第10話 双子との水族館デート・前半

【6/17 午後0時半 @横澤よこさわ大学】

 沙羅さらと約束をした日まであと3日となっていた。彼女をどんな風にエスコートしていけばいいかを何度もシミュレーションしていく。雨が振っていた場合、晴れだった場合。どこまで何を考えればいいのか境界の条件がわからなくなって頭がパンクしそうだ。

 きっと沙羅の性格を考えるとなんだって喜んでくれるのは分かっている。ただその中でも最適な一番を目指せるように考え抜きたかった。大げさだけれど彼女の高校3年の生活少しでも良いものにしてあげたい。


 自分の受験が上手くいったのはある種の奇跡だと思っている。幼馴染の藍沙あいさがちょうど10月頃に大学へは行かないことを知った。それ以前から彼女に何度聞いても進路を頑なに明かしてくれなかった。ずっと悩んでいたのは知っていたが、せめて本人から聞けると思っていたのに、結局のところみなとから又聞きして知ってしまった。

 その後、どんな風に彼女に接していたか覚えていない。ただ、急に何もやる気が無くなって引きこもり、一心に適当な問題を解いていた気がする。何度も、何度も。

 そんな経験をした彼女の先輩としては悩みを抱えずに本番へ向かっていって欲しい。俺は彼女のことが好きになっている自覚がある。だからこそ、人生の邪魔になるようなことはしてはいけないとは思う。


「随分と顔がカッコつけているけど、食べているのがうどんだから様になってないよ。」

 講義が終わった湊が食堂の隣の席に座ってきた。

「お、湊お疲れー。」

 大学に入ってからなぜか挨拶がお疲れになっている。高校までは絶対に使っていなかった。

「どうせ無駄な事考えていたのでしょう。考えすぎると足元が疎かになるよ。」

 湊は俺の心の中を見たように、まったくの正論を一直線に投げてくる。

「ま、そうだよな。分かっているけど、どうしてもね。」

「無駄に刺激的じゃなくても二人で一緒に時間を過ごしてあげたらそれだけでいいのよ。」

 女性と男性でその辺りの感覚が違うらしいと聞いたことがある。心理学の講義だったかもしれない。


「公園のベンチでお互いの事話したりか?」

 ほんの少し冗談のつもりだった。つまらなすぎるとか、凡庸とか言われると思っていた。

「いいじゃない。とっても。」

 そう言って彼女は短い髪を少し左手でかきあげてトマトクリームパスタを食べ始めた。フォークだけを使ってキレイに麺をまとめている。

「あ、もしかして湊の好みはそんな感じ?」

 意外と好評そうだったのでもう少し話が聞きたいだけだった。

「……うるさい。」

「え……。」

 珍しく彼女が動揺している。ちらりと見える耳はほんの少し紅くなっていた。あまり追求すると口を聞いてくれなくなってしまうかもしれないのでそっとしておくことにした。

「……はぁ。」

 それから少し経った後に、湊が深いため息をついたので理由を尋ねる。

「どうかしたのか?」

「なんでもない。サラ相手の時はちゃんと気を利かせるのよ。」

「あ、ああ。気をつけるよ。」 

 やっぱり女性というか対人関係は難しい。ゲームの中で馬鹿やっているだけの関係はいかに楽な関係か。暇になったらSNSでバズったネタ画像を送ってくるゲームフレンドを思い出した。そう言えば3日程も前に受け取ってけれど何も返していない。


「……?私、言い過ぎたかしら?」

 どうでもいいことを思い出して黙っていた俺に気がついて湊が話しかけてくる。

「いや。フレンドからのメッセージに返事してないなって思っただけ。」

「誰?」

「くらさん(Kuraudo San)から。」

「返さなくていいわ。」

 相手の名前を聞いて0.1秒未満くらい。かぶせ気味でひどい事を言われてしまった。結構な古参メンバーなのに扱いがひどいマスター様だった。せめて3日ぶりでも俺からは返しておいてあげよう。



【6/19 午後8時 @三崎自宅】

「みーくん。明日どこで待ち合わせする?」

 今の時間はちょうど夕食を終えて沙羅と通話をしていた。彼女は相変わらず電話越しだとひそひそと喋る。その声は耳の奥をくすぐるようだ。

「サラの近くの駅を考えると西横澤とかどうかな。」

「うん!大分私の家の近くまで迎えに来てくれるねー。」

 いくら慣れ親しんできたとはいえ、彼女の家まで迎えに行く胆力はなかった。親御さんに会った時になんて挨拶すればいいのか。

「そんな気にしなくていいよ。」

「やった。」

 弾けるような返答が心もくすぐっってくる。

「そうだ、サラは親が厳しくないのか?前もちゃんと出かけるのは言ってあるか?」

「そこまで厳しくはないよー。ちゃんと私が勉強してるの知ってるしー。あと、みーくんのことも話してあるから、大丈夫。」

「え、なんて言ってあるの?」 

 まさか親に俺の存在が認知されているとは思っていなかった。どんな風に紹介されているのか気になってしまう。

「んー。私の勉強みてくれている格好いい先輩。あと、昔からとっても優しいって言ってるよ!」

 身に余る様な高評価を伝えてくれている。が、ハードルが高くなっているだけだ。

「そりゃ、ありがとう。……ちょっとオーバーじゃない?」

「えへへ。そうかなー。思っていることそのまま言ってあるだけ。お母さんもお父さんとも仲良しだよ。」

 あれ、もしかしてお父様にも何か伝えてありますか?下手な事をしてしまうと筒抜けになってしまいそうで恐ろしい。ただ、彼女の評価はとっても嬉しかった。

「明日のことも、ちゃんと言ってあるから。安心してね。」

「なら良かった。」

 公認で遊べているのだったらひとまず安心だ。あとは俺の下心と自制心との兼ね合いだけだ。


「私のこともっと知ってくれたら。お家にも招待するね。」

「え、いやそれは……。」

「みーくん。照れてる?ふふ。」

 大分と彼女も俺の扱いに手慣れて来ている。そう考えてみたが、思い返してみたらずっと彼女の掌で転がされているだけな気がしてならない。

「ああ、照れているよ。だから、あんまりからかわないで……。」

「えへへ。ごめんね。あ……そろそろ落ちないと。明日、駅の改札で10時に待っているね。」

「わかったよ。おやすみ、サラ。」

「おやすみなさい。みーくん。」


 通話を終えて長い深呼吸をする。ログインしたままほったらかしにしていたゲーム画面に目をやると、件のギルドフレンドであるくらさんが周囲全員に聞こえるチャットで一人芝居をしている。内容は読み上げるほどではない。読むだけで沙羅との会話の思い出が汚れそうだ。


 その後ろでアイテムを生成している湊はまるでNPCの様に機械的に動き続けている。たぶんマクロで時折操作して自分は本でも読んでいそうだ。誰も構ってあげていないのが大層不憫になったので適当に反応をしてみると、ゲームキャラがじっと俺を見た後に土下座のエモートをして泣くエモートをした。

 可哀想に。湊含めて周りが構ってくれないからこうなるのだ。ちょっとだけ彼?に構ってあげてそっとログオフした。



【6/20 午前9時45分 @西横澤駅改札】

 今日は沙羅と六景島まで出かける。天気はあいにくの梅雨模様だったが、屋内で遊べるように考えていたので問題はそこまでない。この駅から目的地までは乗り換え込で40分ほどあればつく。順調にいけば11時には水族館に入れるだろう。


 再考を繰り返して問題が無いことを確認していた……そのとき。

「みー…くんっ!」

 改札を見渡せる近くの柱脇にそっと立っていたのに、彼女の接近に気がつけていなかった。ぐっと溜め込んで感情を開放したような鮮やかな声音に頭の中がクリアされる。

「わっ!」

「お待たせー。えへへ。」

「もう一本あとの電車じゃなかったのか?」

 事前に彼女から来ていたメッセージでは、次の快速で到着するはずだった。

「早く来て、みーくんをびっくりさせたかったのー。」

 沙羅はまっさらな笑顔で小首をかしげている。まったくに悪びれる様子はない。私、三崎は本日これを天使のイタズラと名付けました。

「ちょっとびっくりしたね。アイはイタズラ好きだな。」

 少しくりくりした目を見開いている。

「みーくん。今はアイって呼んで欲しいのが分かったの?」

「いやあ、なんとなくだよ。」

「えへへ、さすがー。」

 あて勘というか、全くの適当だったのが良いコミュニケーションがとれたらしい。

「早速いこうか。」

「はーい!」

 横に並ぶ彼女の歩調に合わせて、そっとあるき始める。

「ICのチャージはバッチリ?」

「うん!バッチリ!」

 俺がどんなに落ち込んでいたとしても彼女が目の前に現れたらそっと視界が色づいていくだろう。今日も小さな白いカバンを両手で前に持ち歩行に合わせて揺れている。小さな頭も同じ様に左右に小気味よく揺れている。心地のいいリズムを見てとてもいい日になりそうだと思った。


 ⁑


 その後、2度ほど電車の乗り換えを行った後、最後の電車に揺られている。席が1つしか空いていなかったので、彼女に座ってもらい俺は彼女の目の前でつり革に捕まっていた。

 今更ながら彼女の服装に視線が行ってしまう。ほんの少し落ちついたパステルブルーのサマーニット生地のトップス。袖口はまるでフリルのように柔らかにふわりと広がっている。スカートは黒色の……ちょっと短いスカート。彼女は座っているので余計に膝が見えてしまっている。これもフリルのように広がっている。ただ裾部分にはキラリと光る小さなスパンコールと所々空いている穴があり、そこから見える彼女の肌が俺には刺激的だった。

「みーくん。このスカート好き?」

 湊にも以前注意されたのにまたじっと見てしまっていたようだ。俺の視線に気がついた彼女が伺うように見上げてくる。

「ああ、似合ってる。とっても似合ってるよ!」

「新調してよかったー。」

 今日の為に用意してくれていたのだろうか?

 楽しみに待っていてくれたのが自分だけじゃないと理解できてしっかりと心が満たされていく。


 電車が、終着であり目的地でもある駅へとたどり着く。外はずっと変わらない雨模様だったが、沙羅がいてくれるだけで落ちてくる雨の一粒一粒が愛おしくなるくらいに浮かれてしまっていた。

「みーくん。いこっ!」

「行こうか!」

 沙羅が傘を差して雨の中へと進んでいく。そんな彼女にそっと寄り添うようについていった。


【間章 6/20 午前10時40分頃 @六景島駅】

 私はしがない駅員。世間は休日だったが今日も観光客で溢れかえる駅内整理に努めていた。ちょうど先程の電車が過ぎ去ったのをキッカケに暇になったので考え事をしている。

 一本前の電車から信じられないくらい可愛い女子学生、おそらく大学生くらいだろうかが降りてきていた。隣に男子学生がいたのでデートだろう。他人の私が言うのもあれだが、女の子に比べてちょっと冴えない男だった。

 ただ、そんな男の横顔を見つめる女子学生は、他人の私まで癒やされてしまうくらいのいい笑顔だった。在りし日の青春の甘酸っぱさを思い出してしまった……思い出にふけって少し時間を潰していると次の電車がやってきた。さあ、仕事の再開だ。


 ……私は疲れているのだろうか。さっき見た可憐な女子学生がまた見える……。幻覚だろうか……今日は帰りに飲みにいかず早く家に帰り横になろう……


「あー。みーくんたちに追いつけるかなー。間違って会わないように一つ前の電車で出かけるのも大変だよねー。」

 沙羅は心の中でそう思いながら先行する彼らをそっと追いかけて行った。



【6/20 午前11時 @マリンワールド館内】

「ここに来るのは小学校以来ー。」

「俺もそうかもしれないな、学校の遠足で来た気がする。」

 沙羅と駅から水族館まで並んで歩いた。本当は手でも繋ぎたいところだが、色々と考え過ぎでできなかった。

「雨だけどイルカショー、見られるかな?」 

「どうなんだろう。だめだったら屋内の展示をゆっくりまわろう?」

 頂いていたアドバイス通りに焦りすぎないように沙羅をエスコートしていく。

「うん!みーくんとお出かけできるだけで楽しいよ!」

 ちょっとだけ気持ちが先行しているのか、沙羅は気持ち足取りが軽やかに見える。アドバイスを意識していた俺も考えとは裏腹に段々と足早になってしまっていた。


 ⁑


「あー。熱帯魚、すっごいきれい。ここって写真とってもいいのかな?」

 沙羅はかばんからすっと小さめカメラを取り出した。今どきスマホで済ませるのにそんな物を持っているのは意外だった。

「たしか、フラッシュ焚かなければ大丈夫だよ。」

 一応にパンフレットをめくって確認をしていく。一部の禁止エリアを除いては許可されているようだ。

「えへへ。じゃあ撮っておこうー。」

 彼女は水槽の前にしゃがみこんで鮮やかなオレンジや青の熱帯魚の写真を撮っている。相当に気に入ったのだろう、しばらくの間じっと見ていた。

 そんな彼女の横から同じようにじっと水槽を見ていたがガラスに写り込む彼女の顔が幻想的で、熱帯魚よりも彼女にみとれていた。


「あ、そうだ。みーくん。お願いがあるの。」

「どうした?」

 急に振り向いた彼女にびっくりして目を少し開いてしまった。

「みーくんと二人で写真。撮りたいなって、……いい?」

 沙羅はカメラをそっと構えたまま少し下げて、俺に問いかけてくる。答えは決まっている。

「いいよ。えっと、サラが撮ってくれるのか?」

「みーくんの方が腕長いから、頼もうかな!」

 彼女はカメラの液晶をくるっと回してセルフィーがとれるようにしてくれる。彼女のカメラを受け取り、腕をぐっと伸ばして二人が入り込むようにする。

「ちゃんと二人共入ってる?」

「もうちょっと寄らないとかな。」 

 その言葉を聞いた沙羅はぎゅっと二の腕を掴んで顔を寄せてくる。サラサラとした髪が真横に来てドキリとしてしまう。彼女に気が付かれないように鼓動を抑制しようとする。

「いいよ、みーくん!」

「……撮るよ、ハイ、チーズ!」

 カシャッとシャッターをきる音が、周りの喧騒を越えて耳に入り込んでくる。

「どんな感じー?みせてー!」

 沙羅は俺が手渡したカメラを受け取って撮れた写真を確認する。

「えへへ。いいね!」

 もしかしたら上手く笑えていないかもしれないと不安になっていたが、俺もきちんと笑えていた。もちろん、沙羅の綺麗な笑顔も撮れている。

「すごいね、こんなに暗いのによく撮れてる。」

 暗がりながら、水槽のイルミネーションから漏れ出る明かりだけで十分に明るく写っていた。

「お父さんが選んでくれたカメラだから!みーくんと撮れて嬉しいなー!」

 寄り添ったままの姿勢で顔をこちらに向けてくれる。キラキラと反射して光る虹彩の線一本一本まで見えてしまう距離だ。

「あ、えへへ。近かったね……。」

「……そうだね。」

 中学生か高校生の付き合いたてのような反応しか出来ない自分が情けなかった。ただ、慣れてないのでできないものはできない。


「あ、あの。ちょっとお手洗い行ってくるね!みーくん、カメラ持っておいて!」

「ああ、いってらっしゃい。」

 俺にまたカメラを手渡して彼女は案内板の方角へ向かっていった。思考が停止していたのでちょうど良い。熱くなった頭を冷やすように壁に持たれて深呼吸をする。


 ⁑


 そうしてじっとしばらくしていたら、沙羅が戻ってきた。

「みーくん、お待たせー!」

「おかえり。サラ。」

「えへへ。戻りましたー!」

 ちょうど頭が冷えてきて思考は元に戻っていた。彼女は戻ってきて早々にさっきも見ていた熱帯魚の水槽の前にまたしゃがみこんで見入っている。

 よっぽどその展示が気に入ったのだろう。俺は彼女な綺麗な姿を撮りたくてそっと夢中な彼女の横に立つ。

 彼女から受け取っていたカメラをそっと構えて彼女を撮影する。ガラスに写り込んだ沙羅の顔と、本物の沙羅の顔が鏡合わせみたいになっている。我ながらよく撮れた。


「あ、みーくん、何撮ったのー?」

「水槽見つめている沙羅だよ。」

 彼女にそっとカメラの画面をむけて、撮ったばかりの写真を見せる。

「わぁ。すごーい。みーくんも写真上手だね。」

「モデルが良かっただけだよ。」

「えへへ、まるで私が二人いるみたい。」 

 それはとてもいい表現だと思う。写真に写る彼女の表情も素敵だ。

「ああ、本当だね。ふふ、そう見える。」

 今日はまだ日が浅いのでまだ彼女と居ることができる。とても幸せな日だ。こんな平和な日がずっと続けばいいのに。

 

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