第15話 和解へ一歩進んで二歩下がる
【8/2 午後8時@喫茶店 La Lune】
今日はバイトが終わり後は家に帰るだけ。そんなときにちょうど上がりが同じだった先輩がいたのでお礼を伝えておいた。
「先輩。お疲れさまです。あの、アドバイス、ありがとうございました!」
「あ、やっぱり上手くいった?良かったねー。」
小柄の先輩は黒のサンダルに裾の長い大きめサイズのTシャツみたいなデザインのワンピースを着ている。被っている黒の帽子とリュックサックが相まってとても活発的に見えるコーデだ。
「ええ、とっても上手く行きました。」
俺の顔はひどくニヤついていたことだろう。幸せを抑え込む自制心は失われている。
「あは?付き合った?告白した?」
「いや、それはまだですけど……。」
先輩までニヤニヤして楽しそうな顔をしている。目の奥が爛々と輝いているのが見て取れる。
「えーー。じゃあいつするよー。」
「それは……計画中というか……。」
もう店は閉店の時間だったので問題はないが、店の中にまで響いてそうな声を出しながら肘で俺を突いてくる。結局の所、こういう話が好きな先輩なのだ。
「クリスマス?誕生日?あの子の誕生日ちゃんと知ってる?」
「あ、えっと、10/29です。たしか。」
彼女から俺の誕生日を聞かれたことがあるのでその会話をした覚えがある。ちなみに俺は2/10が誕生日である。
「わー、ちょっと先だけど、まーいいんじゃない?それともまだ高校生なこと気にしているの?」
「それは、まあ……。」
「大学入ったらさ、いろんな男が寄ってくるよ?三崎くん以外の男になびくような子じゃない気がするけど。」
その観点はなかった。確かに大学にもなると付き合いの幅が増えてくる。沙羅がもしも大学の吹奏楽、ブラスバンドサークルにでも入ったら……。
「出会いがあるのはいいね……。三崎くん。」
「わ、店長!」
ぬっと店長が奥の部屋から現れる。絶対に白波先輩の声が大きかったから聞こえていたのだ。
「あ、店長お疲れさまでーす……。」
先輩が大分と小さな声になる。盛り下がったような声で一歩引き気味だ。
「お疲れさま。二人共今日もありがとうね。」
「三崎くん、ほらほら、大学の飲み会いくよ!」
「え。どういう?え、先輩?」
先輩に押されて裏口から店を後にする。飲み会の約束なんてあっただろうか。ぐいぐいと結構な力だったので抵抗もできずにいた。
⁑
「あぶなーい。セーフ……。」
「先輩、今日飲み会なんて約束してましたっけ。」
店を出てしばらくしたらようやく拘束を外してくれた。
「してない。あの場を抜ける方便。」
「店長が来ただけじゃないですか、どうしたんです?」
「……。」
先輩はぐっと口を真一文字に結んで黙りこくる。その後、そっと内緒話をするように耳元に口を寄せてきたので腰を落とす。
「店長、最近この前から付き合っていた人と別れたから……。」
それはまずい。今日もどこか元気ないとは思っていたけれど、仕事に疲れているのかと勝手に思っていた。
「ええ……。さっきの会話ってそういう……。」
「あのまま三崎くんの幸せ話してたら危なかった。ふう。」
ぬっと現れた店長の表情を思いだして冷たい汗が出る。私怨をぶつけてくるような人ではないだろうが、もうすこし情報を取り入れておいて気を使うべきだった。
「ま、ここまで来たら大丈夫だね。」
「ええ、まあ。」
ちらりとガラス張りの店を振り返る。奥から灯りは漏れているが……。大丈夫だろう。
「夏祭りでは手くらいは繋いだ?」
「ええ、繋ぎました。」
「やるじゃない。みーくん。」
その後の出来事も聞かれるので、何が合ったかを振り返りながら先輩に説明していく。
⁑
「それ……付き合ってへんの?」
なんで関西弁と思っったけれど、そういえば先輩は京都出身だった覚えがある。なぜか方言が出始めていた。
「え、目隠しされてー……花火そっちのけで見つめ合ってー……、それ、付き合ってへんの?」
「ええ……。まあ……。」
「うそやん。絶対うそや。意味分かんない。」
あの頼りになる先輩が口調もなにもかもが崩れていっている。でも、方言出していく方がいいのにとは思う。
「はぁ……。ま、いいけど。」
「やっぱり、誕生日には伝えたほうがいいですかね。」
「そうしたほうがいいよ……。」
ちょっとどころか結構に呆れられた気がする。やっぱり俺は甲斐性なしなのだろう。
「んー。じゃあ、前向きに頑張ります!」
「そう、頑張ってねー……。今日はもう甘い気持ちでいっぱい……帰るね……。」
そう言って背中を向けながら手を振って、とぼとぼと先輩は駅へと消えていった。
【8/2 午後9時@三崎家】
試験も無事に終わった俺は気兼ねなくゲームをすることができる。沙羅からのチャットが来たら音速でゲームを閉じるけれども。
いつもどおりに日課のクエストを消化していく。この辺りはもはや作業の領域だ。特に何の考えもなしに手を動かすことができる。勉強ばかりしていると心が詰まってくるので昔はこの作業感がたまらなく好きだった。年々、歳を重ねてくるとその感覚も変化が始まっている気はする。就職などをしてもゲームが続けられるのだろうか。
そんなちょっと後ろ向きなことを考えていたら、
「もしもし湊、どうした?」
通話に出てみたが返事がない。電波が悪いのだろうか。そっと耳からスマホを離して電波状況を見てみても特段悪い訳ではなかった。
「もしもし?」
何度問いかけてみても応答がない。よく耳を済ましてみると息遣いの様な音はする。こちらの声が聞こえていないのだろうか?
そうしていたら急にプツッっと通話が切られる音がした。
「間違い電話か?でも…?」
折り返そうか逡巡していたら、また電話がかかってきた。
「もしもし…?」
「
「ああ。ならいいよ。おやすみ。」
「おやすみなさい。」
今度は普通に応答されて電話が切られた。偶にタッチパネルが水に濡れて変な挙動するよね、とかその程度の認識でゲームへと戻っていった。
【間章 8/2 午後9時@桐山家】
湊は現在学生用のワンルームで一人暮らしをしている。一人では困ることはないくらいの広さはあるし、オートロックやセパレートバスなど設備と立地を考えると悪くない部屋だと思う。自分で言うのもあれだが部屋は綺麗に使っていた。
ただ、今は自分の友達を泊めているためその部屋は彼女の荷物などで大分と圧迫されている。久しぶりの日本での生活に羽を大きく広げているのか割と好きなように生きている。
「
「んーー?なに湊?」
「御波と仲直りするって約束したよね。」
藍沙は風呂上がりのまま布団の中でごろごろとしている。明日には自分の実家へ戻るはずだ。
「……。」
苦虫を噛み潰したような神妙な顔になった藍沙は口をむーっと結んで視線を外す。
「し…した。」
自分の両手の人差し指をツンツンと合わせながらこっちを上目使いで見上げてくる。まったくに、この可愛げが御波の前でも出せたら今頃何も壁なんてなにもないだろうに。
「電話。貸してあげるから。」
「わ、え。」
「ちゃんと会う日決めなさいよ。」
「三崎 御波……。」
スマホの登録画面をそっと指差して緊張しているようだ。まあ、彼女からすると2年過ぎぶりになるのだから致し方ないのかも知れない。
【回想 ずっと前 @どこか】
「御波―。何、またゲームしていたの?」
「藍沙。部活は終わったのか?」
「そうよ。御波もちゃんと運動しなさいよー!」
帰り道の公園で御波を見つけた藍沙は肩をぽんと叩いて一緒に帰り始めた。
「ふーん。御波って横澤大学目指すんだ。」
「藍沙はどうするんだ?」
「私は……まだ決めてない……。」
「そうか……まだ進路決めるまで時間あるもんな。」
「そうよ!御波はいつも早い……。」
⁑
「湊、私お菓子…ケーキ職人になりたい……。」
「いいじゃない。藍沙、お菓子作るの上手だしきっと大丈夫だよ。」
「お、そう?じゃあがんばろ!……。御波と湊とは別の学校になっちゃうね。」
「就職するときはまた一緒の場所になれるんじゃないか?まあ、それぞれの考えはあるだろうけれども。」
「んーそうだよね。2年終わったらまた戻ってこられるし。」
「そんなに遠い場所?」
「うん。フランス。」
「……そりゃ本格的だね。パティシエール?」
「そ、パティシエール!私の夢!湊は夢って笑わないのね。」
「笑わないよ。行ってらっしゃい。藍沙のケーキ食べられるのをまっているよ。」
⁑
「湊、俺なんか最近藍沙が落ち込んでいる気がして……。」
「そりゃ、留学する前だからナイーブになってるんじゃないの?」
「は?留学?え、藍沙が?」
「え、何聞いてないの?」
「……言われてない。」
「あの子、ええ……。」
「なんだよ……、心配して損した……!今日は落ちる……またな湊。」
「あ、御波!」
⁑
「藍沙、なんで最後まで御波に言わなかったの。」
「だって……。なんか言えなくって……。御波と湊は一緒にゲームしているのに……。大学もおんなじだし……。」
「それは……。」
「私が……もうちょっと早く言えてたら……。」
「藍沙……。」
【間章 午後9時@桐山家】
すっと息を吸い込んで湊のスマの画面をタップする。三崎 御波、私の幼馴染に電話を掛ける。
ワンコール、ツーコール。
「御波、忙しいのかなー……。」
後ろで見守る湊に言い訳をするようにつぶやく。するとガチャっと接続された音が響いた。
「もしもし湊、どうした?」
2年ぶりの声だった。ちょっとだけ前よりも声が低くなっているかもしれない。
「もしもし?」
頭が真っ白になってしまう。御波の問いかけに上手く答えられない。たった一言、久しぶり、藍沙だけれどもって、言うはずだったのに。
勢いのままに通話終了のボタンを押す。
「あ、藍沙!切ったな―!」
「ごめん。ごめんー!!」
藍沙は湊にスマホを手渡して布団へと潜り込んでしまった。
「うわー。御波にもう変な電話したと思われるじゃないの。」
布団の向こうから湊が御波に謝る声が聞こえる。ああ、なんだってこんなに緊張するのだろう。
【8/2 午後10時@三崎家】
盆が近くなってきたので、実家に顔を出す事を決めた俺は連絡をすることにした。
「もしもし、御波です。」
電話の向こうから半年振りくらいの母親の声が聞こえる。
「ああ、そう。お盆にね帰ろうかなって。だから、俺の部屋の掃除お願い。」
もう寝る前だったのだろうか。それでもハキハキと喋る母の声はやはり懐かしかった。
「うん、大丈夫だよ。元気にやっているから。心配だったら顔見たら分かるよ。」
思ったよりも電話すれば長くなってしまう。
「うん、じゃあ8日に帰るからよろしくね。おやすみ。」
ふぅっと暑い空気にため息をついて、夏休みの予定に目処が付く。2,3日は懐かしい家でゆっくりとしよう。
⁑
そうこうして寝ようかと思い部屋の灯りを消す。真っ暗な部屋。窓を開けると熱い空気と一緒になって涼やかな虫の声がする。扇風機の風とその声で眠りにつこうとした。
沙羅の誕生日は10/29、あと3ヶ月ないくらい。プレゼントって何を渡したらいいのだろう。ネックレス?ピアス…は空けていないか。イヤリング?……指輪…?……ああ、考え込むと分からなくなって眠れない。
スマホの画面を開いて沙羅とのチャット欄を見返していく。この前の祭りで撮った写真を開く。彼女の鮮やかな笑顔が花火よりもずっと輝いて見える。髪を結い上げた彼女も、下ろした彼女もずっと綺麗だ。プレゼント……、何がいいかな。何だったら一番喜んでくれるだろう。
そう思っていたら、サラのアカウントがオンラインに変わる。ぴょこんとメッセージが届く。
“みーくん。遅起きだね。”
沙羅も起きているようだ。どんな姿だろう。
“サラ、眠れないのか?”
“みーくんも眠れないんでしょう”
“まあ、そうだね……”
“えへへ一緒だね”
“ちょっと、写真を見返してた”
“それも一緒だね!”
窓からそっと柔らかな風が流れ込んできて肌が心地良い。深夜にさしかかるような時間まで沙羅と眠れない二人でこっそりチャットをし合う。何気ない会話の応酬が柔らかく時間を経過させていく。
“みーくん。またどこか一緒に連れて行ってね”
“もちろん。また誘うよ”
“うん、待ってる”
“今日はそろそろ寝ようか?”
時間が遅くなりすぎてきた。流石に彼女を寝させよう。
“うん。”
”あ、みーくん少しだけまって”
沙羅からそのメッセージが届いてからしばらくの間待ちぼうけになる。そうして、彼女からの一通の添付ファイルが届く。押してみると音楽再生ソフトが立ち上がる。
「おやすみ。みーくん。」
布団の中なのか、反響したような彼女の声が響く。その一言が聞けただけで今晩はよくねむれそうだ。
「おやすみ、サラ。」
そうメッセージを送って、スマホの画面を閉じた。目を瞑ればすっと夢の中へと落ちれそうだった。
⁑
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