第17話 4つの星
【8/13 午後3時 @喫茶店 La Lune】
都心とまでは行かなくても駅前の立地にあるこの喫茶店の周辺にはビルがそれなりに多い。コンクリートに照り返した太陽の光はヒートアイランド現象を起こして一帯をより一層に温めている。その暑さにやられた人々は疲れ切ったその体に安らぎを求めている。我がアルバイト先、喫茶店 La Luneはそんな需要にお答えして冷房をよく効かせて、冷たい飲み物を提供している。
ただ、今日の冷房はちょっと効きすぎのようで。
「みーくん。見てみて、じゃーん。志望A判定!」
隣の席の座る
「おー、凄い。やっぱり、沙羅は勉強できるな。」
「えへへ。でしょー。安心してくれた?」
「ふふ、でもやっぱり数学は他に比べて少し低いね。」
「あはぁ、ばれちゃった?」
他の科目に十分カバーできているし、特にこのままだったら問題なく合格はするだろう。ただまあ、自分が勉強を見ている手前、数学の結果は念入りに見ておきたかった。
「まあ、でも本当に良く出来てるよ。俺の同時期の結果よりもいいよ。」
「ほんと?じゃあまた、どこか連れて行ってくれる?」
「あ、ああ。いいよ。」
向かいには
「ごめんね。どうしても結果見せたくって。今日はタイミング悪かったかな。」
俺の視線に気がついたのか、沙羅が申し訳ないように小さな声でつぶやく。
「いや、サラはまったく悪くないよ。ちゃんと人が多くなりそうだって言っておけばよかたね。」
アイスコーヒーを一気に口に流し混んで、苦さとカフェインを感じる。できればこの妙な空気をそっと洗い流したい。
「サラちゃんだっけ、えっと御波といつから知り合いなの?」
「えっと、3年くらい前かな。でもオフラインで会ったのはまだ3ヶ月位です。」
「私と御波のフレンドよ。」
「へ、へえ。そうなんだ。」
藍沙がその話を聞いてさらに引きつった顔をしている。
「今どきはSNSとかゲームで会うのね……。」
ぼそっと口を尖らせて熱いコーヒに口をつける。しかし、彼女は猫舌だったはずだ。会わないうちに好みが変わったのだろか?
「あつっ。」
舌をぺろっとだして冷ましている。なんでアメリカンコーヒーなんて頼んだんだろう。
「藍沙、お冷あるよ。やけどしてないか?」
「あ、ごめん御波。ありがと。」
この前に実家で話をしてから以前の藍沙と比べて随分と丸くなったきがする。記憶の彼女はもっとトゲトゲしかったのだけれども、沙羅がいるので借りてきた猫みたいな状態なのかもしれない。ちょっと気を使っておかないとダメな気がする。
「昔から猫舌だったもんね。なんでホットにしたんだ?」
「んーう、うるさい!」
ぷいっとお冷を受け取って舌を冷やしている。まるで本当に猫みたいな奴だ。
「みーくんと藍沙さん、とっても仲良しですね。」
くすくすと沙羅が笑ってくれている。でもよく見るとちょっと彼女も様子がおかしい。向かいの二人から見えないような陰。そっと右手の指先が俺の太腿の横に触れている。目の奥もちょっとゆらりゆらりと揺れている?自意識過剰だろうか?
「御波とは19年前から知り合いだからね!」
確かに生まれ育ったときから藍沙は隣の家に住んでいる。赤ん坊のころから一緒に写った写真が実家のアルバムにあったはず。
「2年ブランク付きだけれどもね。あ、私は4年まえから御波と友達だから。」
湊が冷静に補足を伝える。いつもはフォローをしてくれている彼女なのに、今日は何故かちょっと油を差して来ているのは気の所為だろうか。
「もうちゃんと謝ったもん。」
「ほんと、ようやくね。」
空調の設定温度下がっている気がする。店長に言っておかないと……。そっとこっちを見て店長が空虚な目をしている気がするけど……。
「サラ、年上ばっかりに囲まれてやり辛いよね。」
「ううん。御波先輩と、……先輩達のいろんな事知れて楽しいですよ。」
沙羅は柔らかで身体をそっと撫でるように優しい声音でそう応えてくれた。
「御波になんでこんな良い子が……。」
藍沙がぐっと目をつむりシワを寄せて、自分の人差し指でぐっと眉間を抑え込んでいる。
「私、そんな良い子じゃないですよ…。きっと、悪い後輩ですから。えへへ。」
「サラちゃんが悪い子なら、私も御波も藍沙もきっと大罪人ね。さ、藍沙約束通り買い物行くわよ。」
「んー。わかったー。行こうか……。」
藍沙は結局コーヒーを飲み干すことができないままに立ち上がる。
「二人共何処か行くのか?」
「そうよ。御波には内緒。」
「ええ。そうか……。」
湊の迫力からすると深堀りすると怒られそうだから、そっとしておく。
ただ、さり際にそっと湊から耳打ちされる。
「フォローちゃんとしときなさいよ。」
湊の言葉には”誰へ”が無かったけれども、きっとサラへだろう。
「またね。サラちゃん……。御波も……。」
藍沙はぐっと前かがみになって湊に押されながら店を後にしていく。
「おふたりとも、またよろしくお願いします。」
沙羅は立ち上がりにくいだろう、椅子の隙間から立ち上がってぺこりとお辞儀をしている。
「またね。」
二人にそっと手を降って店から出ていくのを見守る。
「みーくん、ごめんね。やっぱり邪魔しちゃったね。」
沙羅が申し訳ないように目を伏せて謝ってくる。
「藍沙と俺の距離感がまだふわっとしいてるだけだよ。サラに気を使わせた俺の方が謝らないとだめだね、ごめんね。」
そっと彼女の手の甲に掌を重ねて、謝罪の掛け合いをする。
「ううん。えへへ。みーくんがちゃんと気遣ってくれるから大丈夫だよ。」
⁂
「2年のブランクは大きすぎたのかな……。年下の子といい感じって湊が言ってたけれどあれじゃあもう勝てないよ……。」
「そりゃ大きいわよ。それにあれは反則クラスだしね。」
「可愛い。何あれ……。」
「あれで欠点の一つでもあれば、男からしたらもっと可愛いだけよ。」
「あー。あぁ。」
項垂れている藍沙は少しほっておこう。しばらくしたら元気に立ち直ってくれるだろう。御波に素直になれない以外は藍沙だって随分と可愛いと思うのだけれど。
「あ、御波に本返すのを忘れてた。」
「ん?どうしたの?」
「今日、御波に本を返す約束していたけどゴタゴタで忘れていた。後で返しておかなきゃ。」
うっかりしていた。藍沙とサラちゃんがブッキングした一件ですっかり抜け落ちてしまっていた。
「湊はいつも真面目ね……。」
これが私の性分なのだ。ずっと、この先もきっとそうだろう。
【8/13 午後5時 @駅前】
いつもは勉強したあとにすぐに駅へと彼女を送り届けるけれども、沙羅のフォローを兼ねて今日は少し寄り道をしていた。
「サラは、アクセサリーとか休みの日でも付けないのか?」
彼女にプレゼントに何を送るか困っていた俺はヒントが欲しかった。もうちょっとスマートに聞けるようになると大人の男性になれるのだろう。
「んー。イヤリングとか、指輪はたまにつけるよ!学校はもちろん付けられないけどね。あ、全然高くないやつだけどね……!」
沙羅はなぜか両手を振ってパタパタと否定してくる。
「ああいう店?」
10代の女の子でも手が届きそうな値段帯のアクセサリーショップが通路の途中に祭りの出店のように店を広げていた。
「うん。友達とか、家族とかで見たりしてるかな!」
着飾らなくても十分に綺麗だと思うけれども、女の子にないか自分が選んだものを渡して身につけてほしいのはある種の男の独占欲だと思う。
「あ、これ可愛い。へー。」
沙羅は一つの指輪を手にとった。イミテーションだろうけれど、ピンクゴールド色で花冠のように不思議な形をした指輪をそっと人差し指にはめている。
「ちょっと大きいけど、可愛い。みーくんはこういうデザイン好き?」
「似合っているよ。――サラはピンク色が好き?」
俺はスマートフォンについたアクセサリーを思い出していた。
「うん、ありがとう! そう……かな、ピンク色好きだね!」
頭の中のメモ帳に情報を取り入れて記憶しておく。学校の試験範囲より、脳に刻みつけるように何度も頭の中で復唱する。
「こっちのイヤリングはどう?」
同じくピンクゴールド。チェーンの先は星を象っていて、中心には水晶がきらめいている。
「わぁ。みーくん、私の好きなデザインもうよく知ってるね!」
彼女はぱっと手を合わせて飾ってあるイヤリングを覗き込む。
「よかったら、着けてみて下さいね。」
「はい!」
店員に促されるまま、沙羅は右耳にイヤリングを着けてみる。パチンとリングをとじてそっと落ちないか確認する。
「みーくん、どう…かな?」
彼女は黒髪をそっとかき分けて、きらっと光る耳と首筋を見せてくれる。白い肌と黒い髪を、金色と透明に反射するアクセサリーがより一層に際立てていた。
「うん。もちろん、似合ってるよ!」
「えへへ、みーくんは何でもそう言ってくれそう。本当?」
「本当だよ、絶対。」
「ふふ、じゃあ信じようかなー。」
彼女を褒める言葉のレパートリーも増やしていかないと。くすくすと笑う沙羅は鏡を見てニコニコとしている。
「えっと、気に入ってくれたのなら、サラに……買おうかな。」
「え……でも……。いいの…?」
ちょっと強引過ぎたかな、大丈夫かな、色んな感情が渦巻くけれども、何とも全部は上手く出来ないのだ。押し切るしかない。
「うん。買ってあげたい。」
「じゃあ……。みーくんに買ってもらう。」
そっと付けていたイヤリングを外して、俺に2つとも手渡してくる。
「お買い上げでよろしいですか?」
「あ、はい!」
ずっと店員さんの存在を忘れていたけれど、俺達のやり取りを見守られていた。気恥ずかしさが指数的に上がっていく。
余談ではあるけれど、沙羅を駅まで送り、その後にまたこの店員さんにはお世話になる。彼女が試着で付けていた指輪のサイズを聞くためだ。
どうやらさっきの指輪はフリーサイズのようだったけれども、優しい店員さんは沙羅の指のサイズをおおよそに教えてくれた。やっぱり女の子の中でも細めの部類らしい。これで、沙羅本人に聞かなくて済む。多分傍目には必死になって聞いていたけれど、ぐっとこらえて恥を偲んでよかった。
⁂
「さーちゃん、今日の成果はどうかなー?」
「幼馴染の藍沙さんが登場したのはかなりの痛手!でもみーくんがプレゼントくれたから挽回のチャンスはまだあるよ!」
「だよねー。でも、プレゼント二人でつけられて良かったね。」
双子姉妹の片耳には星の形をしたイヤリングが電車の振動に合わせて揺れている。
「今度みーくんに会うときはヘアピン付けておかないとね。」
「えへへ、そうだね。」
二人の計画と秘密が御波に明かされるまであと少し。
手を取り合って電車に揺られる二人は柔らかに微笑んでいた。
【間章 8/13 午後10時 @三崎家】
「御波、入るよ?」
借りていた本を返すために御波の家を訪ねたけれども、彼の家から反応が無かった。
部屋の明かりは付いているけれど、風呂から音もしないし電話にでも出ない。少し心配になったのでそっとアパートの扉を開ける。
「御波?」
玄関先から除くと廊下の向こうで机に突っ伏している彼の姿が見える。
「はあ、心配したのに……、勉強して寝ていたのね。」
彼には悪いが勝手に家に入る。彼を起こしてベッドで寝てもらわないと風邪をひいてしまう。
そっとした足取りで家に侵入して彼の机の横に立つ。
「藍沙と仲直り出来て良かったわね。」
すーすーと寝息をたてる彼を横目に独り言を呟く。
「これで、私が無理に仲を取り立てる必要もないわね。」
壁を見るとサラちゃんと写った写真がはられている。仲良さげに見えるそれは恋人同士のようにしか見えない。可愛げのある笑顔が本当に眩しい。
「サラちゃんや藍沙みたいに、私も可愛ければ……御波も振り向いてくれた?」
聞き取れるか怪しいくらいの声では勿論寝ている彼に問いかけても答えは返ってこない。
「まともな恋愛できるといいわね。」
自分に対してなのか、御波に対してなのかわからない感想を呟く。ーーふぅっとため息をついてら彼の肩をそっと揺すろうとしたけれど……。
ただ、その前にまたサラちゃんと御波の写真に目がついた。水族館や夏祭りの複数の写真を見比べる。何故だろう?少し違和感がある。じっと見ても違和感の正体は分からない。
センチメンタルな気持ちに飲まれたのかもしれない。諦めて寝息を立てる御波の肩を揺する。
「御波、起きて。」
⁑⁑
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