう。本当に俺の家にくるだけで楽しんでくれるだろうか。ちょっとだけ心配になる。
夏の日差しは相変わらずに強くて。自転車に乗っていても信号で立ち止まる度に汗が垂れるのがわかる。暑さのせいだろうか少し立ちくらみがした。強い日差しを手で遮って信号が青に変わったのを確認して自転車を走らせた。
「みーくん。お待たせー。」
「サラ。久しぶり。」
駅の改札から飛び出すように駆けてきた沙羅を出迎える。今日もとても可愛らしい格好だった。タイト気味でハイウエストのグレーのスカートは彼女の身体のラインを出していて。白のブラウスと彼女の白い肌は夏の陽射しを跳ね返すように涼しげだ。
「えへへ。じっと見てどうしたの?」
彼女は長い髪の右側で纏めていて、ちらりと覗いた左側の耳元にはこの前にプレゼントしたイヤリングが太陽の光を反射してきらめいていた。
「いや、イヤリング……付けてくれてるなって。ちょっと見惚れてた。」
まだちょっと気恥ずかしいけれども正直な感想を伝えた。
「うん、みーくんのくれたものだから付けてきたの。ふふ、ありがとう!」
何の混じりけもない笑顔で沙羅が笑う。その笑顔が好きだなって想う。
「そう言ってくれたら。また買ってあげたくなるよ。」
「んー。じゃあ、何買ってもらおうかなー。」
人差し指を顎に当てて彼女はまるで踊るように揺れ動きながらいたずらに微笑んでいる。出会った頃ならすぐさまに遠慮しがちな言葉を返されていたと思う。沙羅と仲良くなってきて少し違う面も見せてくれて嬉しい。
「暑いだろう。家行こうか。」
「うん!みーくんの家に行く!」
その会話を契機に自転車を押しながら沙羅の歩調に合わせて元来た道を戻っていく。
「はぁ……。暑いな……。」
額ににじむ汗は先程までよりも多くなってきた。
「みーくん、汗すごいでてるねー。」
「なんか、今日は特に暑くてな。」
「ハンカチ使う?」
沙羅がハンカチを差し出してくる。桜色の可愛らしいデザイン。俺が使うには勿体ない。
「そんな綺麗なハンカチ使えないよ。」
「そんなこと言わずにね?」
沙羅はそういって俺の額についた汗を拭き取ってくれる。沙羅の指先は少しだけひんやりとしていて気持ちがいい。
「ああ、ありがとう……。」
「みーくん額熱いね、大丈夫?」
心配した彼女が顔をしかめて様子を伺ってくる。
「うん、大丈夫だよ。あ、サラはアイスクリームすき?」
「え、うん!好きだよ!」
ちょうど駅前から家に向かう途中にアイスクリーム屋がある。沙羅が喜んでくれるのなら寄っていこうと考えていた。
「じゃあ、ちょっと着いてきて。」
「うん、みーくんとなら何処へだって。」
少しだけズレていた立ち位置をそっと直すように、沙羅はぴったり横に並び言い直してくれた。いつかの夢の中での彼女のようだった。
アイスクリーム店の自動ドアをくぐり抜けると、店の名前の印象通りにひんやりとした空気が流れ込んできて気持ちがいい。日射で温められた身体が冷えて気持ちがいい。
「こちらメニュー表です。」
「はい、どうも。」
店員さんからポップなメニュー表を受け取る。男子だけではとても来れそうにない店だったので利用するのは初めてだ。
「沙羅は何が食べたい?」
「えー。んー。ちょっと待ってー!」
食い入るように見つめる彼女にフレーバーの選択は任せることにした。目を輝かせてメニュー表を見る彼女の横から彼女の視線を追っていく。
「イチゴ好き?」
「え。なんでわかったのー?」
「ふふ、なんでだろうね。」
視線の先がわかりやすかった。きっとベリー系が好きなのだろう。
「みーくんもイチゴ好き?」
「ああ、好きだよ。」
「じゃあ、これと、これ!」
彼女の指先にはベリベリーストロベリー、ストロベリースペシャルタイムという言葉が並んでいた。聞くまで名前が覚えられるか不安だったけれども、その二つなら簡単に覚えられた。
「じゃあ、買おうか。」
「半分こしてくれる?」
ちょこんと首をかしげて聞いてくれる。シェアするのもそろそろ定番だ。
「もちろん。」
二つ返事で快諾する。冷たいアイスを流し込めばこの熱い身体も静まってくれるだろう。
「ご注文はお決まりですか?」
「すいません。ベリベリーストロベリー、ストロベリースペシャルタイムください。」
「ふふ、はい少々お待ち下さい。」
年上のお姉さんの店員さんにすこし笑われた気がする。あれが年上の余裕なのだろうか。俺もその余裕が持てるようにあやかりたいものだった。待っている間に沙羅の様子を見ているとまたメニュー表をみながらスマホでメッセージを送っている。また、食べたいフレーバーがあるのかもしれない。
⁂
店を出て曲がり角を一度左に曲がった後、道沿いに真っ直ぐとすすめば俺の家だ。
「藍沙さんって家によく来るの?」
「いや、昨日初めて来たな。まあ、実家って意味なら何度もあるけれど。」
「いいなー。大学生になったらみーくんの家に泊めてもらおうかな。」
大胆な発言。夏の暑さで彼女も開放的になっているのか?
「大学生になってたら、いいとおもうよ……。」
動揺を隠すように彼女から目をそらすようにしながらそうやって言うのが精一杯だった。何にも隠せてはいないと、後から思い直したけれど。
「やった、えへへ。なんか大学生らしいよね、そーいうの。」
「沙羅にもいっぱい友達ができるさ、女子会とかできるんじゃないかな。」
「
「湊は……。一人ではないけど、あんまり群れないからな。好きな人とだけいつも一緒にいるイメージはあるよ。面倒見がいいし。」
「たしかに。湊さんならそういう感じかな。」
同じ時間を3人で確かに共有しただけあって意見は同じようだ。
アパート階段下の駐輪スペースに自転車を止めて2階の自宅へ向かう。湊の住んでいるマンションくらい立派なのは女子学生用の寮だけだ。
「ちょっと狭いけど、どうぞ。」
「気にしてないのにー。お邪魔しまーす。」
元々持ち物はそこまで持っていなかった。床に散らばった衣服やケーブルなどを整理して床なんかも綺麗に吹いておいた。
「全然、綺麗にしてるねみーくん。前まで汚いって言ってたのに。」
「沙羅が来るからな。急いで掃除した……。」
頭をかきながら答える。実際事実なのだから。
「普段のみーくんも見てみたいけど、でも、ありがと!」
サンダルの紐を外して沙羅が家に入ってくる。素足がすらりと伸びていた。来客用のスリッパとか用意しないと行けないんだなって今初めて気がついた。
「ここでいつも通話してるの?」
彼女はパソコンが置かれた机の椅子を指差す。
「そうだよ。基本はそこで勉強もゲームも、アイとの通話もしているよ。」
「んふふ。座ってみていい?」
「どうぞどうぞ。」
彼女は椅子に座ってしげしげと周りの景色を見ている。俺からすれば何もない景色だけれど、逆の立場になったらまた違う感情があるのだろう。おれも沙羅の椅子に座ったら同じことをしたいかもしれない。ただ、男女が変わるだけで少し変態性が増すけれども。
「あー。アイス。溶けちゃわないうちに食べようか?」
「うん。一緒に食べよ?」
保冷剤が入れられたその容器はひんやりとしている。ピンク色をしたアイスクリームのカップを2つ取り出した。
「どっちか、どっちかわからないね。ふふ。」
「どっちもストロベリーだからねー。でもきっとこっちがスペシャル!」
彼女が言い当てた方が確かに華やかな色合いをしている。スペシャルと名前らしいデザインなのできっとそうだろう。
「ああ、美味しい。」
ベリーの方を食べたけれどもさっぱりとした酸味があり下を刺激してきて美味しい。
「こっちも美味しいよー。んー。」
何故だろう、頭が少しだけボーッとする。あまり考えがまとまらない。
「沙羅、こっちもたべる?」
スプーンにアイスを乗せて彼女に差し出す。
「え、みーくん?……あ、うん。あーん。」
沙羅は恥ずかしながら渡したアイスをたべてくれた。あれ、はずかしいはずなのに。
「みーくんも今日は少し大胆だね。えへへ……。あれ?」
さらの声がすこしだけとおくにきこえる。かわいらしいこえ、ずっとそのこえをきいていたい。
「みーくん?だいじょうぶ?みーくん?」
ああ、ちょっとねむいな。からだもあつい。なつのせいだろうか?
⁂
「みーくん……。身体やっぱり熱い。風邪……かな。」
突っ伏してしまったみーくんを起こそうとしたけれども、一人の力ではどうしようもなかった。緊急自体だ。どうしよう、みーくんを少し無理させたのだろうか。
どうしようもなくなってしまったので電話をかける。
「さーちゃん。みーくんのお家に入ってきて!急いでー!」
「え?どうしたの?」
「みーくんが倒れちゃったー。」
「すぐ行く!」
彼女がたどり着けるようにアパートの名前と号室を連絡しておく。1本遅い電車で来ているはずなのでもうしばらくしたら来るはずだ。取り敢えず、みーくんの体温が下げられるように濡れタオルを用意することにした。
「お邪魔しまーす……。」
そっと音をたてないようにさーちゃんが来てくれた。
「みーくん、寝てるの?」
「風邪かなあ、大丈夫かなあ。あ、さーちゃん運ぶの手伝って!」
「あ、うん。」
二人の力でならなんとか持ち上げることが出来た。男の人の身体って重いんだなってしみじみ思う。みーくんをベッドに寝かせて、頭と脇に濡れタオルを置いておいた。
「ごめんね、みーくん。」
「無理させた?困らせたかったわけじゃないんだよ。」
私達はベッドの脇に座り込んで彼の寝顔を眺める。最初倒れた時はとても苦しそうだったけれども今は落ちついている。
初めて彼の前で二人揃っている。今ここで起きちゃったら計画が水の泡だなあ。でもしょうがないよね。その時は二人で看病しよう。それで秘密を話すしかない。
「サラ…?」
みーくんが寝言を言った。起きた様子はないけれども、夢の中でも名前を呼んでくれたみたいで嬉しい。
「「なあに?みーくん。」」
私達二人はそっと彼の頬を撫でて優しく見守ることにした。
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